会議のその後
職員会議が終わった後。
私は養母様とオスカー様と共に、ファルネーゼ先生の研究室を訪れていた。
「お久しぶりです、ファルネーゼ先生。お元気そうで何よりです」
「うむ、久しいな、グレン。其方も息災そうで何より。卒業後も各地で活躍しておるようではないか……わらわの所まで武勇伝が伝わってきておるぞ」
「恐縮です。先生も相変わらずのようで」
「……もう卒業したのだから、『先生』などつけずとも良いのに」
――くいっ
どうやらお二人は旧知の仲らしい。そんな二人のやり取りを遮るのは心苦しいけれど、職員会議から今までずっと話題から置いてきぼりをくらっている私は痺れを切らしてオスカー様の袖を引く。養母様の手前、会話に割り込むのは淑女として宜しくないだろうから。
「どうしましたか、クラリッサ嬢」
「どうかしましたか、ではないですよ、オスカー様。昔話に花を咲かせたいのはわかりますが、いい加減説明して頂けませんか? 私、オスカー様が来て下さってから、全然自分の状況が把握できていないのです」
「――あぁ、それは失礼致しました。私としたことが。紹介しましょう。エンリチェッタ・ファルネーゼ先生です。学院の教員の1人で、私の恩師でもあります」
私は紹介されたファルネーゼ先生を再度よく見る。背丈はリオ兄様と同じくらいだろうか。深い紫色の髪に、黄金色の瞳。オスカー様の恩師ということはオスカー様よりも年上なのだろうけれど、全くもって年齢が読めない。
「……クラリッサ、ご挨拶は?」
いくつなんだろう? と考えていたら挨拶を忘れてしまっていたらしい。養母様に指摘され、私は慌てて挨拶する。
「は、初めまして、ファルネーゼ先生。クラリッサ・リーストエル・クロスフォードです」
「ふふふ、そんなに見つめられたら照れるではないか、クラリッサ。わらわはエンリチェッタ・ファルネーゼ。学院で教師兼研究員をしておる。専門は魔術解析学。そこのグレンはわらわの弟子の代表格よ」
「そんな、畏れ多い」
「二つ名持ちが何を言うか」
「それを言われると辛いですね……」
――ごほんっ
今まで静観していた養母様がわざとらしく咳をした。内輪ネタで本来の話が進まないことにいよいよ養母様も痺れを切らしたらしい。
「……そろそろ話を進めさせて頂いても? オスカー様」
「失礼致しました、クロスフォード公爵夫人。そうですね、本題に移りましょうか」
「では、説明して下さるのですか?」
「えぇ、その為に来たのですから」
オスカー様はにこりと微笑むと、ようやっと私に今回の件の説明を始めてくれた。
「……では、今回の件は全てオスカー様の思惑通りだったと?」
「えぇ、その通りです。クラリッサ嬢の魔力量が少ないことは、授業を始めてすぐわかりました。そのまま何の対策もせずに学院へ入学すれば、その魔力量の少なさや記憶がないことを理由に一部の者から追及されるであろうことは容易に想像できましたからね。クロスフォード公爵と相談し、予め手を打っていたのですよ」
……私が知らなかっただけで、養父様とオスカー様は半年前から起こるであろう問題への対抗策を練っていたらしい。
「記憶も魔力量も、一朝一夕でどうにかなる問題ではありませんでしたから、それ以外の部分を完璧にしよう、という方針で半年間貴女の教師を勤めて参りました」
「3年分の空白を埋め、尚且つ他に付け入る隙を与えない状態に持っていけるかどうか……当初は私も不安でしたが、クラリッサ嬢の飲み込みの早さと真面目さもあって、学院で学ぶ範囲は無事終えることができました」
――!?
私は口を開けてオスカー様を見る。え? 私、そんなに詰め込み学習していたの?
「そして座学はもちろん、実技も、クラリッサ嬢が真面目に取り組んで下さったおかげで、本来学院2年生で作成する専用魔石の作成まで実施することができました」
「あれがないと、クラリッサ嬢が全属性を持っていると証明するのが大変だったので、専用魔石が作成できた時はとても安心したのですよ。……そのようにして、クラリッサ嬢自身への準備は順調に進んでいたのですが……問題は、クラリッサ嬢を庇護して下さる方の確保でした」
オスカー様はファルネーゼ先生に視線を向ける。ファルネーゼ先生は視線を合わせることなく、優雅にお茶を飲んでいる。オスカー様は視線を向けたまま、話を続けた。
「いくらクラリッサ嬢に対策を施しても、学院の教師達がクラリッサ嬢を取り込もうとしたり、利用しようと画策したりする可能性はありますからね。学院内で庇護して下さる方の確保は必須でした」
「私はクラリッサ嬢の専属教師になってすぐ、ファルネーゼ先生に連絡をしたのですが……中々首を縦に振って下さらなかったのです」
「……ふん。結果的には其方の思惑通りになったのだから、良かろう」
お茶を飲み込んだファルネーゼ先生が面白くなさそうに呟く。
「私としては、もっと早くに良いお返事を頂きたかったのですが」
「わらわが他人に指図されるのが嫌いなのは其方も知っておろう。それに、わらわは自らが認めた人間しか教えを与えることはない。それが例え其方の頼みであったとしても」
細めた黄金色の瞳から放たれる鋭い視線を、オスカー様は微笑みを絶やさず受け入れる。
「えぇ、存じています。だからこそ、クラリッサ嬢への教育は全身全霊で行いました。無事お眼鏡に叶ったようで、何よりです」
「……ふん。あんなものを見せられたら、認めるしかなかろうて。……それに、何にも興味を示さなかった其方が、他人に興味を示しここまで行動的になると言うのも中々に興味深い。……この娘の何が其方にそうさせるのか、な」
「……それは今関係のない話でしょう」
まるで会話をそれ以上続ける気はない、と言うかの様にオスカー様はお茶に口をつけ、視線を外した。
……そういえば、オスカー様と出会ってすぐ、どうして専属教師を引き受けて下さったのか聞いた時に元々私と面識があって興味があったから、と言ってたかしら。詳細については、「守秘義務」と言って教えてくれなかったけれど……。
「私からも改めて感謝を。本当にありがとうございます、ファルネーゼ先生」
「ユリアナ。其方も苦労が絶えないのう」
「私が自ら望んだことですから。……それに、この子はあの人が残してくれた唯一の子ですもの」
「……そうか。其方が良いのであれば、わらわからは何も言うまい」
そう言って養母様から視線を外すと、ファルネーゼ先生はお茶を一口飲み、私に視線を合わせてきた。
「クラリッサ。其方の身は今日からわらわが預かる。会議で話が出たように、1年生の授業に出る必要はないから、明日からはこの研究室に通うように」
「かしこまりました。宜しくお願い致します」
「うむ。よい返事じゃ。……さて、もう遅い時間になる。今日はこの辺でお開きにしようかの」
学院内、サミュエル寮へと繋がる入り口がある中庭にて。
「今日はお忙しい中来て頂き、ありがとうございました、オスカー様。養母様」
「いえ。むしろ私の計画通りに事が進んで助かりました。ファルネーゼ先生は変わったお人ですが、とても頼りになる方ですので、安心して下さい」
「はい、ありがとうございます、オスカー様」
「またね、クレア。体には気を付けて。レイとリオにも宜しく伝えて頂戴」
「はい、養母様」
私は2人が星空へと飛び立ち、姿が見えなくなるのを確認してから、寮への入り口を開いたのだった。




