学院入学
「おはよう、クレア」
「おはよう、レイ。いよいよね」
挨拶をして、互いに頷く。
「2人とも、体にはくれぐれも気を付けるのですよ」
「夏に2人が成長した姿を見せてくれるのを楽しみにしているよ」
「養母様、アル兄様、ありがとうございます」
2人に出発の挨拶をし、私とレイは魔術具の靴を履く。
魔力を足元に集めると、体がふわりと浮かび上がった。
「っ……危ない危ない。それでは、行ってまいります!」
「気を付けていってらっしゃい!」
「ここが……学院……」
着いた場所は、王都のさらに奥。王城の後ろに海のような広大さを誇る湖――その上に浮かぶ島々の1つだった。
島の南側は開けていて、小中規模の建物が綺麗な街並みを作り出している。マントを羽織った学院の学生と思しき人影から、商いをしているであろう人影まで様々な人がいて賑わいを見せている。王都からは定期船を利用するか、今の私のように魔術具を使用して空からくるしかない島だから、おそらく1つの町として機能できるようになっているのだろう。
島の中央から奥に目を向けると、お城のような巨大な建物――あれが学院の本部なのだろう――がそびえ立っている。荘厳、という言葉が相応しい建物は、この島を支配するかのような圧倒的な威圧感と存在感を放っていて、私の今いる位置からは建物の裏側に当たる島の北側の様子を見ることはできなかった。
街並みを観察しながら飛んでいると、いつの間にか学院――山のような圧倒的存在感を示すその建物の麓、建物の入り口に着いていた。
「新入生はこちらの列に並んでください! 受付で入学許可証を確認するから、準備してね!」
上級生と思しき女の子が新入生を2列に並べていく。私もレイと並んで待っていると、徐々に受付を担当している人が見えてきた。
「あれ、リオ兄様?」
「あら、本当だわ。リオ兄様がこういうことしているのは珍しいわね」
そんなことを話しながら待っていると、あっという間に私達の順番になった。入学許可証をリオ兄様に渡す。
「やぁ、クレアとレイ。入学おめでとう。ようこそ、学院へ」
「ありがとうございます、リオ兄様」
「まさかリオ兄様が受付を担当されているなんて思いませんでしたわ」
「僕だってやりたくなかったさ……。ただ、上級生は新入生のために何かしらやらなきゃいけないルールでね。一番目立たず大変そうじゃないのを狙ったら受付だったんだ」
リオ兄様はそう言いながら、私達の入学許可証に押印をしていく。
「はい、2人とも確認終了。案内人がいるから、それに従って大広間に向かって。そこで入学式と寮発表があるから」
「はい!」
私とレイはリオ兄様と別れ、上級生の案内に従って大広間に向かった。
大広間は祭壇に向かって中央に道が作られ、その左右に長椅子が配置されていた。上級生に案内され、私とレイは右前方の席に他の学生と共に座る。
大広間には左右の小窓のステンドグラスから色鮮やかな淡い光が降り注ぎ、祭壇には神々を描いた絵画が飾られている。
パイプオルガンの重厚な音色が入学式の開始を告げ、ざわざわとしていた空間が瞬時に静寂に包まれた。
祭壇の脇、教員用の長椅子から眼鏡をかけた男性が祭壇へと上がる。
「風光る今日という日に、我が学院に114名の新たな仲間を迎えることが出来たこと、とても嬉しく思う。新入生の皆さん、ようこそ学院へ。学院長を務めさせてもらっているオースティン・アデレードである。この学院は……」
学院長オースティンの祝辞で始まった入学式は特筆することもなく、オースティンに始まり来賓のお偉いさん達の祝辞へと進行していく。
ね、眠い……。どうしてこう、皆同じようなことを延々と語るのかしら……。大して内容変わらないなら、学院長だけでいいのでは……? そもそも、私今話をしているお爺さん誰か知らないのだけど……。
お爺さんが祭壇から下がり、やっと眠りへ誘う魔の祝辞攻撃は終わりを迎えたらしい。睡魔に抗うために手の甲には爪痕がいくつも付いたが、なんとかしのぎ切ることができた。
次に祭壇に上がったのは、入学申請時にお世話になったファビアン様だった。
「では次に、寮発表を行う。監督生は前へ」
後方からガタッと音がしたかと思うと、3人の上級生が祭壇に向かって歩いていった。祭壇に上がったのは男子学生が2人、女子学生が1人。男子学生は祭壇の端で止まり、女子学生だけが祭壇の中心まで歩いて行く。
「我がダイアン寮に入寮する学生を発表します。名前を呼ばれたら返事をして立ち上がってくださいませ」
女子学生はそう告げると、新入生たちの名前を呼んでいく。
「――以上38名が我がダイアン寮の学生です。皆さんの入寮を心から歓迎致しますわ」
女子学生はそう言って微笑み、着席を促すと祭壇端へと移動した。男子学生が交代とばかりに祭壇中央へ向かう。
「我がサミュエル寮に入寮する学生を発表する。名前を呼ばれたら返事をして立ち上がるように!」
男子生徒は女子生徒同様にそう告げ、新入生たちの名前を呼んでいく。
「――クラリッサ・リーストエル・クロスフォード」
「――っ、はいっ!」
いつ呼ばれるのだろうとドキドキしながら待っていたから、返事に一瞬詰まってしまったけれど、きちんと返事をして私はその場に立った。
その後、レイも同じくサミュエル寮の監督生に名前を呼ばれ、私達は揃ってサミュエル寮に入寮することとなった。
「……同じ寮で良かったわね」
隣に居ても聞き取るのがやっとな程小さな声で、レイが声を掛けてきた。私はそうね、と返す。
そうしている間にも残るエリファス寮に入寮する学生たちが名前を呼ばれていき、全員の入寮先が発表されると、ファビアン様が再び祭壇中央へと向かった。
「――以上を持ちまして、入学式は終了となります。新入生の皆様、改めまして、入学おめでとうございます。この後は、各寮にて入寮式があります。新入生は各寮の監督生の指示に従ってください」
「サミュエル寮の新入生は大広間出て右手の中庭に集合! 上級生は案内してあげて!」
先程の監督生が声を張り上げているのが聞こえてくるけれど、背の低い私は人混みに埋もれてしまって全く監督生の姿が見えない。
ど、どうしよう……! 全然進めないし、そもそもこっちでいいの……?
周りをキョロキョロしながら歩みを進めると、後ろから手を引かれた。
「ちょっとクレア! 勝手に動かないで。貴女小柄だから、人混みに入ったら見失ってしまうわ。心配しなくても、少し待てば人混みは落ち着くし、そろそろ……」
レイがそういって私を引き留めてくれたちょうどその時、人混みをかき分けてリオ兄様が来てくれた。
「よかった、2人ともあまり動いてなくて」
「クレアはもう少しで人混みに埋もれるところだったわ、リオ兄様」
「クレアが埋もれたら流石に見つけられないな……よく引き留めた、レイ。……そろそろ人混みも解消されてきたから、手を繋げば大丈夫だろ。はい、クレア」
そういって、リオ兄様は手を差し出してくれる。
「迷子になると大変だからな。もう片方はレイと繋いでおきな」
そう言われ、私は左手をリオ兄様、右手をレイと繋いで歩くことになった。
……流石にそこまでしなくても大丈夫なのに……気を使ってくれるのは嬉しいけれど、すごく複雑……。
リオ兄様とレイと共に、サミュエル寮の集合場所である中庭に着いた。
他の新入生は既に揃っているようで、中庭の中心、噴水の周囲に人だかりが出来ている。
その人だかりの中心にいるのは、先程祭壇に立っていた監督生の男子学生だ。大きく口を開けると中庭の人だかりに呼びかける。
「新入生諸君! 改めて、学院への入学おめでとう! 諸君が入寮する、このサミュエル寮の監督生を任されているジルベール・ウィーマスだ。諸君の入寮を心から歓迎する!」
そう言うと、ジルベールはパチン、と指を鳴らした。
「「グランディール・フィオリトゥーラ!」」
隣に立つリオ兄様を含め、上級生達がそれを合図として一斉に呪文を唱えると、私達の左右から木が生え、どんどんと成長していく。私達の方へと蔓を伸ばし、蔓と蔓が絡まりあって、私達を囲むアーチのようになった。蔓からはうす紫色のブドウの房のような花が垂れ下がり――あっという間に花がカーテンのようになった。
「すごいですわ、リオ兄様!」
垂れ下がった花を愛でてから、レイがリオ兄様を振り返る。
「だろう? 2つの木から伸びる蔓が中々いい感じに絡まらなくて、皆で今日まで練習したんだ。クレアも気に入ったかい?」
「えぇ、とっても。ずっと見ていたいぐらいです」
「それはまた後でゆっくりとだね。これから寮に移動して寮内の紹介をしなくちゃいけないから。……ほら、寮への入口を開く呪文を監督生が教えるから、きちんと聞いておいで」
そう言われて、私はレイと噴水の周囲の人だかりに向かう。新入生の注目が集まったことを確認して、ジルベールは噴水に向かって呪文を唱えた。
「レディーレ・サミュエル・アルバ」
ジルベールのすぐ前、噴水の手前の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、空間に穴が開き、ジルベールが入っていった。続く新入生達の後を追って、私もレイとリオ兄様と共に穴へと足を踏み入れた。
「ようこそ、サミュエル寮へ! じゃ、早速寮内を紹介しよう!」
ジルベールが私達新入生を連れて、寮内を案内していく。穴をくぐった先――エントランスから始まり、食堂、談話室、会議室、応接室といった共同スペースは1階にまとまっていて、東棟に女子学生の部屋が、西棟に男子学生の部屋があるとのことだった。
「共同スペースの説明はこんなところか。あとは、それぞれの棟の説明だな。男子は私が引き続き行う。女子は……ヘンリエッテ。頼めるかい?」
「かしこまりました。では、女子学生の皆様は、私がご案内致しますわ」
ヘンリエッテと呼ばれた上級生を先頭に、私達は東棟へと向かった。棟は3階建てになっていて、1階は男爵家と子爵家、2階は伯爵家と辺境伯家、3階が侯爵家と公爵家――つまり家格によって分けられているらしい。3階に着く頃には、新入生は私とレイを含めて5人だけになっていた。
「3階が公爵家・侯爵家出身の学生の階よ。今は上位貴族の階は部屋が余っているから、貴女達は相部屋ではなく個室になるわ。部屋は既に貴女達の専属メイドが支度をしてくれているでしょうから、各自状況を確認して頂戴。……何か質問はあるかしら?」
私は首を横に振る。他の4人も特に質問はないらしく、同様の仕草をしていた。
「そう。なら、案内はこれで終了よ。ちなみに私の部屋は階段に一番近いこの部屋だから、何かあれば遠慮なく来てくれて構わないわ。じゃあ、今日はお疲れ様。晩餐までは時間があるから、各自部屋で休むといいわ」
解散の意を示され、私達はそれぞれの部屋へと向かう。私の部屋は一番端の角部屋で、向かい側がレイの部屋になっていた。
「じゃあレイ、またね」
「えぇ、今日はお互いにお疲れ様」
レイに別れを告げ、「クラリッサ・リーストエル・クロスフォード」と名札の着いた部屋の扉を開ける。
室内は既にリリーによって整えられていて、初めて入る部屋なのに落ち着ける状態になっていた。
……さすがリリーね。
扉が開く音で気づいたのか、部屋の奥の方で片づけの為後ろを向いていたリリーがこちらを振り返る。
「おかえりなさいませ、クラリッサ様!」
「ただいま、リリー。早速で悪いのだけど、お茶を淹れてくれる?」
「かしこまりました」
リリーに淹れてもらったお茶を飲んで、一息つく。
こうして、私の学院生活が始まった。




