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再会

 

 新緑祭、最終日。

 今日はどう過ごそうかしら、と考えていたところに、ラスールが飛んでくる。




<クラリッサ、暇しておるなら研究室にくるように。――其方に客人じゃ。あと、せっかくの祭りじゃ、昼食を出店で買ってくるように。……わらわは芋の串揚げが食べたい>




 ファルネーゼ先生の言葉を告げた白い鳥が、魔石に戻って手の平に転がる。


 私にお客様? 誰だろう。それにしても……何故だろう。私にお客様が来ている、と伝える為というより、それは建前で本音は「芋の串揚げを買ってくるように」だったように思えるのだけれど……。


 そんなことを思いながら、けれど丁度暇を持て余していたことに違いはないので、素直にその言葉に従うことにする。

 リリーに「ファルネーゼ先生の研究室に行ってくるわ」と告げて、部屋の扉を開けた。


 寮の階段を下りて、1階に向かう。今日も賑やかな談話室を横目に、私は玄関へと向かう。普段は呪文で学院(アカデミー)の中庭へと続く道を開くけれど、今日は使わない。

 複雑な紋様が彫られた木の扉を開き、外に出る。通りに出れば、談話室とはまた違った人々の楽し気な声が聞こえてきた。






 新緑祭期間中は大通りに天幕で仕切りを作った出店が立ち並ぶ。私はそれらを物色しながら、何を買って行こうか、と考える。


 大通りは私のような学生もいれば、観光で来たらしい親子連れや恋人同士など、色んな人がいる。お祭りの間は貴族や平民といった区別もほとんどなく、いわば無礼講だ。堅苦しくしなくていいので、みな思い思いに話したり食べたりして新緑祭を楽しんでいるようだった。


「次は何食べる?」

「俺、喉乾いたから果実水飲みたい」

「昨日のオウムシュラハト、すごかったね!」

「今日も楽しみだなー」


 そんな言葉と共に、美味しそうな匂いも漂ってくる。人にぶつからないように気をつけながら、色んな出店を見て歩いていると、元気な声で客呼びをするおじさんと目が合った。


「へいらっしゃいっ! 学生さんですかい? うちの豚はうまいよっ! 味見だけでもいいから食ってきなっ!」


 元気な声と共に伸ばされた腕には、串にささった薄切り肉が数枚。深い赤紫色から徐々に薄い紅色へと変わっていく間に、白い線がいくつか入っている。ニカッと笑いながら勢いよく差し出されては、受け取らないわけにはいかなかった。


「あ、ありがとうございます……」


 勢いに気圧されて若干どもってしまいながら、私は受け取ったお肉を口に運んだ。


 ――美味しい!


 凝縮された濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。飲み込んでしまうのが勿体ないと思ってしまう。



「……どうだい? うまいだろ?」


 目を細めたおじさんがニヤリと笑う。どうやら、ずっと私が食べる様子を見ていたらしい。


「とっても。……3つ、頂けますか?」


 恥ずかしくなって、顔が熱くなる。少し小さくなってしまった声は、それでもおじさんにしっかりと届いたらしい。「はいよ、ちょっと待ってな」と言って、おじさんは準備に取り掛かった。



「ありがとうございましたー!」


 私が試食中に買いに来た客を相手にしていたおばさんが、元気な声で見送った。ふぅ、と息を吐いた彼女と、目があう。


「おや、どっかで見たことあるような……あっ、ひょっとして昨日オウムシュラハトで活躍してたお嬢さんかい?」


 あんた、凄い速さで魔法陣を解いてただろ、と言われれば、間違いなく私のことだろう。「えぇ、まぁ……」と小さく頷く。


「あれは凄かったねぇ」と目を細めながらおばさんが呟く。作業中であまり会話が耳に入ってこなかったらしいおじさんが「目ぇ細めてどうした?」とおばさんに聞いた。


「あんた、気づかなかったのかい? この子、昨日のオウムシュラハトで活躍してた子だよ」

「え? うおぉ! たしかに言われてみりゃあの映像の子だな! お嬢ちゃん、なんでもっと早く言わねぇんだよ!」


 そんなこと言われても……と内心思いながら苦笑いを浮かべると、「あの嬢ちゃんならおまけしてやろう」なんて言って、おじさんは再び作業に戻る。


「……?」

「昨日はあんたのおかげで楽しませてもらったからね。そのお礼さ」


 おばさんが片目をつぶってニコリと笑う。遅れて「待たせたな」と言いながら手を差し出したおじさんから、麻袋を受け取る。

 麻袋から木箱を取り出して中を確認すると、パンに卵と野菜と、さきほど味見したお肉が挟まっている……のだが、何故かお肉の量が異様に多かった。


「あの……?」

「うち自慢の肉、増量だ! 味わって食ってくれ!」


 ここまで言われては、無下にはできない。「ありがとうございます、美味しく頂きますね」と言って、私は代金を支払った。






「失礼します」


 ファルネーゼ先生の研究室の扉を開くと、「遅いぞ、クラリッサ」という声が飛んできた。


「すみません、出店を見て回っていたら時間が掛かってしまって」と言いながら顔を上げると、背中を向けていた瑠璃色の髪の人物がこちらを振り返った。


「お久しぶりですね、クラリッサ嬢」

「オスカー様っ! お久しぶりです。お元気でしたか?」

「えぇ。クラリッサ嬢もお元気そうで何よりです。……おや、だいぶ身長が伸びたようですね」


 いつの間にかそばに来て私の荷物を持ってくれたオスカー様がにこりと微笑む。


「本当ですか? ……あまりオスカー様との身長差が縮まった気はしないのですが」

「すみません、私も成長期なもので」


 言われて見れば確かに、出会った頃に感じた少年っぽさは感じなくなっている。元々落ち着いた性質なので話すと大人っぽかったが、顔つきも青年のそれになっていた。


「そうでしたか……ですが、オスカー様の成長期はそろそろ終わりますよね? 私はこれからも伸びますので!」

「えぇ、そうですね。これからを楽しみにしておりますよ」

「其方ら、いつまでそうしておるつもりじゃ。わらわは早く昼食をとりたいんじゃが?」


 お腹が減って待ちきれない様子のファルネーゼ先生がじと目で見つめてくる。立ったままそんなやり取りをしていた私達はくすりと笑い、ファルネーゼ先生の待つテーブルへと移動した。






「ところで、オスカー様はどうしてこちらへ?」


 先程の濃厚な旨味を持つお肉がふんだんに入ったサンドウィッチを食べ終え、問いかけた。私より一足先に食べ終え、お茶を飲んでいたオスカー様が微笑む。


「今年はセラフィマ姫がいらっしゃいますからね。新緑祭期間中は特務師団からも何名か警備人員として配置されているのですよ。私も昨日までは警備任務についていたのですが、本日は警備任務のお休みを頂きまして」


 それでこちらにお邪魔したのですよ、と言って、オスカー様は再び茶器を手にとった。


 確かに今年は警備が手厚かったけれど、そういうことだったのね。考えてみれば入学式の時もそうだったものね。まして観光客などの人出が多い新緑祭なら、特務師団がその任につくのも納得だわ。


 私がなるほど、と頷いていると、サンドウィッチを食べ終えたファルネーゼ先生が、食べたがっていた芋の串揚げを手に取りながら呟く。



「クラリッサに言うべきことがあったのであろう? 素直にそういえば良いものを、其方は相変わらず回りくどい」

「私に言うべきこと? 一体何でしょう?」


 首を傾げながら隣に座るオスカー様を見ると、珍しく目線を下げ切り出しにくそうに口を開けたり閉じたりしてから、本題らしいそれを口にした。




「貴女に会いたいと仰っている方がおられまして……今日の私はそれを貴女に伝える役目を任されているのですよ」


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