残る謎
私に問いかけるファルネーゼ先生の目は、「知っていることは包み隠さず話せ」という強い意志の光を帯びていた。
これは、全部話さないと帰してもらえなさそうね……。
私は諦めて、1つ1つ答える。
「そうですね……まず痕跡ではなく、呪詛に覆われているような状態についてですが……あれは結論その人自身の魔力が漏れ出たものですね」
私は覚めない眠りに落ちる寸前といった様子のジルベール様とお会いした時の違和感を思い出しながら言葉を紡ぐ。
今思えば――あの時の違和感は、外から呪詛に覆われている、というよりは、漏れ出た魔力が層となり、また自らの身体に戻る逆流が起きている――そんな平時であれば起こりえない事象を無意識の内に感じてのことだったのだろう。
私の発言を聞いたファルネーゼ先生は、「ほぅ?」と顎に手をつき、面白そうにニヤリと笑う。
「私がずっと疑問だったのは、数十人もの学生を苦しませるほどの呪詛を一体どうやって展開しているのか、ということでした。1人なら簡単でも、10人になれば難易度も消費する魔力量も跳ね上がりますから」
隣に座るレイから「たしかに……」という呟きが聞こえてくる。
「でも、1人ずつ1回呪詛による攻撃を仕掛けるなら、難しくない。だからあれは、元々はたいした呪詛ではなかったんだと思います」
「……どういうこと?」
レイが首を傾げながら聞いてきた。
「つまりね? 元々の魔術は……仮に頭が痛くなる呪詛だったとしましょうか。それを1人に掛けたんだと思うの。けど、どういうわけか呪詛を掛けられた人が眠ると“死んだ”ことになって、魔力が漏れ出した」
「でも、当然だけどその人は生きているわけだから、漏れ出た魔力はその人に戻ろうとする――それが覆われているように見えたものの正体であり、魔力の移動によって次第に体力を奪われ、目覚められないほど衰弱する――すなわち、覚めない眠りに落ちた、ってわけ」
実際、覚めない眠りに落ちた学生たちは、皆頭痛を始めとした体調不良を訴えていた……それこそが、元々の呪詛だったのだろう。
「ふむ……痕跡が見つけられなかったのも、己から漏れ出た魔力に覆われていたせいか……」
「はい、おそらく」
「では、なぜそんなことが起こったと思う? 通常の呪詛であれば、そのようなことは起こるまい」
「さすがに、そこまでは。犯人が意図してやったのか、それとも偶然の産物なのか……私にはわかりかねます」
ファルネーゼ先生がそれもそうか、と案外素直に引いてくれたので、私はほっと息をついた。
「……では、誰が犯人だと思う?」
まだ続くの!?
「……それも、私にはわかりかねます。イザベラ曰く、犯人は『3年生、もしくは教師の誰か』らしいですが……」
「イザベラですって!?」
イザベラの名前を出した途端、レイが大きな声で叫んできた。
「ちょっとクレア、いつの間にイザベラとそんな話したの!?」
動揺したレイが、私の肩を掴んで前後に揺さぶってくる。
ちょっ、ちょっとやめて……!
「レイチェル、話を脱線するな。今は犯人の話じゃ。……して、その理由は?」
ファルネーゼ先生に注意されたレイはごめんなさい、と私の肩から手を外してくれる。
解放された私はファルネーゼ先生に感謝しつつ、イザベラの言葉をそのまま伝えた。
「なるほど……? しかし、其方が言ったようにきっかけとなる魔術が簡単なものでも良いのなら、1、2年生でも犯人となりうるのではないか?」
「そうですね、イザベラとこの話をした時は覆っているものの正体にはまだ気づいていませんでしたから……」
「ふむ。だが、被害者の共通点が『有名人であること』とはのう……それはたしかに、わらわ達教員では気づけんな。イザベラの言う通り、『興味がない』からの」
残りの学生の解呪はファルネーゼ先生に託し、私とレイは寮へと戻った。
「これで、明日からは日常に戻れるわね」
そういったレイが、「あれ?」と何かを思い出したように呟く。
「どうしたの?」
「そういえば……あの黒い馬の夢はなんだったのかしら?」
私はレイの問いには答えずそのまま歩き続ける。夢に関しては、私もまだ理解できていなかった。
昨日の夜解呪したから、レイは黒馬の夢は見なかった――でも、私は変わらずに見てる……いえ、そもそも私の夢をレイ達と同じと考えるのがいけないのかしら――?
「それでは、お休みなさいませ、クラリッサ様」
「えぇ、お休みなさい。リリー」
部屋の明かりが消され、光源はカーテンから漏れる月明かりだけになった。
私は寝台に横になり、決意を固めるように一度深呼吸をしてから瞼を閉じる。
今日もまたあの夢を見るようなら、レイ達の見た夢と私の見る夢は似ているようで全く異なる原因ってことになるわね……。
ファルネーゼ先生とのやり取りで疲れた頭は、あっという間に私の意識を夢の中へと沈めていった。




