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昼食

 

 私がいた建物は、クロスフォード公爵家の敷地内に作られた離れだったらしい。おば様曰く「屋敷内だとあの子達が毎日毎日煩いだろうから」とのことで、離れを作って私を保護してくれていたそうだ。


 建物から出ると、すぐ目の前に立派なお屋敷の姿が見えた。


「おかえりなさいませ、奥様」

「ただいま戻りました」


 おば様にそう声をかけ、屋敷の扉を開いてくれたのは美しい銀の髪をピシッと整え、眼鏡をかけた壮年の男性だった。

 おば様が男性を紹介してくれる。


「我が家のスチュワードを務めてくれているウィローですよ、クラリッサ」


「初めまして、クラリッサです。本日からお世話になります」


「ご丁寧にありがとうございます。初めまして、クラリッサお嬢様。これから宜しくお願い致します」


「もうお昼を過ぎていますし、お腹が減ったでしょう、まずは食事にしま」


「クレア!!」


 おば様の声は私を呼ぶ声に掻き消された。


「やっと会えた!」

「体調はどう? 大丈夫?」

「やっとお会いできました、クレアお姉様……」

「思ったより顔色がいいね」


 男女4人に取り囲まれ、矢継ぎ早に声をかけられて、どうしていいかわからない。


「えっと……」


 ゴホンッ


 私が困惑して返答に窮していると、おば様が後ろでわざとらしく咳き込んだ。


「アルバート、エリオット、レイチェル、ソフィア。クレアが目覚めて嬉しいのはわかりますが、今朝母はなんと言ったか覚えていますか?」


「「うっ……」」


 先程までの勢いはどこへやら、4人が一斉に固まり、気まずい雰囲気が漂った。


「クレアは記憶を失い、色々なことに戸惑いながらやってくるのだから、4人で取り囲んで騒がないように。……そう何度も念を押したはずですが?」


 おば様は笑顔こそ崩さないままだけど、その声には明らかに怒りが含まれていた。


「申し訳ありません、お母様……」

「私にではなく、困らせたクラリッサにお謝りなさいな」

「ごめんなさい、クラリッサ……」

「わ、私は大丈夫ですから……皆様頭を上げてください」


 別に悪気があったわけではないのだろうに、叱られた4人から一斉に頭を下げられて、居た堪れない。


「クラリッサがそう言うのであれば、もう良いでしょう。よかったですね」


 おば様からお許しが出て、4人が安堵の表情を浮かべた。


「さぁ、貴方達もお昼ご飯まだなのでしょうから、皆で食事に致しましょう」


「はいっ!」


 もう昼を知らせる5の鐘はだいぶ前に鳴ったはずだが、どうやら4人は私達が屋敷に戻るのを待っていてくれたらしい。


 おば様と2人きりの食事だったらどうしよう、と内心ドキドキしていたけれど、4兄妹も一緒なら話題には困らないだろう。


 私は4人に案内され、クロスフォード公爵家のお屋敷に入った。






「それでは、頂きましょう。実りの神に感謝を」

「実りの神に感謝を」


 全員に配膳が終わったことを確認し、長テーブルの一番端に座るおば様が食事前の神への感謝を捧げ、それに続いて私達も感謝の(ことば)を口にする。


「それにしても、クレアが思った以上に小さくてびっくりした」


 私の正面に座るリオ兄様が、こげ茶色の瞳でまじまじと私を見ながらそう言ってくる。


「仕方ないわ、リオ兄様。クレアは3年間も眠っていたんだもの。その間にリオ兄様は成長されていて、クレアはほぼ成長してないんだから、差が大きいのは当然だわ」


 私が答えるより早く、右隣に座るレイが答えた。


 そう、3年間眠り続けた私はその間、生命維持に必要な最低限の栄養を与えられてはいたけれど、そのせいで11歳にも関わらず身体は8歳当時とほとんど同じ状態らしい。


 左隣に座る、10歳のソフィーとほぼ同じ……身長だけなら若干抜かされているかもしれない、そんな感じなのだ。


「私は、遠い存在だったクレアお姉様との距離が近くなったようで嬉しいですわ。小柄なのも、可愛らしいですし」


 左隣のソフィーは控えめにそう言って微笑んでくれるけれど、一応年下の子に可愛らしいと言われるのはとても複雑な気分だ。


「無理して食事量増やしたり運動したりする必要はないよ、クレア。成長期はこれからだからね。無理して焦ってもいいことは何もないしね」


 リオ兄様の隣、私から見て右斜め前に座るアル兄様が私の考えを察したかのようにそう告げてきた。


「アルの言う通りよ、クレア。それに、貴女にはこれからやるべきことが山のようにありますし」


「やるべきこと……ですか?」


 一体なんだろう。思いつかず、私は小首を傾げる。


「貴女は秋には12歳になるのですから。来春には学院(アカデミー)にレイと一緒に行くことになります。その為の準備ですよ」


「お母様、クレア私と一緒に学院(アカデミー)に行けるのですか!?」


 レイが嬉しそうにおば様に問いかける。


「もちろんです。12歳になった次の春から学院(アカデミー)に通うのが貴族の通過儀礼ですからね。クレアが目覚めなくてどうしようかと思っていましたが、目覚めてくれて助かりました。……準備期間が半年しかなく、しかも記憶を失っていますから、これからの半年間は非常に大変ですが。まぁ、なんとかしましょう」


「じゃあ、クレアは今日から私と一緒にお勉」

「そんなわけないでしょう」


 嬉しそうなレイの言葉が終わりきらない内におば様が否定する。


「クレアとレイとでは授業進度が違いすぎます。3年も眠っていたのですから。まして、記憶喪失もありますし……当分の間、クレアは専属の教師と一対一でお勉強ですね」


 おば様の言葉に、そんなぁ……と隣でレイが肩を落とした。


「3年分……半年で挽回できるかしら」


「できるか、ではなくやるのですよ。クロスフォード家の威信にかけて、挽回して頂きます。その為の手助けは致しますから、クレアの努力を期待していますよ」


 考えが口に出てしまっていたらしい。おば様からプレッシャーをかけられた。お顔は微笑んで見えるのに、目が笑っていない。


 死ぬ気で取り組まなければ恐ろしい目に合いそうだと感じ、私はひたすら首を縦にふって頑張る意思を伝える。


 その様子を見て満足したのか、おば様は口元をナプキンで拭うと席を立った。


「私はこれから所用があるので失礼します。しばらくは自由時間にしますから、子供達で仲良く過ごして下さいな。6の鐘が鳴ってしばらくした頃、迎えを送りますから、そうしたらクレアは私の応接室に来て頂戴。明日からのことを伝えますから」


「かしこまりました」


「あぁ、そうそう。アル、リオ、レイ、ソフィー。クレアとお話するのは構わないけれど、先程のように困らせないように。次同じことをしたら………………わかっていますね?」


「は、はい! かしこまりましたお母様!」


 先程と同じ目の笑っていないお顔で微笑まれて、4兄妹は皆姿勢を正してそう答えた。

 私も思わず、姿勢を正していた。






 おば様が部屋から出て扉が閉まると、ようやく室内のピリついた空気が緩んだ。


「相変わらず、あの表情のお母様は怖いわ。いい? クレアもあの表情のお母様の言うことは絶対守らなきゃダメよ! お母様怒らせたら本当に恐ろしい目に遭うから!」


 レイが私に口酸っぱく注意してくる。正面のリオ兄様が青ざめたお顔で首を縦にふっているところを見るに、リオ兄様はその恐ろしい目を体験済みなのだろう。


「クレアは昔から優等生だから大丈夫だろうね。それより、せっかくお母様が自由時間をくれたんだ。天気もいいことだし、テラスでお茶でもしながら話さないかい?」


 アル兄様がテラスの方を指さしながら提案すると、「素敵です、アル兄様! 私お茶とお菓子の準備を頼んできます!」とソフィーが使用人達の所へかけていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitter企画から参りました。 記憶喪失の少女に説明する、という流れでうまく世界観に入っていけました。読者はなにも分からないところから始まるので、徐々に状況が明らかになっていくのがとて…
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