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それぞれの進捗

 

 皆がお茶を飲んで一息ついた時、私はふと思い出した。


「そうだ! 私新学期が始まったらリオ兄様とゲオルク様にお話ししようと思ってたことがあるんです」

「僕らに?」

「ん? なんだ?」


 疑問符を浮かべる2人に、私は鞄から木札を取り出してテーブルに置いて見せる。


「お二人が作ろうとしてる魔術具なんですけど……酒の神の御力を魔術具に込める、というのはどうでしょう?」


 私が置いた木札は、1年生の後期に図書館棟で酒の神について調べた時に写本したものだ。酒の神バオニューコベルの逸話や象徴物などが書かれたそれを、2人は真剣な眼差しで見つめる。


「これは……すごいな。うん、これならいける気がする……!」


 リオ兄様が木札から目を離すことなくそう呟く。


「ほんと凄いなクラリッサ嬢! まさか12神以外の神を思いつくなんて!」

「いえ、たまたまです。ファルネーゼ先生がお酒を飲まれていて……」


 私はファルネーゼ先生が混成酒を飲んでいたことを2人に話す。



「いや、それでも十分すごいよクレア。それに、わざわざ図書館で古書を調べてくれたんだろう?」

「えぇ、まぁ……思いついたら、気になってしまって」


 正直、リオ兄様達に伝えるかはかなり悩んだ。これは研究発表会に向けた魔術具作成だから、どこまで私が口出ししていいか線引きが難しかったのだ。


 けど、正直後期のお二人の様子を見ていると、とても研究発表会までに完成するとは残念ながら思えなくて、だったらきちんと情報を共有して、魔法陣の作成などは2人にやってもらったらいいのでは、と思ったのだった。


「よし、エリオット! さっそくこれで作ってみよう!」

「そうだね。さいわい、触媒も植物園で賄えそうだし。まずは魔法陣からか……」


 2人はさっそく羊皮紙を取り出すと、魔法陣を描き始めた。


「あら、これはエリオット達の魔術具の方が先に完成しそうね」

「私達も負けてられないわよパトリチィア!」


 優雅に微笑むパトリチィアに、マリエルが発破をかける。


 そういえばこっちの2人の進捗具合はどうなんだろう?


 疑問に思った私は、素直に聞いてみることにした。


「そういえば、お二人の魔術具作成はどんな感じなんですか?」


 息まくマリエルに「そうね」と微笑んでいたパトリチィアがこちらを振り向く。


「理論と魔法陣自体はある程度完成しているのだけど……」

「このままでも作れるとは思うけど、現実的じゃないのよね」


 パトリチィアの言葉を、マリエルが引き継いだ。


「現実的じゃない、とは?」


 見てもらった方がはやいかしら、と言って、マリエルは魔法陣が描かれた羊皮紙を広げて見せてくれる。


 羊皮紙には、非常に緻密な魔法陣が描かれていた。私はじっくり見る為に前のめりになってそれをつぶさに見る。


 空属性に火属性、それに水と木……4属性の魔法陣か……問題なく起動はしそうだけれど、これはたしかに現実的じゃないわね。


 魔術は、属性が増えれば増えるほど成功難易度も、魔力消費量も跳ね上がる。仮にこの4属性の魔法陣がきちんと起動して魔術具が完成したとしても、魔術具として使うには魔力消費量が割に合わないし、そもそも使える人が限られるだろう。


 私の考えは2人も思っていることなのだろう。パトリチィアが「ね?」と苦笑いしている。


「そうですね……これは難しいでしょうね」


 私が素直に伝えると、2人とも「そうよね」と溜息交じりに呟いた。


「やっぱり、『早く成長させよう』っていうのが難しいのかしら」

「でも、それを言ってしまったら前提条件が変わってしまうわ。今から理論をもう一度組み直すのは時間的に厳しいわよ?」


 はぁ……とパトリチィアとマリエルが溜息を吐いた。たしかに、研究発表会まであと3月(みつき)を切っている。間に新緑祭があることを考えると、研究発表会に向けて残された時間は多いとは言えない。


 たしかに成長速度を速められたら言うことないのだろうけれど……時間に関する魔術はまだよくわかってないのよね。おそらく、12神以外の神の権能なんでしょうけど。


 図書館で片っ端から調べればひょっとしたら該当する神を見つけられるかもしれないが、存在自体は知っていた酒の神ですら中々大変だったことを考えると、現実的とは言えないだろう。


 たしか、『季節を問わず素材を採取したい』ってところからこの2人の魔術具作成は始まっていたわよね……? 季節を問わず……。季節……?


「あ」

「どうしたの? クラリッサ様」


 急に声を発した私を不思議そうにパトリチィアが見つめてくる。


「えっと……ちょっと思いついたんですけど……」

「なにかしら? 聞かせて頂戴」


 パトリチィアに期待に満ちた目で見つめられて、私はちょっと怖気づく。なんとなく思いついただけだから、うまくいく保障はないのに、そんな目で見ないで欲しい。


「えっと……上手くいかないかもしれないですけど」

「構わないわ! クラリッサ様の意見を聞かせて頂戴」


 マリエルにもそう言われて、私は小さく息を吸う。


「えっと……やっぱり、『早く成長させる』っていうのは、難しいと思うんです。けど、お二人の魔術具作成方針は『季節を問わず素材を採取したい』でしたよね? だったら、『季節をずらす』魔術具だったらどうかと思いまして」


「季節を……ずらす?」


 私の言葉を復唱するマリエルに、私は頷く。


「はい。『時』の魔術はまだ神秘に包まれています。だから、『速度』を求めるとどうしても複数の属性を組み合わせないといけなくて、複雑になりますよね」


「けど、時間の流れはそのままに、『ずらす』だけなら……1つか、せいぜい2つの属性で済むのではないでしょうか?」


 成長速度が変わるわけではないけれど、魔術具で季節をずらした区画をいくつか用意すれば、現実には春でも夏、秋、冬、それぞれの季節で本来咲くはずの花や実を採取することは可能ではないだろうか。


 そう思って、私は2人に提案してみた。


「なるほど……たしかに、それなら季節を構成する属性……空と火、かしら? その2つでいけるかもしれないわね……」

「マリエル、ちょっと魔法陣を作り直してみましょう!」


 パトリチィアにそう後押しされ、マリエルも頷いてまっさらな羊皮紙を取り出した。


 2組とも魔法陣の作成に取り組み始めたところで、プラーティ先生が研究室に帰ってくる。


「……おや。随分真剣に取り組んでるねぇ。今、手隙はクラリッサ嬢だけかね?」

「はい。皆さん魔法陣を作ってらっしゃるので。何か御用ですか?」


「明日の授業で使う素材を用意して欲しいんだが……良いかね? まだ腰が本調子でなくてね……立ったりしゃがんだりするのがしんどいんだ」


 あぁ、そういえば。


 私は入学式の前日、先生方の準備に駆り出された理由を思い出しながら、「わかりました」と言って席を立つ。


「クラリッサ嬢は正式な僕の研究室員ではないのに悪いね。必要なものはこの木札に書いてあるから。頼んだよ」

「お気になさらず。出入りをお赦し頂いていますし、兄様がお世話になってますから。……かしこまりました」


 プラーティ先生から木札を受け取り、内容を確認する。


「では、ちょっと植物園に行ってきますね」

「うん。宜しく頼むね」


 柔和に微笑むプラーティ先生に見送られながら、私は研究室から植物園へと出た。


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