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カタリーナの相談

 

「あら、いらっしゃい」

「おはようございます、ボドリー先生」


 図書館棟に入ると、ニコリと微笑みながら声を掛けられて、私はそれに応える。


 ほぼ毎日のように図書館棟に赴くようになったことで、司書の職員ともすっかり顔馴染みになった。


 彼女、イルメア・ボドリー先生はその内の1人で、こうして顔をあわせるとにこやかに挨拶してくれるのだった。


「今日も、図鑑で勉強かしら?」

「えぇ、そのつもりです」

「そう、頑張ってね。最近、期末テストが近づいてきたから、学生の利用が増えているけど……いつも貴女が使ってる奥のキャレルなら空いてると思うわ」

「ありがとうございます」


 ボドリー先生に別れを告げ、もはや私の特等席と化したキャレルに鞄を置き、近くの書架から目的の図鑑を持って来る。


「……よし、始めますか!」


 小声で一人気合を入れ、鞄から持ってきた素材と木札、羽根ペンを取り出す。


 今日は私も、入り口の方で勉強する学生達と同様、期末テストに向けた勉強をするつもりだ。


 そのために、プラーティ先生に許可を貰って、植物園でいくつか採取させてもらった。


 それらをキャレルに並べて、私は木札に特徴や効果などを記載していく。


 ……えっと、この葉は裏に毛が生えてて、鋸歯(きょし)が深いから、カメリア……じゃなくてサンサカ、よね。危ない危ない。


 苦手な見分け方を克服するため、あえて見分けが難しいものをプラーティ先生に教えてもらって採取してきたけれど、ほんとに難しい。何度も「あれ、やっぱりこっちかも?」となりながらも、木札にガリガリ書いていく。


 よし、こんなものかしら。


 持っていた羽ペンを置き、代わりに持ってきた図鑑を手に取る。目次でページ数を確認し、該当ページを開いて答え合わせをしていく。


 これは合ってる、こっちも大丈夫……あ、やっぱりサンサカで合ってた! よかった!


 今回勉強用に持ってきた素材に関しては、全て正解できていた。


 私はほっと胸を撫でおろし、強張った体をほぐす様に腕を頭の上に伸ばしてぐいっと体を反らす。


「きゃっ」


 後方から小さな叫び声が聞こえて、伸びをやめて後ろを振り返る。そこには、右手を中途半端に上げて少し驚いた様子のカタリーナの姿があった。


「カタリーナ? どうしたの?」


 声を掛けると、カタリーナは上げていた右手を下げ、少し困ったように微笑んだ。


「声を掛けようとしたら急に腕が伸びてきたから、驚いてしまっただけよ。戸惑わせてしまったらごめんなさい」


「それは構わないけれど……何か私に用があったのかしら?」


「えぇ……クラリッサに、相談したいことがあって」






 人目があるところでは話にくい、ということで、寮に戻ることにした。

 自室に戻り、リリーにお茶を淹れてもらいながら、カタリーナと共にテーブルを囲む。


「失礼します」


 リリーが淹れてくれたお茶をテーブルに置いて下がる。カタリーナは一口飲むと、意を決したように口を開いた。


「クラリッサ……最近、プラーティ先生の研究室や植物園に足を運んでいると聞いたけれど、本当?」

「えぇ、その通りだけど……それがどうかしたの?」

「実は、先日先生に頼まれて植物園に行ったときに……聞こえたのよ」


 聞こえた? 何がだろう。


 首を傾げて先を促す。


「『ない……ない……』っていう女の人の声が聞こえたの! 私以外、誰もいなかったのに! 私、怖くって……先生に頼まれた植物の採取も忘れて、逃げるようにその場を後にしてしまったの」


 ない? 一体何がなかったんだろう。


 私は思い浮かべた疑問を口にする。けれど、カタリーナはわからないわ、と首を振るだけだった。


「あれは絶対、『学院(アカデミー)の七不思議』だわ……私、聞いたことがあるの。七不思議の1つに、『誰もいないのに声が聞こえる植物園』があるって……」


 学院(アカデミー)の七不思議ねぇ……そういえば、学院(アカデミー)に入学したての頃、リオ兄様がファルネーゼ先生は七不思議の1つだとか何とかおっしゃってたわね……。


 少し懐かしい気持ちになりながらお茶を飲み込むと、カタリーナが言葉を続ける。


「クラリッサはここ最近植物園に通っていて、七不思議には出会わなかった?」


 うーん、と私はここ最近の植物園での出来事を思い返してみたけれど、そういった体験をした覚えはない。


「残念ながらと言うべきか、幸いと言うべきかわからないけれど……今のところそういう声を聞いたことはないわ」


 私の返答に、カタリーナは「そう……」と小さく呟く。


「どうしましょう、クラリッサ。私、こういった得体のしれないものがすごく苦手で……このままじゃ怖くて植物園に行けないわ」


 話ながら、その時のことを思い出したのだろう。茶器を持つ手は震え、顔色は青ざめている。


「落ち着いて、カタリーナ。私も植物園に出入りするようになったのはここ最近だし、それも木の日だけだから……リオ兄様や、研究室の上級生たちなら何か知ってるかもしれないわ。とりあえず、何かわかるまでは私で良ければ一緒に植物園に行くから……」


「本当に!?」


 カタリーナが前のめりになりながら真っ直ぐに私を見つめる。あまりの勢いに、「だからそんなに怖がらないで」と続けようとした言葉は喉元で止まってしまう。


「え、えぇ……」


 気圧(けお)されてしまった私は、そう呟くのが精一杯だった。


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