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クラス分けとファルネーゼ研究室

 

「エンリチェッタ・ファルネーゼ先生の研究室だって!?」


 職員会議の翌日。今日から通常授業が開始となる。

 私は朝食時、レイとリオ兄様に昨日の職員会議と、その後のことを報告していた。


「えぇ……そんなに驚くことですか?」


「そりゃ驚きもするさ。【学院(アカデミー)の七不思議】の1つにして、研究室に学生を募集しない変人! 驚かない方が不自然だよ。まぁでも、優秀な先生であることは間違いないから、そこは安心していい……何と言っても、あのオスカー様を育てた人だし」


「そ、そうですか……」


「兄様! 【学院(アカデミー)の七不思議】とは何ですか!?」


 聞き慣れない言葉にレイが食いついた。確かに、それは気になるわよね。


「あれ、話したことなかったか? 『誰もいないのに声が聞こえる植物園』とか、『満月の夜に狼人間が現れる』とか、七つの不思議があるんだけど、ファルネーゼ先生はその内の1つ、『時忘れの魔術師』だって言われているんだ」


「『時忘れの魔術師』……ですか?」


「そう。クラリッサなら、なんとなく納得がいくんじゃないか?」


 そう言われて私は手に持っていた食後のお茶が入ったティーカップをソーサーに置いた。


「確かに……ファルネーゼ先生は近くで見てもお幾つなのか全く想像が出来ませんでした。子供のようでもあり、もう長い時を生きた妙齢のようでもあり……」


「そう。その不思議さが七不思議になった主な理由だ。それ以外にもあるらしいけどね……」


「そんな含みのある言い方されると気になるじゃないですか!」


 ファルネーゼ先生を会議の時に遠目から見ただけのレイは、実感が湧かない分好奇心を刺激されたらしい。


「気になるなら、交流を広げて色んな人に話を聞いてみるといい。今日クラス分けが発表されれば、同じクラスの人達と1年間同じ授業を受けることになる。人脈は広げておくに越したことはないしね。さて、そろそろお茶も飲み終わったし行こうか。クラス分けの結果が貼り出される頃だよ」


 それを合図に、学院(アカデミー)へ向かうべく私とレイも席を立った。






「……すごい人だかりね……」


 学院(アカデミー)の中庭に移動すると、回廊に溢れんばかりの人だかりが出来ているのが目に入った。


「回廊に貼り出されるからね。優秀な我が妹(レイチェル)ならクラスはたぶん(ブランシュ)(リーラ)だろ。2人とも、こっちだ」


 リオ兄様に連れられ、私達2人は人だかりの外れ、比較的人が少ない、貼り出された紙の端の方に向かう。


「これが最も優秀な成績の学生が集まる(ブランシュ)のクラスの張り紙。レイチェル、見える?」


「はい、大丈夫ですリオ兄様。……あ、ありました! 『レイチェル・クロスフォード』と書いてあります!」


「やっぱり。さすがレイチェル」


「兄様はどちらのクラスなのですか?」


「あーどうだろうな……去年と同じ(ヴェルデ)か、よくて(アスール)だと思うけど……ちょっと見てくるから、ここで待ってて」


 人混みの方に歩いていったリオ兄様は、あっという間にどこにいるかわからなくなった。

 張り紙を眺めていたレイが口を開く。


「……クレアの名前、本当にないのね」


「……そうね。授業に出ないなら、クラスに所属する意味はないということでしょうね」


「それはそうかもしれないけれど……ちょっと寂しくはない?」


「元々所属していたならともかく、最初からだから。それに、レイやリオ兄様がいるし」


「……! 嬉しいこと言ってくれるわね、クレア! でも…………うん、私、決めたわ!」


 両手を拳にして気合を入れるレイに、私は小首を傾げながら「何を?」と尋ねる。


「私が、クレアの分まで人脈を広げる! クレアが寂しさを感じた時に、すぐに紹介できるように!」


「……ありがとう、レイ。社交的なレイなら、きっとすぐクラスの子達と打ち解けるわね」


「えぇ、もちろん! だから、寂しくなったり、何か困ったことがあったりしたら我慢せずに言うのよ?」


「……わかった。頼りにさせてもらうわ」


 会話が一段落する頃、リオ兄様が人混みから帰ってきた。


「おかえりなさい、リオ兄様」


「ただいま。中々名前が見つからなくて遅くなった」


「兄様、クラスはどちらでしたか?」


「……(アスール)だったよ」


「まぁ! では去年よりも成績上がっていたのですね! おめでとうございます!」


「ありがとう。去年は(ヴェルデ)でお母様にだいぶ色々言われたからな……」


「そういえば去年の今頃、お母様のご機嫌悪かったですね……あれ、兄様のクラスが原因だったのですね」


「『クロスフォード公爵家の人間が(ヴェルデ)とは何事ですか!』ってラスールが飛んできたよ……」


 その後も養母様の去年のお小言の話題をしつつ、レイとリオ兄様はそれぞれのクラスへ、私はファルネーゼ先生の研究室に向かうため、廊下で別れた。


 各クラスが並ぶ廊下を真っ直ぐ進み、渡り廊下を越える。図書館棟を通り越し、学院(アカデミー)の最奥、研究棟に足を運んだ。


 授業が始まって、研究者でもある先生方が出払っている研究棟は静寂に包まれている。南側に巨大な図書館棟があることもあり、日の光がほとんど差し込まない廊下は薄暗く寂寥感(せきりょうかん)に満ちていた。


 目的地であるファルネーゼ先生の研究室の前に辿り着き、呼び鈴を鳴らす。


 ――リン。


 涼し気な音が響いたけれど、中から反応はない。


 ……ファルネーゼ先生いないのかしら?


 私がドアノブに手を掛けると、扉はあっさりと開いた。


「……失礼致します。ファルネーゼ先生、いらっしゃいますか……?」


 扉を開き、中を覗きながら声を掛けたけれど、反応はない。


 ……どこかに出掛けてるのかしら?


 部屋に足を踏み入れて、昨日の夜座ったソファがある辺りまで進む。昨日は片付いていたテーブルには本と手紙のようなものが置かれている。


「……あ」


 手前のソファに、横になったファルネーゼ先生がいた。本を読んでいる間に寝落ちしたらしく、顔の上に分厚い重そうな本が載っている。


「あの……ファルネーゼ先生?」


 近づいて声を掛けてみたけれど、やっぱり反応はない。どうしたものかと視線を移すと、先程のテーブルに置かれた手紙の「クラリッサへ」という文字が目に入った。


 “昨日の夜、其方が帰った後にグレンから話を聞いて、今其方に必要な本を用意しておる。わらわは昼過ぎまで起きないと思うので、午後までに流し読みでいいので目を通しておくように”


「……なるほど」


 私は手紙をテーブルに戻し、置かれている本に目を向ける。厚みはそれほどないけれど、期限が午後までならきちんと集中して読まないと間に合わないだろう。私は部屋の明かりをつけると、ファルネーゼ先生が眠るソファの向かい側に座り、置かれた本を手にとった。







 5の鐘と共に昼食の為食堂に出向き、帰ってくると既にファルネーゼ先生は起きていた。


「おぉ、丁度良い。昼食から戻ったところか?」


「はい、そうです。おはようございます、ファルネーゼ先生。本日から宜しくお願い致します」


「うむ。では、早速始めるとしよう。わらわが準備しておいた本は確認できておるか?」


「はい。昼食前までに読み終わりました」


 私はファルネーゼ先生の向かい側のソファに腰かけ、課題図書として午前中に読んでいた本――≪呪詛学概説≫に目を向ける。


「人に(わざわい)をもたらす魔術、呪詛……ファルネーゼ先生は、私の記憶喪失や魔力量の少なさは、これによるものだとお考えなのですよね……?」


「左様。だが……」


「どうかされたのですか?」


「呪詛の痕跡が、其方からは感じられぬのだ」


「呪詛の痕跡……ですか?」


「うむ。通常、魔術を使用すれば痕跡が残る。そこから、どんな魔術が掛けられているのか、どういう構成によって成り立っているのか……それを研究するのが魔術解析学じゃ。しかし……それを専門にするわらわの目をもってしても、其方からは痕跡が見つけられぬのだ」


「そんな……では、私の記憶喪失と魔力量は呪詛の影響ではないのですか……?」


 私は声のトーンを落とさずにはいられなかった。午前中にこれを読んだ時は、やっと記憶喪失の手掛かりを掴むことができるかもしれないと期待に胸を膨らませていたのに、期待を裏切られる形になったのだから。


 落胆の色を隠しきれない私に対し、ファルネーゼ先生は「いや、そうとも言えぬ」と変わらない口調で続ける。


「え……?」


「あくまでわらわには見つけられぬ、というだけだ。わらわよりも優れた魔術師が掛けた呪詛であるならば、巧妙にその痕跡を隠している可能性もある。……わらわに見えぬほどの呪詛を使える魔術師が、果たして何人いるのか、という問題はあるがな」


 学院(アカデミー)の教師にして、オスカー様の恩師であるファルネーゼ先生よりも優れた魔術師なんて、数えるほどしかいないのでは……。


 私は肩を落とすしかなかった。

 しかし、目線を落とした先、呪詛学概説の表紙を見て――私は目を見開いた。


「ファルネーゼ先生! 呪詛のことなら、呪詛学が専門の方に視て頂けば何かわかるのではないでしょうか!?」


 私は≪呪詛学概説≫の表紙をファルネーゼ先生に向けて見せた。そこには、著者である人物の名が記されている。


「……それは無理じゃ」


「なぜですか?」


「……呪詛学を専門とし、わらわよりも優れていると思われる魔術師は……そこに名を記しておる者を含めて、既に帰らぬ人となっておる」


「そんな……」


 やっと解決の糸口が掴めるかと思ったのに、悉く振り出しに戻る結果となった。


 ……もうどうしたらいいのかわからない……。


 迷宮のように出口の見えない問題に、私の気持ちはどんどん沈んでいく。


「そう落ち込むでない。現状わらわを含めて呪詛の痕跡を見つけられる者がいないのであれば、見つけられるようになれば良いだけであろう?」


「……え? どういうことですか、ファルネーゼ先生?」


「素質だけで見れば、わらわよりも、呪詛学専門の者達よりも、全属性の其方が一番優れておる。ならば、呪詛学と魔術解析学を身に着け、其方自身が痕跡を見つければよいではないか。……違うか?」


「……はい! やります! やり遂げてみせます!」


 膝に置いていた≪呪詛学概説≫を胸元で抱きしめ、私は今日一番の大声でそう宣言する。


「……やっと良い顔になったのう。では、早速わらわの魔術解析を教えていくとしようかの」


「はい! 宜しくお願い致します、ファルネーゼ先生!」


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