手掛かりの在処
今日もまた、あの夢か……。
相変わらず、私の夢に出てくる黒馬は追いかけてくるでもなく、嘶くでもなく、ただただ私を見つめてくるだけだった。
意味がわからない。
「……そういえば、ファルネーゼ先生の研究室、閉められてるんだった」
今日は、昨日司書の教員にお願いされたファルネーゼ先生の貸りた本を返すため、真っ直ぐ研究室にきた。
しかし、研究室の入り口に貼り出された紙を見て閉められているのを思い出し、私は仕方なくラスールを飛ばす。
すると、「扉に其方の魔力を流せ。それで開く」と簡潔な返事がくる。
私が扉に向けて魔力を流すと、カチャン、という音と共に扉が開いた。
「失礼します……」
誰もいないのはわかっているが、つい癖で言ってしまう。
ずっと閉鎖されていたのであろう研究室内は、少し空気が淀んでいる。私は一直線に本棚に向かうと、司書の教員に頼まれた本を抜き出してはテーブルの上に重ねていく。
もう、ファルネーゼ先生ったらこんなに図書館棟から借りた本を溜め込んでいたなんて……。
テーブルの上に重ねた本は、あっという間に山のように積み上げられた。
渡された木札に書かれていた最後の1冊は、先日私が持ってきた≪眠ることは死ぬこと≫だった。
そういえばこれ、どんな内容の本だったのかしら……?
ファルネーゼ先生がわざわざ調査のために借りた本なのだから、何か手掛かりになるような記述があるんじゃ……?
私は積み上げようとしていた右手を止め、パラパラと中身を見ていく。
数ページめくったところで、私は手を止める。とあるページから、目が離せなくなった。
“死ぬと人はどうなるか――体は土に還る。では、魔力は?”
“私はこう考える。魔力は人の肉体という枠組みから解放され、神々の下へと還るのだ、と。”
“眠ることが死ぬことであるならば、睡眠時に見る夢は、眠りによって一部解放された魔力によってもたらされる魔術の一部といえる。そして、「眠ることは死ぬこと」が成り立つのならば、「起きることは生きること」とも言えるだろう。”
“すなわち――人は毎日、生と死を繰り返しているのだ、と。”
これって、つまり――?
私の頭の中で、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。
体調不良――黒い馬の嘶く夢――体を覆うような呪詛――通常では考えられないほどの大規模な呪詛の展開――ジルベール様を見た時に感じた違和感――眠ることは死ぬこと――
――カチッ
バラバラだった歯車がうまく噛み合うような、そんな金属の音が聞こえた気がした。
……これなら、いけるかも。
私は本の山を持ち上げると、図書館棟へと踵を返した。
「触媒が……足りない……」
図書館棟に無事本を返却し、意気揚々と寮に帰ってきたまではよかった。
私は素材を保管している机の引き出しをひっくり返しながら、溜息をつく。
せっかくいいこと思いついたのに、肝心の触媒が足りないなんて……。せっかく1つはあったのに……。
おそらくカタリーナなら持ってるだろうけど……今は授業中だろうし、唐突に「触媒貸して」って言うのもね……。
何か代用できるものがないか、と私は1つ1つ素材を机の上に並べて思案する。
冥界神アッティルートの加護が得られそうな素材……糸杉やダッフォディル以外で……うーん、眠ることは死ぬこと……死ぬことは眠ること……?
私はふと寝台に視線を送る。
いやいや、いくらなんでも寝台を触媒には……ん? 寝台?
一度は外した視線を、再度戻す。そして、机の上に並べた素材を見た。
「これだっ!」
その日の夜。私はレイの部屋にお邪魔していた。
「クレア、それは……?」
寝巻に着替えたレイが、興味深そうに私の手元を覗き込む。
私の手元には、2つの素材と1つの大きな布――それも魔法陣が描かれたもの――が準備されている。
「これを使えば、たぶん解呪できると思うのよね」
「本当に?」
レイが首を傾げながら聞いてくる。
「さすがにそれは、やってみないとなんとも……。ただ、失敗したとしても悪化することはないわ。良くて解呪、悪くて現状維持。なら、試してみたほうがいいでしょう?」
「そうね……もし成功すれば、明日からはこの“眠り病”に怯えなくていいものね……」
レイは今日1日、“眠り病”の恐怖と戦っていたのだろう。普通に授業を受けてきただけなのに、いつもなら見えない疲労の色が見て取れた。
「そういうこと。……さ、この布を寝台に引いて、その上から寝て頂戴。レイが寝たら、魔術を発動するから」
私は布を広げながら説明する。
「……わかったわ。宜しくね、クレア」
「えぇ、それじゃ、おやすみなさい、レイ。良き眠りが訪れますように」
レイが横になってしばらくすると、小さな寝息が聞こえてくるようになった。
私は座っていた椅子から立ち上がり、レイの側に近づく。
――あぁ、やっぱり。
さっきまでは何もないように見えたレイの周りに、今はレイを覆うように魔力の層が見える。
まだ“眠り病”が発現したばかりだから、起きている時には見えなかったのだろう。けど、このまま放置していればジルベール様のように起きている時すら見える状態に進行して……やがては覚めない眠りに落ちる。
私は横になったレイの両脇に触媒を置き、魔法陣に手を置いた。
魔力を込めると、魔法陣が淡く光り出す。
……どうか、うまくいきますように。
祈りと共に魔力を込めながら、私は呪文を唱えた。
「――ソル・サリエンテ・エヴェイユ」




