ティータイム
場所をテラスに移し、食後のティータイムをすることになった。
テラスはクロスフォード公爵家の庭園に面しており、夏の盛りを迎えた庭園では花々が美しく咲き誇り、緑も青々としている。
中央の噴水から勢いよく流れ出る水が光を反射してキラキラと輝いている。
テラスから身を乗り出す勢いで庭園を眺めていると、アル兄様が隣へやって来た。
「とても綺麗な庭園だろう? 今の時期は色んな種類の花が咲いているし」
「えぇ、とっても。後で時間があったら散策しようかな」
「それはいい。奥の方には屋内植物園もあって、そこでしか見られない植物もあるよ」
そんな話をしている間に、お茶の準備ができたらしい。レイとソフィーの呼ぶ声が聞こえてきた。
テラスでの食後のティータイムでは、記憶を失った私を気遣ってか、皆自己紹介のような話をしてくれた。
「私の好きな物は美味しいスイーツと美しいドレスや装飾品! 将来の夢はお母様のような素敵な淑女になること! 今食べてもらっているケーキも、私の専属菓子職人が作ったものよ。どう? とっても美しくて、美味しいでしょう?」
そういって、レイは皆が口にしているケーキを指さした。用意されたケーキは、この時期旬を迎えるベリーをふんだんに使ったベリータルト。
数種類のベリーを使用していて見た目もとても華やかだけど、見た目だけじゃない。サクサクのタルト生地とカスタードクリーム、そしてベリーのバランスがとてもいい。甘すぎず、酸っぱすぎず、絶妙なバランスで仕上がっていて、とても美味しい。
「えぇ、とっても美味しいし、見た目も美しいわ。食べるのがもったいないくらい。食べたら食べたで、ベリーとカスタードが丁度いいバランスだし、タルトもサクサクだし……私これとても好きだわ」
「…………っ」
「レイ……? どうして涙なんて……私なにかいけないことでも言った?」
美味しいスイーツの感想を素直に伝えただけのはずなのに、感想を聞いた途端、レイの大きな赤い瞳から一筋の涙が流れ落ちて、私は焦った。
何か失敗した!?
私は内心の焦りを悟られないよう表情のコントロールに気を付けながら、かといってどう対処してよいかわからず固まってしまう。
「レイ、身内だけとはいえ、淑女が人前で涙を流すものではないよ」
アル兄様がそう優しく諭しながら、レイにハンカチーフを差し出した。
「だって、アル兄様っ……」と言いながら、レイは差し出されたハンカチーフを手に取り、涙を拭いながら、静かに深呼吸を繰り返した。
3回繰り返した所で落ち着いたのか、焦りと戸惑いから固まってしまった私に再度向き直る。
「取り乱して見苦しい所をお見せしてごめんなさいね、クレア。貴女の感想がとても嬉しくて……。このベリータルトはね、貴女のお母様がレシピを教えてくれたもので、あの出来事が起こる前に貴女が大好きだったケーキなのよ。だから、私、貴女が帰ってくる時に、絶対にこのベリータルトを食べさせてあげようと思っていたの」
「でも、記憶を失ったと聞いて、不安で仕方なかった。大好きだったベリータルトが口に合わなくなってしまっていたらどうしよう、って。でも、安心した。記憶を失っても、やっぱり貴女はクレアだわ。そう思えたら、緊張の糸が切れてしまったのね。自分でも涙を流すなんて思ってもいなくてビックリだわ」
「そう……私の好きなものを用意してくれていたのね。すごく嬉しいわ。本当に、ありがとう」
そう返事をすると、レイも微笑み返してくれた。
このティータイムでの会話で、一番安堵したのは私だったと思う。
記憶を失っても、私は3年前までの私と同じ嗜好らしい。
正直、ずっと不安で、怖くて、仕方なかった。
「こんなのクラリッサじゃない」なんて言われて否定されたら、私を受け入れてもらえなかったら……どうしていいかわからなかった。
ソフィーや兄様達は年が違うけれど、レイは同い年で、これから共に過ごす時間が一番多い。その彼女に否定されたら、今後の生活に支障をきたす。それが一番怖かった。
今の私にはこのクロスフォード公爵家以外居場所がない。なのに、同い年の一番接する時間が多い人間に否定されるなんて……想像しただけで……。
でも、それも杞憂で済んだらしい。レイ達の様子を見れば、受け入れてくれているのは疑う余地がない。
私は、ここに居ていい……そう許しを得たような気持ちになった。
そんな私の内心は露知らず、レイは元の調子を取り戻したらしい。
「いっぱいあるから、おかわりしてもいいのよ!」と私に勧めてくる。……1つ不安が取り除かれたからか、小さめのものならもう1つ食べられそう。
私は「じゃあ、小さめのものを1つ頂くわ」と伝えて、最初のケーキよりも一回り小さめに切り分けられたケーキを貰い、さっきよりもじっくり味わった。
覚えていないはずなのに、懐かしい、と感じた。……気がした。




