レイチェルの提案
レイの声を聞いて、ようやく養父様とグレン様が2人同時に彼女を見る。
「レイチェル!? 何故其方がここにいる?」
養父様の驚く声に、レイの隣にいたリオ兄様が小さく手を挙げる。
「すみません、お父様……私が頼まれた魔石を届けに行くと言ったら、『私も行く』と聞かなくて……」
「だって、クレアの結界にヒビが入っていたのよ? 私心配したんだから! クレア、大丈夫?」
「え、えぇ、私は大丈夫……それよりもレイ、いい案って?」
養父様はレイに何か言いたそうにしていたが、私は気づかないふりをしてレイの先程言っていた「いい案」について聞く。お小言を聞いている時間はないのだ。
「あぁ、魔力が不足しているんでしょう? だったら、集めればいいだけじゃない」
「集める……?」
「えぇ。ここをどこだと思ってるの? 国中の貴族の子息令嬢が集う学院よ? 魔力なんて、寮に避難してる皆の力を集めればすぐ」
「それはできん」
レイの言葉を遮るように養父様が断言する。「何故です?」とレイが食ってかかった。
「彼らは学生だ。国家機密に関わるようなことはさせられん」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょう、お父様!」
「――その通りですわ、クロスフォード特務師団長」
養父様とレイの言い争いにもう1人の声が混じる。声の方を見ると、入り口近くにアル兄様を従えたセラフィマ姫が立っていた。
「セラフィマ姫!? 何故こちらに!?」
「すみません、父上……私が本部に報告に行くと言ったら『私も行きます』と仰って……」
ついさっきリオ兄様の使った言い訳とほぼ同じような言い訳をアル兄様が口走って、私は思わず笑いだしそうになるのを必死にこらえる。
「この未曾有の状況下では『学生だから』と言ってる場合ではないでしょう? それに、学生だというならクラリッサもそうですわ」
「それは……ですが、クラリッサは少なくともウルラを賜っているわけで」
「えぇ、それは勿論。そして担う役目も結界の維持で、危険はなかった。だから私も、これまでは大人しくしておりました……。ですが、より危険な場所へと赴くのでしょう? クラリッサがそうしているというのに、のうのうと守られているなんて、私にはできません」
養父様を真っ直ぐに見つめながらこちらへとやってくるセラフィマ姫の鉛丹色の瞳は一切の迷いを感じさせない、強い決意に満ちたものだった。
「戦いに赴くことはできなくても、私に出来ることはしたいのです」
「私もです! お父様……いえ、クロスフォード特務師団長!」
セラフィマ姫に負けじとレイも横に並んだ。2人の決意の眼差しと見つめ合うこと数秒、先に視線を外したのは養父様だった。
「はぁ……其方らの気持ちはわかった。――では、レイチェル・クロスフォード」
小さく溜息をついたかと思えば、次の瞬間、養父様は普段の優し気な目元を消し、特務師団長としての厳しい目と低い声でレイを呼ぶ。
「――は、はいっ!」
急に雰囲気の変わった養父様に目を見開いて、少し遅れて返事する。その背筋はピンと正されていた。
「其方とセラフィマ姫、2人でクラリッサに変わる結界の維持人員を選抜するように。ただし、信用のおける人材でなければならぬ――よいな?」
「かしこまりましたっ!」
今度は即座に返事したレイに一瞬いつもの優し気な視線を送ってから、養父様は「……姫様も、これで宜しいですかな?」と確認をとる。
「えぇ、もちろんですわ、クロスフォード特務師団長。さぁレイチェル、早速いきましょうか」
「はい、姫様!」
2人が意気揚々と対策本部を退室して姿が見えなくなると、養父様は「はぁ……」と深い溜息をついた。
「養父様?」
「いやなに、子供に諭された不甲斐なさと、子供子供と思っていたのにいつの間にか立派になったなという感慨深さで、つい、な……」
「私もレイも、もう15ですから。セラフィマ姫も、元々芯の強いお方ですし」
「……そうだな」
私の頭にぽん、と手を置いて頭を撫でる養父様の背後から「――ごほんっ」とわざとらしい咳の声が聞こえてくる。
「……親子団欒の邪魔をしたくはありませんが……そろそろお戻り頂けますか? 師団長がいなければ決まる物も決まりません。レイチェル嬢とセラフィマ姫がクラリッサ嬢の穴を埋めてくれる前提で、体制変更を決めていきたいのですが」
「――あぁ、わかっているオスカー。では、もう少し結界の維持を頼むぞ、クラリッサ」
「はい、お任せ下さいませ」
こちらに手を振る養父様を目線だけで見送る。1人結界の魔法陣に残された私は、周囲の様子を眺めながらレイとセラフィマ姫は誰を選抜するのかしら、と予想して時間を潰すことにしたのだった。




