3年前の出来事
「なら……そうね。まずは自己紹介から始めましょう」
そう言って微笑むと、女性は自らのことを語り始めた。
「私はユリアナ。ユリアナ・クロスフォード。クロスフォード公爵夫人で、貴女のお父様の妹です」
つまり貴女は私の姪ですね、と微笑みながら教えてくれる。そして視線は後ろに控える少女に移った。
「そしてこちらはリリー。貴女の家……リーストエル侯爵家に代々仕えている家の子で、今は我が家でメイドとして仕えてくれています。貴女と同い年で、幼なじみの様に育った子ですよ」
リリー、と呼ばれた少女が今にも泣きそうになりながら、コクリと頷いた。
「3年間、ずっとずっとお待ちしておりました……クラリッサ様に再びお仕えできるのを……」
「……3年?」
思わず聞き返してしまった。3年って、何?
私の呟きに、ユリアナ、と名乗った女性が答えてくれる。
「えぇ、貴女は3年間、昏睡状態だったのですよ、クラリッサ」
「え……? 何で……?」
無意識の内に問いかけていた。女性は話しづらそうに目を伏せながら、私の問いかけに応える。
「3年前の夏……貴女達一家は、リーストエル侯爵夫人……つまり貴女のお母様の誕生季を祝う為、リオ郊外のフェルスの森の別邸に集まっていました」
そして、女性は言葉を選びながら、ゆっくりと当時の状況を教えてくれた。
私には、お父様とお母様、そして5つ上のお姉様と、3つ上のお兄様がいたらしい。
当時別邸には、一家5人と警備の者数名、そして身の回りの世話をする使用人が数名配置されていた。
日が暮れた頃、フェルスの森近くに住む農民が森から煙が上がっていることに気付き、周囲の者達と消防に駆けつけると、リーストエル家の別邸が燃えていた。
農民達による決死の消火活動が行われたが、鎮火には夜遅くまでかかり、別邸は全焼。焼け跡からは一家や使用人らと思われる遺体が見つかった。
唯一、私はお母様と地下の倉庫にいて火や煙からは逃れることが出来ていた。しかし、お母様は既になくなっており、私も意識不明の状態だった。
外に配置されていた警備の者達が外傷を負っていたことから、何者かに襲われ、火を放たれたと考えられるが、犯人は見つかっていない――。
「生き残ったのは当時8歳だった貴女1人だけ。しかし生き残った貴女は意識不明で……一向に目覚める気配のないまま、3年の時が経ったのです」
そう言って彼女は目を伏せた。
後ろに立つ少女も、当時を思い出したのか辛そうな表情を浮かべていた。
けれど、記憶のない私にとっては、全く実感が湧かない。まるでお伽噺を聞いているようだった。
「そう……ですか。話して下さって、ありがとうございます」
なんとか言葉を捻り出す。実感がないので、涙することもできなくて、この一言を発するのが精一杯だ。
「今の話を聞いて記憶は……何か思い出したりしませんでしたか?」
少女が、不安そうに尋ねる。
しかし、残念ながら何も変化はない。私は首を横にふるしかできなかった。
「そう……ですか……」
少女の声は悲しみで段々小さくなった。
「仕方ありませんよ、リリー。クラリッサはまだ目覚めたばかりです。無理をさせてはいけません。クラリッサも、無理に思いだそうとしなくていいのですよ。時が経てば、思い出すこともあるでしょう」
女性はそういって、少女の頭を撫で、慰めた。
「一旦3年前の話も終わりましたし、今日はこの辺にしましょうか。体力が落ちているのに起き上がっているのは辛いでしょうしね。近々医術師の方をお呼びして、体力を回復してもらいましょう」
そういって、女性は少女に今後の指示を出していく。
「あの……お世話になって宜しいのですか……?」
不安になって聞く。
いくら叔母とは言え、彼女は別の家の人間。なのに、世話になっていいのだろうか。
「他に身寄りのない貴女を放り出すなんてこと致しません。それに、既に3年間貴女の保護をしていたのですから、今更ですよ。……あと、以前のように『おば様』で結構ですよ。貴女は私の可愛い姪なのですから」
私の頭を撫でながら、彼女は微笑んだ。
「貴女が目覚めたら我が家で引き取るのは、以前から旦那様と話して決めていた事ですし、リーストエル侯爵家の本邸は当主不在の為、今は国に一時返還されていますからね……跡継ぎである貴女が目覚めたと言っても、すぐに戻れる状態ではないのです」
「そう……ですか。かしこまりました。それではお言葉に甘えてお世話になります……おば様」
おば様は「宜しい」というようにニッコリと微笑むと立ち上がった。
「では、私はこれで失礼するわ。あとの事はリリー、お願いね。クラリッサ、次会う日には医術師の方に元気にして頂いて、屋敷に移りましょう。あの子達も、貴女に会えるのを楽しみにしているわ」
「かしこまりました!」
リリーが元気に返事をして、おば様は退室していった。
……あの子達?
おば様の最後の言葉は誰を指していたのだろう?
わからなかったけれど、おば様の言う通り、もう体を起こしているのが辛い。一旦疑問は置いておくとして、私は寝台に身体を預けた。