目覚め
白い……天井?
どこだろう、ここ……。
頭を動かしてみる。寝台の隣には小さな机が置かれていて、机の上には小さな青い花瓶に白い花が飾られていた。
その向こうには勉強机らしきものや、沢山の本が入った本棚も見える。
体を起こそうと思ったけれど、うまく力が入らない。何とか力を振り絞って上体を起こす。
私、どうしてここに……?
思い出そうとしたところで、ふと気づく。
あれ?
…………私、って、一体、
そう思った時、部屋の中に鈴の音が響いた。
――チリン
なに!?
私はとっさに布団を体に引き付ける。扉を凝視していると、ゆっくりと開いていく。
「失礼します、クラリッサ様。お体を拭きに参りました……!?」
目を伏せながらそう言って入ってきたのは、メイド服を着たクリーム色のふわふわした髪が特徴的な少女。
視線を上げたことで私と目線が合うと、彼女は体をびくつかせ、こげ茶色の目を見開いて硬直した。
誰……?
私は布団で体を隠しつつも、目だけは彼女から離さずに見続ける。
「ク、クラリッサ様! お目覚めになったのですね!!」
彼女が硬直したのは一瞬だった。急に叫ぶと、そのまま私に向かって走り出してくる。
!?
私は怖くなって引き寄せていた布団を使って頭まで隠れるように防御姿勢をとった。すると、バタバタと音を立てながら近づいてきていた彼女の足音がピタリと止んだ。
「クラリッサ様……?」
彼女の不安そうな声が聞こえてくる。
ゆっくり布団を下ろして顔だけを覗かせると、今にも泣きそうな顔をした彼女がいた。
「どうされたのですか……?」
彼女はそれ以上何も言わず、そこから動こうともしなかった。
私はひとまず安心し、彼女の問いに応えようと口を開く。しかし、思ったように言葉が出ず、掠れた声を振り絞って出すのが精一杯だった。
「あ……貴女は、誰……? クラリッサ、って、私の、事……?」
「クラリッサ様、記憶が……?」
泣きそうな顔のまま、彼女が確認してくる。私はこくり、と首をわずかに縦に振って頷いた。
「……っ! しょ、少々お待ち下さいませ、クラリッサ様。今、ユリアナ様を呼んで参りますから!」
言うがはやいか、彼女は踵を返して部屋を出て行ってしまう。
「え? ま、まって……」
急なことに頭がついていかず、掠れた声を絞り出したけれど、急いで行動し始めた彼女には届かなかったらしい。
声は空虚に消え、伸ばした手の先で扉が閉まった。
――チリン
再び鳴った鈴の音を聞き、私は寝台の上で立膝を突き俯いていた顔を上げる。
扉が開き、入ってきたのは先程の少女と妙齢の女性だった。
「失礼致します、クラリッサ様」
少女は先程と同様、そう言って入室してくる。
女性は何も言葉を発さず、一瞬目を見開いたかと思うと、私と目線を合わせにこりと微笑んだ。
……悪い人では、なさそう。
そんな印象を抱き、そのままの姿勢で待っていると、少女が寝台の隣に椅子を用意し、女性がそこに腰かけた。
「…………」
女性は何も言葉を発さず、私を見続ける。その視線は決して嫌悪感を抱かせるものではなかったけれど、私はいたたまれなくなって目線をそらし、声を絞り出す。
「あ、あの……」
「……ごめんなさい。なんて声を掛けたらいいか、わからなくて……記憶がない、とそこの少女――リリーから聞きましたが、本当に?」
私は先程と同様、首を動かして肯定を表す。
それに女性は「そう……」と小さく呟いた。
「……何も、思い出せないのかしら? 何か、わかることは?」
そう言われて、私は思案する。少なくても、今目の前にいる2人のこと、そして私自身のことは、考えてみたけどわからない、けど……。
私は気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの……ここはエストアリオですか……?」
もしエストアリオでなければ、私は今外国にいることになる。自分が今どこにいるのか、確認しておきたかったのだ。
けれど、何故かリリーと呼ばれた少女も、目の前に座る女性も私の問いかけにほんの少し喜んだような表情を見せた。
私はその理由がわからず、首を傾げる。
「よかった。全ての記憶を失っているわけではないようね……えぇ、ここはエストアリオですよ。エストアリオ南方の街――エージュはわかるかしら?」
私はコクリと頷く。エージュはエストアリオ南方では比較的大きな街で、有名だ。
「この家はエージュにほど近い場所にあるわ。……人に関する記憶だけ失っているのかしらね」
私は再び記憶を探る。たしかに、誰か親しい人を思い浮かべてみようとしたけれど、誰1人として思い出すことはできなかった。
私の様子から察したのだろう。女性は「無理しなくていいわ、クラリッサ」と言ってくれた。
「なら……そうね。まずは自己紹介から始めましょう」




