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それぞれの祈り


 ――ズキズキと後頭部を走る痛みで目が覚める。


 痛い……。ここはどこ?


 目を開けた筈なのに、世界は暗闇に包まれたまま。


 ……目隠しされてる?


 頭以外に痛いところはない。五体満足ではあるらしい。


 体を動かそうとしてみるけれど、手も足も拘束されているようで、ガチャガチャと鎖が音を鳴らすだけだった。


 体には床からの冷たい冷気が伝わってくる。拉致されて、どこかの建物に拘束されているのね……。


 それにしても、シスル……どうして……?


 世界が暗転する一瞬前。「ごめんなさい」と最後に言ったシスルの顔は、今にも泣きだしそうな表情だった。


 私を襲った人に脅されていたのかしら。それとも……。


 ガチャンッ


 私の思考を遮るように、鍵が解除されたような、扉が乱暴に開けられたような、そんな音がして、私は思わず音のした方角に意識を向ける。


 カツ、カツ、カツ


 目隠しされてるせいで見えないけれど、音からして誰か近づいてきているようだ。


「……お、目覚めたのか?」


 男が荒っぽい言葉遣いで声を掛けてきた。


「……貴方は誰?」

「名乗るほどのモンじゃねぇよ。お前さんを襲った悪党さ」


 足音が私の近くまで来て止まり、よっ、という声と共に、近くに人の存在を感じるようになった。どうやら男は私の近くに座ったらしい。


「……シスルはどうしたの?」


「シスル? ……あぁ、お前さんと一緒にいたあのメイドか。知らねぇよ。どっか行った」


「私はこれからどうなるの? 死ぬの?」


「質問ばっかだな。まぁ、そんな状態じゃ泣いて騒がないでくれるだけマシだが。お前さん本当に11歳か?」


 泣いて騒いで解決するなら今すぐ泣きますけど!?

 口が裂けてもそんな本心は言えないので黙っていると、男ははぁ、とため息を吐いた。


「まぁいいや。んで、なんだったか? お前さんをどうするか、だったか? 殺せたら楽な仕事だったんだけどなぁ。そもそも、殺すなら襲った時にもう殺してるよ。わざわざ、死なないように、気絶するように狙ったんだ。そんな面倒なこと、これから殺すやつにしねぇよ。だから安心しな」


「……少なくとも、俺はお前さんを殺したりしないさ。俺が受けた依頼は、お前さんを襲って攫って、依頼主に引き渡すこと。生きたまま、な。その後のことは知らないが」


「……そんなこと、話してくれていいの?」


「あん? 質問したのはお前さんだろうが。それとも、この状況で自分を襲った悪党の心配でもしてんのか? まぁ、どっちでもいいが。別に話したって構わないことしかしゃべってねぇから安心しな。話してるのは、俺のただの暇つぶしさ」


「暇つぶし?」

「そ、暇つぶし。依頼人の使いがお前さんを回収しにくるまでの間のな」


 そういうと、よっ、とまた声を出し、どうやら私の近くに寝っ転がったらしい。


「逃げたりしないように見張ってなきゃいけないが、お前さん何もしなさそうだしなぁ……。泣いて騒いで助けを懇願したりするやつは、中々見てて楽しいんだが。お前さんはしなさそうだし、つまんねぇから、こうやって適当に話をして時間を潰してるのさ」


 どうやらこの男は、本当に今後は見張り以上のことはする気がないらしい。男の声からは殺意も敵意も感じられない。この男にとって、私は金のなる木以外の何物でもないのだろう。


 無事に攫うことができた今、あとは依頼主の使い、とやらがくるまで監視して、きたら引き渡せばそれで依頼完遂。私がその後どうなっても関係ないし、興味もない。


 そして、それ故に泣いて騒いだり、説得したりといったことは意味がない。もう男が望むものは男の目の前にあると言ってもいい。なのに、そんなことをしても無駄だ。


 私は、私の首に意識を向ける。そこから、肌身離さず身に着けるように、と言われたネックレスの鎖の存在が感じられた。


 ――大丈夫。お守りは奪われてない。なら、きっと、助けが来てくれる筈……。


 後ろ手で縛られていて魔石に触れることはできないけれど、私は縋るように祈りを捧げた。


 ――アティスヴィーネ様、リビテイア様、どうかご加護を……。養父様と養母様が助けに来て下さいます様に……。



 ◇◇◇



 ――まさか、あの場にモコチイタ子爵が居たなんて。


 私は焦りを周囲に悟られないように気を付けながら、急いで馬車へと向かう。


 クラリッサを傍から離すつもりはなかった。けれど、モコチイタ子爵と鉢合わせさせるわけにもいかなかったから、あの場では離れさせて正解だったとは思う。けれど……何か嫌な予感がする。気のせいだといいのだけれど……。


 建物を出て、馬車へと向かう。この嫌な予感が気のせいであれば、警備として馬車に残していた御者と、馬車の中にクラリッサとシスルがいる筈。




「……戻っていない?」


「はい、奥様。クラリッサ様とシスルは戻ってきておりません。……何かあったのですか?」


「モコチイタ子爵に声を掛けられて、仕方なくクラリッサとシスルを先に馬車へと向かわせたのです。……戻っていないなら、何者かに襲われた可能性がありますね」


 御者は驚いて固まってしまったけれど、私までそうなるわけにはいかない。

 私はすぐさま連絡用の魔石を取り出し、魔力を込めながら、「ラスール」と唱えた。


「旦那様。申し訳ありません。モコチイタ子爵に声を掛けられ、クラリッサを引き離した間にクラリッサとシスルが姿を消しました。……何者かに襲われた可能性があります」


 魔力を込め終わった魔石は白い鳥へと姿を変え、旦那様の元へと飛んで行った。




 少しすると、返事が返ってきた。


「こちらの魔石にも反応があった。今そちらに向かっている。そこを動くな。オスカーにも連絡を入れてある」


 旦那様の言葉を伝えた白い鳥はその役目を終えると、魔石へと姿を戻した。


 ……やはり、何者かに襲われていましたか。けれど、旦那様の言葉の様子なら、命に別状はないようですね……。


 私はひとまずの安心を覚えながら、旦那様とオスカー様が到着次第動き出せるよう、準備を進めることにした。




「……待たせたな」

「いいえ、旦那様。お忙しい中ご足労頂いて申し訳ありません。オスカー様も」

「お気になさらず。それでユリアナ様、状況は?」


 旦那様とオスカー様が到着され、私はここに至るまでの経緯と、お二人が到着するまでの状況を説明した。


「ふむ……周囲に目撃者や、争った形跡は見られなかったか……。であれば、犯行は計画的、複数人だと見るべきだな」


「そうですね。そしてクラリッサ嬢が本日こちらへ来ることを事前に把握していたとなれば……クロスフォード公爵家内部に犯行の関係者がいると考えていいでしょう。その関係がどの程度なのかはわかりませんが……」


 オスカー様の言葉を聞いて、私は奥歯を噛んだ。


 ……我が家の誰かが、犯人、あるいは内通者……。見抜けなかった、私の責任ね……。


 そんな私を案じてか、旦那様が肩に手を置いて声を掛けてくれる。


「其方のせいではない、ユリアナ。自分を責めるな。今はクラリッサを救い出すことだけを考えよ」

「はい……申し訳ございません」


 私は気持ちを切り替えるために頭を振るい、作戦会議に参加する。


「旦那様、クラリッサの魔石はどうなっていますか?」

「反応はあるが、光が弱すぎて方角まではわからん。おそらく、眠らされているか気絶しているのだろう」


 そういって旦那様が取り出したクラリッサの庇護の証に使われた魔石の片割れは、弱弱しく光を放っているものの、たしかにもう片方を持つクラリッサのいる方角を指し示すには光が弱すぎた。


「せめて目覚めてくれさえすれば、方角を示せるようになるのですが……」


 オスカー様が悔しそうに呟く。


「人1人、あるいはシスルも含めて2人意識を失わせて運ぶのはかなりの重労働だ。そう遠くへは行っていないだろう。とりあえずはこの近辺の巡回を騎士団に依頼して……」


「特務師団は、クラリッサ様を欲している、あるいはクロスフォード家に敵意を持っている貴族とそれに関係する場所の捜索をさせましょう」


「そうだな」


 お二人はそれぞれ連絡用の魔石を使い、騎士団と特務師団に連絡を飛ばしていく。


 ……お二人とも流石ですね……とても頼りになります。私もしっかりしなくては……。


 けれど、特務師団長である旦那様と、その部下であるオスカー様の前では私にできることは多くない。それならせめて、クラリッサの無事を祈りましょう……。


 私は旦那様に渡してもらったクラリッサの魔石を握りしめ、魔力を込めて祈る。


 ――アティスヴィーネ様、リビテイア様。どうかクラリッサをお助けくださいませ……。


 どうか、神々に祈りが届きますように。そんな思いで魔石に魔力を込めていく。


 私の魔力によって光を強めた魔石はしかし、少しすると再び弱弱しい光に戻ってしまう。


 私は悔しい気持ちから魔石を握りしめ、祈るように顔に近づけた。


 ……眩しい?


 違和感を覚えて、手を顔から離す。

 握りしめた拳から光が漏れ出ている。


 ――っ!


 私が手を開くと、クラリッサの魔石は先程までの弱弱しい光ではなく、徐々にしっかりとした光を帯びるようになり――――やがて1つの方角を指し示した。


 クラリッサ、目覚めたのですね!


 私は視線を光を放つ魔石から旦那様達へと向けるけれど、旦那様とオスカー様は各所への連絡でこちらを見てはいない。


 私はクラリッサの目覚めをお知らせするために、息を吸い込んで声を上げた。


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