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裏切り者

 

 目の前の人物は、学院(アカデミー)で慣れしたんだ相手であるはずなのに。纏う空気も、冷たい視線も、まるで別人のように感じられる。


 復讐……? ボドリー先生が? 一体、誰に?


 複数の疑問が脳内に現れる。どれから聞くべきか困惑していると、どこからともなくラスールが飛んできた。


≪クラリッサ、嬢……イルメア・ボドリーの狙いは、貴女、です……! 我がナタリーノ家のリビテイア神の絵画が奪われました……どうか気を付け、て……≫


 ファビアン先生の言葉を伝えたラスールが魔石に戻っていく。手の平に転がった魔石を見つめながら、私はさらなる混乱に陥った。


 どういうこと? ナタリーノ家のリビテイア神の絵画が奪われたって、ボドリー先生に? なんでそんなことを?


 わからないことだらけだが、ボドリー先生が敵ということだけは間違いない。グレン様も相対する彼女に厳しい視線を送る。一方、その視線を受け取るボドリー先生は手を頬に当てて小さく溜息を吐いていた。


「あら……私としたことがとどめを刺し損ねていたなんて。あぁ、ファビアン先生のおっしゃったことはその通りよ。かの『しゃれこうべを抱くリビテイア』もほら、この通り」


 ボドリー先生が鞄から取り出したそれは、予想よりずっと小さかった。だが、その魔術書ほどの大きさの画布に描かれたリビテイア神はとても神々しく、マルガレータが「他とは一線を画す」と絶賛するのも納得の名画だった。


 けど……なんでボドリー先生がその絵画を盗んでいるの?


 リビテイア神の絵画と、ボドリー先生と、私達と敵対しているこの状態が結びつかない。グレン様も同じなのか、彼女へ向ける視線は厳しいままだが、動こうとはしない。


「そして――……」


 ボドリー先生が右手を動かす。その手に持っているのは先程クロッキリアルテー神を刺した湾曲した剣だ。その剣先から血を滴らせながら、リビテイア神の絵画めがけて振り下ろしていく。


「それだけは、だめっ!」


 ――シスル!?


 剣先が絵画に刺さる瞬間、ぎりぎりのところで先程まで壁際で傍観に徹していたシスルがボドリー先生の腕を止める。はぁはぁと荒い息を吐きながら、ボドリー先生を睨みつけていた。


「……あら。ずっと壁際にいるから彫像かと思ってたけど、ここにきて邪魔するつもり? シスル」

「まさか貴女が裏切るなんてね、イルメア」

「ふふ、変なこと言うわね。()()()()()()()()()()()()()()()、シスル。コルプス・フォルティス」

「っ、あっ!」

「フルトゥーナ」

「――っ!」


 ボドリー先生が身体強化したことで、力で及ばなくなったシスルの拘束はあっけなく解けた。続けて強風で吹き飛ばされたシスルはダンッという音と共に壁に吹き飛ばされてしまった。


「かはっ……」

「せいぜいそこで希望が潰える瞬間を無様に見てなさい……ってちょっと今度は貴女たち?」


 ボドリー先生がシスルに気を向けている合間に魔術を発動し、グレン様が光の縄で胴体を、私が氷で両腕を拘束する。


「そちらの事情はわかりかねますが……貴女がやろうとしていることを阻止すべきだということはわかりましたので、拘束させて頂きます」


「事情は王都でゆっくり伺いましょう」と付け加えるグレン様に対し、ボドリー先生は妖艶な笑みを浮かべた。


「ふふ、私がこの絵画を破壊するのを阻止した程度で、勝ったおつもりですか? だとしたら、なんて脳内お花畑なんでしょう、ね!」


 ボドリー先生の右手に持つ湾曲した剣が光ったかと思ったら、次の瞬間には私の氷はひび割れ地に落ち、グレン様の光の縄は音もなく消えてしまった。


 ――ガンッ


 私達が驚く隙を見逃さず、ボドリー先生は鈍い音と共に絵画を突き刺し、そのまま力任せに引く。木の板に張り付けられただけの画布はいとも簡単に引き裂かれ、名画は見るも無残な姿になってしまった。


「――っ!」

「あ、あぁ……」

「う、ふふ……あははははははははは! ついに、ついにやったわ! この時をどれほど待ちわびたかしら!」


 絶望に顔を染めるシスルとは対照的に、ボドリー先生はお腹を抱えて笑い出す。ひとしきり笑った後、湾曲した剣を愛おしそうに見つめながら口を開いた。


「ねぇ……クラリッサ様? 今、どういう状況か……貴女はきちんと理解できていて?」


 まるで試すような、生徒に先生が意地悪な質問をするかのような口調で問いかけてくる。


「きちんと、と言われると自信はありませんね。お教え頂けるのでしょうか?」と返すと「えぇ、勿論」と在りし日のボドリー先生を思わせる微笑みで了承された。


「でも、その前に……それ、もういらないから回収してくださる?」


 壁際で座り込んでいたシスルの姿が一瞬消え、次の瞬間目の前に落ちてくる。唐突な転移にシスルは着地の準備ができず腰を床に盛大に打ち付けた。


「うっ……」

「だ、大丈夫? シスル」

「……っ、だ、大丈夫です。それよりクラリッサ様、イルメアを止めてください! じゃないともう――、っ!?」


 何かを言いかけたシスルの口が光の縄で塞がれる。「お喋りしてもいいとは言ってないわよ」とボドリー先生は冷ややかな目線をシスルに向けた。


「……今、どういう状況か教えて下さるのですよね? ボドリー先生」

「えぇ」

「では、教えて頂けますか? どうしてこんなことをしているのか、復讐とは一体……貴女は何をしようとしているのですか?」


 ボドリー先生はすぐ口を開こうとして、しかし閉じて手を口元にあてしばし考える仕草をしてから「端的に言えば、」と切り出した。


「クロッキリアルテー神の力でこの国の貴族社会とウルラを滅ぼすこと……それが私の復讐でありこれからやろうとしていることよ。どうしてかは……貴女が私に勝てたらわかるかもしれないわね。……まぁ、無理でしょうけど」

「――そういうことかっ!」

「グレン様?」


 ボドリー先生の言葉に反応したグレン様が、焦った様子で攻撃を始める。だが、ボドリー先生の結界に阻まれて攻撃は通らない。


「クラリッサ嬢も早く! クロッキリアルテー神を裏切って、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()です! その前に食い止めなければ――っ」


 グレン様が攻撃しながら早口で説明するのを聞きながら、私も攻撃に加わる。だが、結界を突破するよりボドリー先生が行動するほうが早かった。


「さすがオスカー様、ご明察です。ですが……一歩遅かったですね」


 にやりと笑って、順手で持っていた剣を逆手に持ちかえる。そしてそのまま、流れるように湾曲した剣先を自らへと突き刺した。


「――っ!」


 声にならない悲鳴を発したのはシスルだ。光の縄で口を縛られて声が出せず、けれどその光景を目の当たりにして叫ばずにはいられなかったらしい。


「ふふっ……あははははははは! すごい、すごい、これが神の力……! これなら、これなら――っ!?」


 歓喜の声を上げたのも束の間、ごふっという音と共に大きくせき込んだ。口元に当てた手の隙間から、紅い血が滴り落ちる。


「あぁ……やっぱり……」

「シスル?」


 何故かこの瞬間光の縄が消えたようだ。シスルの何か知っているらしい言葉に振り向く。


「フェリーチェ様のお体ですら、封印6つ分の御力でも条件付きでないと本気を出せなかった……なのに、7つ分の力なんて、イルメアの身体が保つわけがない……」

「!? じゃあ、ボドリー先生は――」


 再び視線をボドリー先生に戻すと、彼女の薄色の瞳が片方深紅に染まっていた。その瞳に、狂気の光が宿る。


「えぇ、えぇ、構わないわ! ウルラと貴族社会に復讐できるなら、私の身体がどうなろうと構わない! 全てを滅ぼす力を我が手に!」


 雄叫びのような宣言と共に、ボドリー先生を中心として膨大な魔力が濁流のように溢れ出す。それを察した瞬間、私は考える間もなく反射的に結界を展開した。


「――さぁ、終焉を!」


 その言葉が合図というかのように、魔力の濁流は激しい暴風となって私達に襲い掛かってきたのだった。


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