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呼びだし

 

 新緑祭が無事終了し、学院(アカデミー)に日常が戻ってきて、早5日。

 外から学生達の声が聞こえてきて、私は読んでいた本から顔を上げた。


 そろそろかしら?


 今私がいるのは、学院(アカデミー)内のとある一室。少人数での会議や自主学習に使われている小部屋だった。薄緑の壁紙に囲まれた簡素な部屋で、あるものと言えば机と椅子が4つずつ。書棚や黒板もない。そんな寂しげな部屋と廊下とをつなぐ扉がこんこん、と鳴らされる。


「どうぞ」


 手元の本を閉じながらそう声を掛けると、彼女は顔を覗かせていた扉を開いて室内へと足を踏み入れた。




「遅くなってごめんなさいね」と言いながら入室してきた彼女に、「こちらこそお呼びだてして申し訳ありません」と答えながら席をすすめる。

 椅子に腰を下ろしたパトリチィアは、申し訳なさそうに口を開いた。


「お話は……私とマリエルのことよね?」


 確信を持っているのだろう。疑問形だったけれどしっかりとした口調で発されたその言葉に、私はコクリと頷く。


「はい。……リオ兄様に頼まれまして」


 私はパトリチィアを呼びだすに至った経緯を思い出す。それは、3日前の夜のことだった。






「クレア、ちょっといいかい?」

「はい? なんでしょう?」


 晩餐後のお茶を楽しんでいた時、急にリオ兄様にそう問いかけられて、会議室へと誘われた。会議室の扉を閉めたリオ兄様は、「はぁ……」と大きな溜息をつきながら椅子に座り込む。


「あの……リオ兄様?」

「――もう限界だっ!」


 椅子に座り俯いてしまったリオ兄様の肩に手を触れようとした瞬間、そんな大きな声で叫ばれて、私は触れようとしていた右手を上げて身体をびくつかせる。


「ど、どうしたのです?」


 目をぱちくりさせながら問いかけると、もう一度大きく溜息をついてから、「もう1月(ひとつき)だ」とぽつりと呟いた。


「……1月? 何がでしょう?」

「何が、も何もないだろう! マリエルとパトリチィアに決まってるじゃないかっ! あいつら、もう1月も経つっていうのに、全然関係が元に戻らないんだ!」


 そういって、再びリオ兄様は大きく溜息をついた。


 ……新緑祭のあれこれですっかり忘れていたけれど……そっか、マリエル様とパトリチィア様の関係が複雑化してからもう1月も経つのね……。


 あれ以来プラーティ先生の研究室に顔を出していなかった私と違い、リオ兄様は顔を出さないわけにはいかない。ずっと我慢していたのだろうが、とうとう限界に達したらしい。


「クレア、君にしばらく見守ったらどうか、って言われたから、今まで何も言わずにいたけど……僕はもう、あんなぎくしゃくした空気の研究室に行きたくない……」


 新緑祭を挟んで久しぶりに研究室に向かったからか、よほどその空気がいたたまれなかったのか、兎に角リオ兄様はもう我慢の限界らしい。


 昨日は久しぶりの授業でファルネーゼ先生の研究室にこもりっきりだったし、なんだかんだで例の出来事以降プラーティ先生の研究室に出向くことができなかった私にはリオ兄様のいう研究室のぎくしゃくした空気感がどの程度のものかはわからないが、たしかに1月は思った以上に長い。


 結局、リオ兄様に相談しなかったのね……。あれ以来プラーティ先生の研究室に行けなかった私はともかく、リオ兄様にはもう相談してるのかと思ってたけれど……。


「もう研究発表会まで2月(ふたつき)を切っているのに……マリエルは相変わらず研究室に顔を出さないし、パトリチィアも何も言ってくれないし……」


 リオ兄様が呟いたその一言に、私ははっとする。


 そうだった。ただでさえ時間がない中、パトリチィアとマリエルは魔術具構想を練り直していたのだ。1月仲違いしているということは、それは同時に魔術具の作成がそれだけ遅れていることを意味する。


「大変ではないですか、リオ兄様っ!」

「そうなんだよ。やっと事情を知ってるクレアが危機感を抱いてくれたようで僕は嬉しいよ……」


 リオ兄様が乾いた声でそう言って、苦笑いを浮かべた。


「……わかりました。できれば当事者のお二人で解決して頂きたかったですが……時間がありませんものね。私も声を掛けてみます」

「頼むよ。こういうことは男の僕よりも、同性のクレアの方がいいだろうからね……」


 僕にもできることがあれば協力するから、と言って、リオ兄様は会議室を出て行ったのだった。






「……そう。エリオットが……」

「はい。とても心配されていました。私も、あの後色々あって顔を出せていなかったので状況がわからなかったのですが、流石にそろそろ、と思いまして」

「ごめんなさいね、私とマリエルの事情に貴女達を巻き込んでしまって……」


 そう言いながらも、パトリチィアは何故か嬉しそうに微笑む。


「……あの後、マリエル様とはお話できましたか……?」

「いいえ、残念ながら。何度か声を掛けているのだけれど……完全に避けられてしまっていて」


 話し合いができていなんじゃ、仲直りできるものもできないわよね……。


「…………」

「…………」


 沈黙が気まずくて、私は席を立つと窓辺に近寄って一番近い窓を解放した。外から、春の暖かな陽気とさわやかな風が入ってきて気持ちがいい。風に背中を押されるようにして、私は再びパトリチィアの方を向く。


「ねぇ、パトリチィア様。パトリチィア様は、ゲオルク様のこと、ただの友達だと思ってらっしゃるんですよね?」

「えぇ、もちろん。マリエルがゲオルクのことが好きだって知っているのに、そんな横恋慕みたいなこと、するわけないじゃない。ゲオルクもマリエルも、大切な友達だもの」


 パトリチィアは視線をまっすぐ私に向け、よどみなくそう言い切った。その口ぶりにも、瞳にも、嘘が含まれていないことは明らかだ。


「そうですよね。……そういえば、少し疑問に思ったのですが、そうだとするなら……パトリチィア様の想い人はどなたなのでしょう?」



「――え?」



 目を見開いたパトリチィアが小さく呟く。頬は、みるみる朱色に染まっていった。


「きゅ、急に何を言い出すのです、クラリッサ様っ! い、今はそれとこれは関係ないでしょう?」


 焦って早口になるパトリチィアを眺めながら、私はこれからの話の流れを頭の中で確認してから口を開く。


「――大ありですよ、パトリチィア様。私がパトリチィア様からゲオルク様への贈り物を相談された時、貴女の様子はまさしく恋する乙女のそれでした。ですが、ゲオルク様は『大切な友達』なのですよね」


「最初は、パトリチィア様の言う通り『人にああいった相談をするのに慣れていない』為なのかと思いましたが――それにしては照れすぎではないでしょうか。私を含め、相談を受けたお友達も皆『パトリチィア様はゲオルク様のことが好きなのか』と勘違いしたのですから」



 そこまで言って、私は一旦口を閉ざす。そして、真っ直ぐパトリチィアを見据えて再び口を開いた。






「だとすれば、『誰か想い人が他にいて、あの相談の時その人の事を想っていたのでは』と思ったのですが――いかがですか?」


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