博物棟
後期が始まって10日が経っても未だ魔力制御は上手くいかず、気落ちしながら訓練場を後にすると、珍しく外で待っていたのはリオ兄様だった。
「お疲れ、クレア」
「ありがとうございます。リオ兄様がお迎えにきて下さるなんて珍しいですね」
後期が始まってからというものの、基本的にはレイに7の鐘が鳴る頃迎えにきてもらっていた。何日かアル兄様が代わりにきてくださったことがあったけれど、リオ兄様が来てくれたのは初めてだ。
「僕のお迎えは不満か?」
「いえ、そういうつもりでは。事実を述べただけです」
ちょっとむっとした表情のリオ兄様に他意はないことを告げると「ならいいけど」と言って長椅子から立ち上がった。その手には、少し分厚い本ほどの大きさの木箱を持っている。
「ところで、その木箱は?」
「あぁ、これは――」
大事そうに抱えたそれに興味を示すと、リオ兄様は蓋を取って中身が見える様にしてくれた。
中に入っていたのは、木箱よりも一回り小さい金属製の匣。蓋には植物を模した紋様と、黄緑色の魔石がはめ込まれている。
「フィトゥニール……」
「正解」
箱を覗き込んだ私に、リオ兄様の声が上から降ってくる。顔を上げれば、目を細めて笑うリオ兄様がそこにいた。
「研究発表会の後も試行錯誤を重ねて、やっと一番いい質のものができたんだ。来年からお世話になる工房からも合格って許可が下りたから、博物棟に収めるんだ」
「博物棟……ですか?」
復唱した私に「知らないか」と苦笑いを浮かべて「正門の隣に、高い塔があるだろ?」と問いかける。
「えぇ」
「あれが、博物棟。希少な研究資料や、教師陣や僕ら学生が作った魔術具を蒐集してるんだよ」
「まぁ、そんなところがあったなんて……」
そんな魅力的な場所があったと知らなかったことにショックを受ける。するとリオ兄様が「行ったことがないなら、一緒に行く?」と誘ってくれた。
「いいんですか?」
「もちろん。元々、クレアを寮に送ったら行く予定だったし。少し遠回りになるけど……」
「大丈夫です、是非!」
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
既に見えて来ていた中庭を素通りし、正門の方に向かって歩いて行く。暫くすると、正門の隣にそびえ立つ茶色いレンガ造りの塔が見えてきた。
リオ兄様が重そうな黒い扉を開ける。秋になったとはいえまだ気温は高い。けれど中からはひんやりとした空気が流れてきて少しだけびっくりする。
「さ、入って、クレア」
「は、はい……」
ごくり、と唾を飲む。どきどきする胸に手を置きながら、私は黒い扉の先へと足を踏み出した。
中はとてもひんやりしていて、薄暗い。あたたかい外から来たせいか、すこし肌寒く感じるぐらいで、私は思わず自分で自分を抱きしめた。
リオ兄様も入ってきて扉を閉めたので、外の光が遮られてよけい暗くなってしまう。何度か瞼を開け閉めして慣れてきた頃、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「――あら。お久しぶりですね、クラリッサ様」
声の聞こえた方角に目線を向ける。暗闇に慣れてきた目に映った人影が意外な人物で、私は再び目をぱちぱちさせた。
「……ボドリー先生?」
「はい、ごきげんよう」
にこりと微笑む彼女と目があったけれど、名前を呼ぶ以外に言葉が出てこない。
……図書館棟の司書教員だったボドリー先生が、何故ここに?
首を傾げる様子を見て私の疑問を察したのか、ボドリー先生が口を開く。
「後期から、この博物棟を担当するよう異動命令が出たのよ」
「そうだったんですね」
「えぇ、そんなわけで、少なくても後期は博物棟の担当という訳。……それで、今日こちらにいらっしゃったのは?」
「用事があるのは僕です」
ボドリー先生に問いかけられて、リオ兄様が一歩前に出る。受付台に木箱を乗せて、蓋を開いた。
「あぁ、魔術具の納品ね。少し待ってね――」
ボドリー先生が受付台の奥の棚から帳簿らしきものを取り出した。おそらく、それに魔術具の納品を記録するのだろう。
「リオ兄様、納品している間、展示物を見て来ても宜しいですか?」
「構わないよ。終わったら呼びにいくから……あぁ、勝手に触ったりはしないようにね」
「心得ております」
許可を貰って、私は受付台から離れる。目が慣れてきたといっても薄暗いことに変わりはないので、転んだりしないように気を付けながら階段をのぼった。
すごい……色んなものがあるのね……。
剣や盾といった武具を始め、杯や指輪、鏡や本など多種多様なものが展示されている。
一体何に使うのかわからないものも沢山……こういうのって見ているだけで楽しいけれど、せっかくなら何に使うのかわかるともっと楽しめるのだけれど……それが少しだけ残念ね。
そんなことを思いながらも未知との出会いにわくわくしつつ見て回る。さらに階段を上がろうとしたところで、下の階から呼びに来たリオ兄様と鉢合わせた。
「あぁ、いたいた。お待たせ、クレア」
「……思ったより早かったですね」
「クレアが待ってるだろうからと思って早く終わらせてもらったのに、なんでそんな不満そうなんだ」
上の階も見たかった、というのが表情に出てしまっていたらしい。急いで表情を取り繕ったけれど、「もう遅いよ」と言われてしまった。
「今日はもう時間が遅いから、ここまでにしておけば? 上の階が見たければ、またくればいいだろう?」
たしかに、塔の中が暗い上に窓もないからすっかり忘れていたけれど、リオ兄様が訓練場に迎えに来てくれた段階で7の鐘はなっていたのだ。もう外は夜になっていてもおかしくない。
「……それもそうですね」
まだ見ぬ上の階への未練を抱きながらも、既に階段を下り始めたリオ兄様の後を追う。ボドリー先生に挨拶して外に出ると、空には既に星々が煌めき始めていた。




