体力回復
「おはようございます、クラリッサ様!」
4の鐘が鳴ってしばらくした頃、リリーが元気よく部屋に入ってきた。
「おはよう、リリー……朝から元気ね」
まだ眠くて瞼が開かないけれど、とりあえず返事だけは返しておく。
ベッドの中から出ない私を見て起きそうにないと思ったのだろう、リリーが勢いよく窓のカーテンを開けると、朝日が私に直撃した。
「眩しい!」
「とってもいいお天気ですよ、クラリッサ様! さぁ、起きてくださいませ。5の鐘が鳴る頃には医術師様もいらっしゃるのですから、あまり時間はありませんよ」
目覚めたあの日から、今日で3日目。今日は先日おば様が言っていた医術師――水属性魔術の中でも治癒を専門とする魔術師――が来て下さる。その方の魔術を受ければ、体力を回復することができるらしい。
「えぇ……わかっているわ……」
返事をし、私は何とか上体を起こす。起き上がっただけで、体力を半分くらい消費した気がした。
「ごきげんよう、クラリッサ。よく眠れたかしら?」
5の鐘が鳴ってすぐ、おば様が医術師の方を連れ立って訪れた。
「おば様。はい、とてもよく眠れました」
私の返事に頷くと、おば様が医術師の方を紹介してくれる。
「本日貴女の治療をして頂く、医術師のヨゼフィーネ様ですよ、クラリッサ」
「宜しくお願い致します、ヨゼフィーネ様」
私が挨拶すると、ヨゼフィーネ様はニコリと微笑んだ。
「こちらこそ宜しくお願い致します、クラリッサ様」
ヨゼフィーネは寝台横の椅子に腰かけ、手に持っていた鞄から水色の宝石の様に輝く石を取り出しながら、問いかける。
「本日のご依頼は『体力の回復』でお間違いないですね?」
「えぇ、お願いします」
おば様が即答するとヨゼフィーネ様は頷き、手にした水色の石を私の手の平に乗せて、私の手ごと自らの手で包み込んだ。
「――リストーロ・コルプス・クラリッサ」
ヨゼフィーネ様が呪文を唱えると、手の中から光が溢れた。光はどんどん強くなり、私は光に包まれる。
眩しいっ。
けれど、それはほんのわずかな時間だけだった。眩しさに思わず目を瞑ったけれど、あっという間に光は収束していった。
え……?
私は目を見開き、自分の身体を見る。さっきまで起き上がるのも辛かった体が、びっくりするぐらい軽い。
「それでは、私はこれで」
私が驚いている間に片付けを済ませたヨゼフィーネ様が退室の挨拶をしていることに気づき、私は慌てて感謝を伝える。
「あっ……ヨゼフィーネ様、ありがとうございました!」
「お元気になられたようで何よりです。では、失礼致します」
ニコリと微笑み、ヨゼフィーネ様は退室していった。
「……さて、と」
ヨゼフィーネ様を見送ったおば様がこちらに振り向き、先程までヨゼフィーネ様が座っていた椅子に腰かける。
「どうかしら体調は? 動けそう?」
「はい、問題ありません」
私は手足を動かしてみる。さっきまでの怠さ、体の言うことの利かなさ具合が嘘のようだった。
「そう、それならよかったわ。では、本題に入りましょうか」
柔和に微笑んでいた赤い瞳に真面目な光が生まれ、私は無意識の内に背筋を伸ばす。
「貴女が目覚めた後――リリーには貴女と昔話をしたり、本を読んだりするよう伝えていましたが……どうだったかしら?」
ここ数日のことを思い出しながら、口を開く。
「生活習慣や言語、国名などは覚えていることがリリーとの会話でわかりました。ですが、3年前の事件に関することや私自身のこと、あと今まで関わりがあったであろう人々に関する記憶はさっぱりです」
そして――ある違和感に私は気づいていた。
以前私が好んで読んでいた、とリリーが持ってきてくれた本。体を起こすのが億劫なので、リリーに読み聞かせてもらっていたのだけれど――それを聞いた時、本の内容は覚えていたのに、いつ・どんな風に読んだのか、は全く覚えていなかった。
3年前の事件のショックで記憶を失ったとして、こんな風に偏りが出る? そんな疑問と、どうやったら記憶が戻るのかを今日までずっと考えて辿りついた結論。
――この記憶喪失は、人為的なものが原因。……であるのなら。私は、私の記憶を取り戻すために、追究しないといけない。
何故、私は記憶を失うことになったのか――誰が、何の為に私の記憶を消した、あるいは奪ったのか、を――
「……そう。無理に思い出す必要はないわ。ゆっくりでいいの。また何か思い出したら教えて頂戴」
考え込んでいた私が思い詰めていたように見えたのだろうか、そういっておば様はこの話題を切り上げた。
「動けるようになったことだし、これから我が家に移動するわけだけど……その前に、我が家の家族について話しておかないといけないわ。私の子供達についてはリリーから聞いていて?」
「はい」
「あの子達、貴女が目覚めたと聞いて、会えるのを今か今かと心待ちにしているわ。それで、1つお願いがあって……呼び方を、昔と同じにして欲しいの」
「呼び方、ですか?」
疑問形で返した私に、おば様は微笑みながら頷く。
「そう。記憶がなくなっても、あの子達にとっては、貴女は大切な従姉妹の『クレア』なの。だから、あの子達も、そして私も貴女をクレア、と呼ぶわ。だから貴女も、あの子達を昔と同じように呼んであげて欲しいの。私のことを昔のようにおば様、と呼んでくれるように」
「わかりました。……私が何と呼んでいたか、教えてくださいますか?」
「もちろん。一番上のアルバートは『アル兄様』、2番目のエリオットは『リオ兄様』。同い年のレイチェルは『レイ』、一番下のソフィアは『ソフィー』と、みんな愛称で呼んでいたわ」
「では、その通りにお呼びします」
私の言葉に頷いたおば様が、「あ、そうそう、」と言い忘れていたらしい事柄を告げる。
「あと、敬語はソフィーに使ってはダメよ。大好きなクレアに敬語使われた時には泣きそうだもの」
そんなに慕われていた人がいたのね……。
以前の私は従兄妹達にどんな風に接していたのかと少し考えてみたけれど、わかる訳がないので早々に諦めた。
「こんな人クラリッサじゃない」なんて言われたらどうしよう……。
そんな不安が私の中に芽生えた。
 




