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邂逅

 

「えっと……最後はサリックスの葉ね。たしかこっちだった筈……?」



 プラーティ先生から預かった木札に書かれた素材を集めるべく植物園をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしていると、人影が見えた。



 誰かしら……男女2人組……て、えっ!?



 気にせず目的の植物の所に行こうとして、人影が抱きしめ合っている様子を目の当たりにした私は思わず物陰に隠れる。




 な、ななな、何でここで抱き合ってるの!?




 しかも、運の悪いことに、2人がいるのは私が探していたサリックスの目の前。しかも既に他の素材は採取が終わっているから、他の植物を取っている間にやり過ごすこともできない。


 どうしよう、と考え込む私に、2人の甘い声が届く。



「愛してるよ」

「私も、お慕いしております……」



 やめてっ! それ以上こんな場所で2人の世界を展開しないでっ!




 見ているこちらが恥ずかしいと、耳を塞ぎながら心の中で叫ぶ。その瞬間、それに呼応するかのように強い風が吹いた。


「……っ。だいぶ冷えてきたね。そろそろ寮に戻ろうか」

「そうですわね……。一緒に戻ると、またうるさく言われてしまうでしょうから、先に戻ってくださいませ」

「……わかった。またね」


 残念そうに目を伏せた青年は彼女から離れ、一瞬頬に軽い口づけを落としてから一足先に寮へと帰っていった。




 あぁ、よかった。あんまり長引かなくて……。



「そこに隠れているのは、どなた?」



 ――っ!?



 安堵の息を漏らしたのも束の間、身を隠していた木立の向こう側から声を掛けられた。


 先程までは私に背を向け、腰まで伸びたウェーブのかかった淡い紅色の髪しか見えなかった女の子は、どうやら私に気づいていたらしい。


 仕方なく、私は木立の影から姿を表すことにする。


「ごめんなさいね、お邪魔するつもりはなかったのだけど……」


 そう言いながら出ていくと、「あら」という声が聞こえていた。



「まさか、こんな形で出会うなんて。……初めまして、ウルラの後継者様?」



 彼女を目にした私は、その言葉を聞く前に動きを止めた。




 ……どうして気づかなかったのだろう。




 腰まで伸ばした淡い紅色の柔らかな髪を風になびかせ、藍鉄色の瞳を細め妖艶に微笑む彼女は――……



「ジェニファー・モコチイタ子爵令嬢……」



「あら。私のこと、ご存知でしたの? 嬉しいわ、天下のウルラの後継者様に名前を憶えて頂けているなんて」

「クラリッサ・リーストエル・クロスフォードよ。こうしてお会いするのは初めてね」


 いちいち「ウルラの後継者」と言ってくることに苛立ちを覚え、名を告げる。


「えぇ、えぇ、もちろん存じ上げておりますわ。私、ずっとクラリッサ様にご挨拶したかったのですけれど……私がイザベラと親しいからか、レイチェル様のガードが固くって。改めて、初めまして。ジェニファー・モコチイタですわ」


「やっとご挨拶できたのはいいのですが……ウルラの後継者ともあろうお方が、逢引きを邪魔するのは淑女として如何かと思いますわよ?」




 なんでいちいち「ウルラの後継者」っていれるのよ。それに邪魔するのはって、貴女達が勝手に公共の場で盛り上がってたのがいけないんじゃない。何を責任転嫁してるのかしら。


 そんな心の声をぐっと飲み込み、淑女らしくお上品に返事する。


「ごめんなさいね、私もお邪魔するつもりはなかったのだけど。人出が少ないとはいえ、公共の場であんなことをしている人がいるなんて思わなかったから」


 互いに遠回しに相手を批判しながら、表面上は「うふふ」と微笑み合う。目は細められているけれど、私もジェニファーも笑ってはいなかった。




「ふふっ、せっかくご挨拶できたのだから、色々とお話したいところですけれど……残念ながらもう遅い時間ですし、そろそろお暇致しますわ。是非新緑祭の時にでも、お話致しましょう?」


 ジェニファーの言葉を証明するかのように、7の鐘が響いてきた。けれど、私は彼女の言葉の後半が引っかかった。


「新緑祭の時?」


「えぇ。オウムシュラハト、今年も参加されますよね? 去年のイザベラとの戦い、見事でしたわ。私がチーム“クロスフォード”の(かなめ)である貴女様の対策に用意しておいた魔法陣を、いとも簡単に破られて……私感動しましたのよ?」


 私のお守りを無効化した高度の魔法陣を用意したのが自分だと、あっさり告白して彼女は微笑む。

 その微笑みに、不穏な何かを感じずにはいられなかった。


「それは、どうも……」


「今度のオウムシュラハト、参加されるでしょう? 秋の豊穣祭は色々あって私も参加できなかったですから、春を心待ちにしておりましたのよ」


 是非お手合わせ願いたいですわ――そういって彼女は寮へと戻っていった。






「はぁ……」


 ジェニファーの姿が見えなくなって、私は大きく溜息をついた。


 なんなのよ全く……一体何を企んでるの?


 ジェニファーが何かしらを企んでいるのはほぼ間違いないだろう。だが、その目的が見えなかった。


 あそこまで言われて出場しないわけにもいかないし……寮に戻ったらレイに要相談ね、これは……。




 そんなことを考えながら、先程まで彼女がいた場所に歩み出る。頭上を見れば、空から枝が垂れるように伸びて来ていて、私はそれに手を伸ばす。


 ――プチッ


 本来の目的であったサリックスの葉をやっとの思いで入手する。再び強い風が吹いて、垂れた枝を揺らし、葉と葉の擦れる音が響く。



 とりあえず、戻りますか。



 春とは言え、夜はまだ冷える。私は風にたなびくマントを引き寄せながら、採取した素材を落とさない様に持ち直し、研究室へと踵を返した。


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