閑話 シアンファテオ12神
お久しぶりです。
第5章が完結してから、早くも3か月が経ってしまいました。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。
執筆は継続して実施しておりますので、第6章の投稿はもう少しお待ち頂ければ幸いです。
今回は、第1章のオスカー様との授業風景をお送り致します。
シスルが開けてくれた扉を抜けて、図書室に足を踏み入れる。私の入室に気づいたオスカー様はニコリと微笑んでくれた。
「おはようございます、クラリッサ嬢」
「おはようございます、オスカー様。本日も宜しくお願い致します」
朝の挨拶を交わして、私は用意された席に座る。
「さて、先日お渡しした課題図書は読めましたか?」
「一応は……でも、流石に難しくて理解できたとは言い難いです」
「構いませんよ。では、そちらの≪神学基礎≫を解説する形で、早速授業を開始致しましょう」
私が≪神学基礎≫を開き、筆記用具を準備し終えたことを確認して、オスカー様はゆっくりと口を開き始めた。
「本日はシアンファテオ12神について解説していきます。この世界は、原初の三柱――大地の女神エイレテルース、天空神ユーピテュール、冥界神アッティルートが生まれたことによって始まった、と言われています」
オスカー様が≪神学基礎≫を指差す。そこには、松明を掲げ、足元に獅子を従えた大地の女神エイレテルースが描かれている。
「大地の女神エイレテルースは、今我々が住むこの大地を創造すると共に、天空神ユーピテュールとの間に太陽神ヘリオティアスロン、月の女神アルセネーラ、海神アーパスリール、豊穣の女神デメテリッキを生み、この世界を人々が暮らしていける環境に整えたのです」
うんうん、と相槌を打ちながら、羽ペンを走らせる。オスカー様は私が書いている間は口を噤み、書き終わるとまた授業を再開し、ある程度話を終えるとまた私が書き終えるのを待つのを繰り返していった。
「……ということになります。さて、ここまでで何か不明点や質問などはありますか?」
「覚えることが多すぎて頭がついていきません……」
右側頭部を手で押さえながら呻くように返事をする。オスカー様はそんな私の様子を見て少し目を細めた。
「頑張って覚えてください。12神にまつわる概要は、基礎の基礎ですので。史学や魔術基礎を教える頃には、もっと細かいところまで教えますし。……まぁ、そちらを習った方が、知識が点ではなく繋がっていきますから、理解しやすいかもしれませんけどね」
「――というと?」
今日習ったものは、神々の司るもの、象徴、そしてそれらを伝える神話だ。それがどう史学や魔術と結びつくのだろう?
「歴史は神話の延長線上に成り立つものですし、魔術は神々の加護を得たり、その権能を一部お借りすることによって行使したりするものですからね。切っても切り離せない、むしろこれを知らずに歴史や魔術を語ることはできないのですよ」
「そうなのですか?」
私の問いかけに、オスカー様は「具体例を出した方がわかりやすいかもしれませんね」と言って「例えば、メルエンリウス神。彼はどんな神ですか?」と聞いてきた。
「えっと……風や空気を司り、神々の伝令役とされる神様です。あとは、交易や旅……商人や旅人の守護神ですね」
必死に羽ペンを走らせた覚書をちらちら見つつ、オスカー様の質問に答える。
「その通りです。そして彼を象徴するのは、太陽神ヘリオティアスロンから贈られた杖。ゆえに、その杖の図像は商業や交通の象徴とされ、魔術的には商売繁盛のお守りや、旅の安全祈願のお守りに用いられるのです。守護神たるメルエンリウス神のご加護を賜れるように」
そう言いながら、オスカー様はパラパラと手元に持った本のページをめくる。目的のページに辿り着いたらしく手を止めて私にも見える様に見開かれたそれには、確かに太陽神ヘリオティアスロンがメリエンリウス神に杖を渡す様子が描かれていた。
「なるほど……」と言葉がこぼれ出る。
「そうした数々の象徴を理解し、組み合わせ、表現したものが紋章であったり、魔法陣であったりするわけです。ですので、神学というのは貴族として生きていく上で必要不可欠な、とても重要な学問なのです。ご理解頂けましたか?」
「はい!」
「いいお返事ですね。では、シアンファテオ12神、残りの神々についても学んでいきましょうか」
ニコリと微笑みながら放たれたその一言に、私は一瞬凍り付く。
「あっ……え……い、一気にやるんですか?」
「当然です。もう12神も残り4柱ですから。頑張ってください」
「わかりました……。が、頑張ります」
3年間眠っていた私は同い年であるレイどころか、年下であるソフィーよりも学習進度が遅れている。それを半年で挽回しようというのだから、詰め込まれるのは当然だ。私は覚悟を決めると、手元の≪神学基礎≫のページをめくった。
「お……終わった……」
6の鐘が鳴ってほどなくして、やっとシアンファテオ12神全ての授業が終わった。
「お疲れ様でした。予想より早く終わりましたね」
「……そうなのですか?」
「えぇ。通常は2日に分けて学ぶ内容ですから。もちろん、クラリッサ嬢が予め≪神学基礎≫を読んで内容をある程度把握して下さっていたのが大きな要因ですよ」
にこりと微笑みながらそう言われて、褒められたようで少し嬉しくなったが、同時に覚悟はしていたものの、やはりかなりの詰め込み授業が今後も続くことが容易に想像がついて複雑な気持ちになった。
「あ、ありがとうございます。オスカー様の授業とてもわかりやすくて、理解が深まりました。それにしても……後半の内容、重すぎませんか……」
私は≪神学基礎≫に目を落としながらそう呟く。
昨日読んでいた時にも感じたが、≪神学基礎≫で後半に語られる神々は、前半の神々に比べて権能が多いのだ。
「そうですね。後半の神々は人々の願いや信仰から生まれた神々ですから、多種多様な願いに応える為には権能も複数持っていなければ難しかったのでしょう」
「人々の願いや信仰から生まれた神……」
「えぇ、『こうした困難を助けてくれる神がいれば』という願いや『きっと神々の中にはこれらに加護を与えて下さる神がいるだろう』という信仰が、新たな神々の誕生につながった、と言われています」
手元の≪神学基礎≫に視線を落とす。確かに、初期のエイレテルース神やヘリオティアスロン神は大地や太陽と言った大自然を権能としているのに対し、後半のフォルセテティス神は司法や掟を、イベーラファイス神は富や財宝、鍛冶を司り、権能の毛色が違う。
「そうして見ると、メルエンリウス神はどちらともいえないですよね。風や空気といった自然の権能と、交易や旅の守護といった権能……前半と後半、どちらの神々の権能も持ち合わせていませんか?」
なんとなく思いついた疑問を口にすると、オスカー様は目を細める。淡い青色の瞳がキラリと光った。
「良い着眼点ですね。メルエンリウス神は、親であるユーピテュール神に『斯くあれかし』と望まれた神なのですよ。他の神々が生まれ、世界の環境が整ってきたところで、今後の複雑化する世界を見越してそれに対応しうる神となるように、と」
「神に望まれて生まれた神、ですか」
私が頷く間にも、オスカー様は興が乗ったのか神々について語り続ける。
「その意味では、アティスヴィーネ神もその側面があると言われていますね」
「そうなんですか?」
「えぇ。アティスヴィーネ神の権能は救済と魔術……この救済とは、人々の願いであると同時に神々の願いでもあると言われています」
人々はなんとなくわかるけど……神々の願い?
アティスヴィーネ神のページを開き、目線を落とす。そこには、手を口元で組み目を伏せ、祈りを捧げるアティスヴィーネ神が描かれている。
「歴史の授業はこれからですが、かつて、国中が長らく混乱に陥った時代があったのです。長きに渡る混乱に人々は疲れ果てて神々による救済を望み、神々もまた悲しみに暮れ、混乱の収束を望み……そうした状況下で生まれ、その混乱収束に貢献して救済を果たしたのがアティスヴィーネ神とされているのです」
「そんなことが……」
滔々と語るオスカー様の話はとてもわかりやすい。おかげで話を聞くのは苦痛ではない。ではないのだが――ただでさえ膨大な量の知識を頭に詰め込んだばかりで頭が爆発しそうなのに、さらに蘊蓄を披露されると、せっかく覚えたものが溢れていきそうだ。それは困る。
「そうそう、それから――……」
まだ続くの!?
頷いてから話題を変えようと思ったのに、出遅れてしまった。会話の主導権を握ったまま、オスカー様は楽しそうに神々の権能や逸話について蘊蓄を述べていく。
も……もう無理……。
次々に飛び出す情報を頭に入れることに限界を感じた私は、右から左に聞き流し、ひたすら7の鐘が鳴るまでオスカー様の蘊蓄に相槌を打つ首振り人形と化したのだった。
少し投稿間隔があきすぎてしまったので、お詫びをかねて本編で描けなかったクラリッサとオスカー様の授業の様子を短編として投稿いたしました。
楽しんで頂けたら幸いです。
次の投稿が第6章になるのか、また短編になるのかは全くの未定ですが……なるべく早めに投稿できるよう、これからも執筆頑張ります。
それでは、また。




