表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/224

勘違い

 

「素材が、足りない……!」


 作戦会議の3日後、ようやくランヴァルに使ってもらう魔法陣の構築が終わり、うまく起動するか試そうとした矢先、私は素材が足りないことに気がついた。


「明日、学院(アカデミー)に行かれた際に植物園に寄って採取されては?」


 側に控えていたリリーがそう提案してくる。


「明日だと、もしうまくいかなかった時に金の日のランヴァルとの調整に間に合わないわ。まだ晩餐まで時間あるから、ちょっと植物園に行ってくるわね」

「かしこまりました」


 マントをはおり、鞄を持つ。留守をリリーに任せて、私は夕闇に染まる学院(アカデミー)へと向かった。






 時刻はもうすぐ7の鐘が鳴る頃。学生たちは既に多くが寮に帰っており、学院(アカデミー)内は閑散としていた。残る学生もみな寮へ向けて歩いているところで、私は彼らと入れ違うように植物園へと向かう。



 相変わらず、人気のない植物園は寂しいわね……。


 闇に沈みかけた植物園に辿り着き、目的の植物のある場所へ最短距離を行く。


 そういえば、カタリーナと来た時以来、あの声聞かないわね。ボドリー先生も『後期の授業が終わる頃には、ぱったり聞かなくなった』と言っていたけど、なんでなのかしら。


 目的の素材を無事採取し、私はふとあの声がした区画に目線を向ける。そこには、以前は寂し気な幹と枝だけだった少し背の高い木が、青々とした葉と小さな花が穂状に咲き誇り、冬とはまるで別の植物を見ているような気になった。


 たしか、あの辺だったのよね……声が聞こえてきたの。でも、本当に何を探していたんだろう。


 結局、答えはわからないまま、いつの間にか声は聞こえなくなってしまった。それとも、また秋や冬になったらあの声も現れるのだろうか。


 ……どっちみち、声の聞こえない今は考えるだけ無駄、か。


 採取した素材を丁寧に鞄にしまい、踵を返す。ついでにもう1つ欲しかった素材があったことを思い出し、その植物がある花壇に向かおうとして――プラーティ先生の研究室から明かりが漏れていることに気が付いた。


 あら? もうずいぶん遅い時間だけれど……誰かまだ残っているのかしら?


 今日は魔法陣の作成をしたかったので木の日だけどプラーティ先生の研究室には足を運ばなかった。けれど、普段訪れている時はたいていこの時間帯には解散していたのに、まだ明かりがついていることに違和感を覚える。


 誰が残っているんだろう――光源に誘われる虫のように研究室に近づくと、明かりと共に声が漏れてきた。



「――パトリチィアのうそつき! 応援してくれてるって信じてたのに!」


 え? なに?


 窓を隔てて漏れてきた声だというのにとても大きな声だったのと、その衝撃的な内容に私は思わず飛び上がる。


「待って、マリエル! 話を聞いてちょうだい!」


 パトリチィアの悲痛なお願いに続いてバンッという音が響いてきた。おそらく、マリエルが扉を叩きつける様に閉めたのだろう。


「マリエル……」


 呟くパトリチィアは、扉の方を向いていて私からは背中しか見えない。1人残された研究室にぽつんと佇むパトリチィアの背中はとても寂し気に見えた。


「どうしましょう……」


 そう呟きながら振り返ったパトリチィアと、窓越しに目線が合う。


「クラリッサ……様?」

「……ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったのだけど、素材を採取していたらたまたま漏れ聞こえてしまって」


 私が素直に謝罪すると、パトリチィアは困ったように笑って私を招きいれてくれた。




「一体、何があったのですか?」


 聞いてから、聞かない方がよかっただろうか、と一瞬後悔する。しかし、パトリチィアは気分を害した様子はなく先程のやり取りの発端を教えてくれる。


「クラリッサ様にも相談したこと、覚えているかしら?」


 パトリチィアから相談されたこと、と言われて私は今期が始まってすぐの木の日にゲオルクへの贈り物の相談を受けたことを思い出す。


「ゲオルク様への贈り物の件ですか?」


「えぇ、そう。他の友達にも何人か聞いていたのだけど……どうやらそれをマリエルが聞いてしまったらしくて。マリエルはゲオルクの事が好きなのだけど……私もゲオルクのことが好きだって、勘違いしてしまったようなの」


 え?


 パトリチィアを見つめたまま、思わず目をぱちくりしてしまう。どうしたの? とパトリチィアに問われて、私はおずおずと口を開いた。


「えっと……パトリチィア様はゲオルク様の事が好きではないのですか……?」


「友達としては好きだけれど、異性としてのそれではないわ。……もしかして、クラリッサ様も私はゲオルクが好きだと思ってた……?」


 私は勢いよく首を縦に振る。それを見たパトリチィアは「何で皆そんな勘違いを……」と溜息を吐いた。


 ……どこからどうみても好きなようにしか見えなかったです。とは言えないわよね、さすがに……。


「相談して頂いた時、とても照れていらっしゃる様子でしたので、てっきり私はゲオルク様の事がお好きなのだと思っておりました」


 そしてそれをマリエルも承知の上で、良い意味で恋の好敵手なのかと思っていた。


「それは……っ! いえ、たしかに照れていたのは事実ですわ。人にああいった相談をするのは慣れていなくて……マリエルには平気だったのだけど。じゃあ、私が相談した子達もそれで私がゲオルクの事を好きだと勘違いして――?」


 なるほど。マリエル様の時は照れていなかったなら、マリエル様は単純に友達として何を贈ればいいか、と相談されたと受け取ったのかもしれない。


 そしてそう思っていたのに、他の子達から回りまわって「パトリチィアはゲオルクの事が好きらしい」とマリエルの耳に入ってしまったとしたら。先程のマリエルの激昂ぶりにも納得がいく。


 私はパトリチィアの言葉にただ頷いた。





「どうしましょう、クラリッサ様。私、マリエルの誤解を解かなきゃ……っ!」


 慌てて今にも駆け出そうとしているパトリチィアの手首をつかみ、私はすんでのところで引き留める。


「ま、待ってください、パトリチィア様。今はお二人とも興奮してらっしゃいますから、冷静にお話できないと思います。……少し落ち着いてから、改めてお話されてみては?」


 特にマリエルは、あの状態では話し合いの場にすら出てきてくれないかもしれない、と暗に伝えると、「……それもそうね」と思いとどまってくれた。


「……一旦、今日は寮に戻りましょう? 後日、もし私で良ければ仲直りのお手伝い致しますから」


 なんならリオ兄様も一緒に、と付け加える。


「ありがとう、クラリッサ様。そうね、今日はもう外も真っ暗だし、帰りましょうか……お心遣いは嬉しいけれど、これは私とマリエルの問題だから。まずは一人で話してみるわ。どうしても上手くいかなかったら、その時はまた相談にのって下さる?」


「えぇ、もちろんです」




 肩を落としたパトリチィアを寮の入り口まで送りとどけ、きちんと帰ったことを確認してから、私も寮へと戻った。


「素材を取りに植物園に行ったんだって? その割にはずいぶんと遅かったな」


 リオ兄様にそう言われたけれど「研究室で修羅場が発生してました」とは言えず、私は早々に話題を切り上げて自室に戻る。




「……あ」


 鞄を開くと欲しかった素材が1つ足りないことに気が付いて、私はがっくりと肩を落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ