依頼完了、そして別れ
城下町の外れに着地、魔神器を解除すると、どっと疲れが押し寄せてきた……めっちゃ怠い。
俺は身体の状態を確認する。
怪我もない。体力や気力は消費したけど問題ない。
炎も……うん、普通に使える。
「魔神器……あれが、真の姿」
右腕にくっついてた『籠手』は、本当にくっついてただけ。
真の姿は鎧。身体ではなく炎を包む鎧だ。俺の意志で自由に動かせるし、炎の特性を理解した今なら、どんな物でも燃やせそうだ。
もしかしたら、第二地獄炎も第三地獄炎も……魔神器の真の姿があるのかも。いやあるなこりゃ。
俺は蒼い空を見上げる。炎を使ったことが関係しているのかいないのか、雲一つない青空だ。
双子天使は燃え尽きた……と思う。仮に生きていても、もう負ける気はしなかった。
「……うっし終わり!! まずはニーアたちと合流して……」
と、気が付いた。
城下町の外れに着地したのに、周囲は酷いありさまだ。
鉄の羽根は消滅せずに残り、家屋や町をこれでもかと破壊した。怪我人や死傷者も多数……誰もいない場所に着地したつもりなのに、血の匂いがした。
なんとも……気分の悪い勝利だ。
「…………行くか」
俺は王城に向かおうと歩き出し、城下町の大きな通りへ出る。
通りは、案の定酷い有様だ……怪我人だらけ。
ダルツォルネが命令したのか、レッドルビー王国の兵士たちが怪我人を運んだり、潰れた家屋から怪我人を救出していた。
冒険者たちも、協力して作業に当たっている。広場にはテントが建てられ、怪我人の治療を行ったり炊き出しなんかもやっていた。
そして───。
『わんわんっ!! わんわんっ!!』
「え───し、シラヌイっ!?」
なんと、シラヌイがいた。
シラヌイだけじゃなくラキューダも一緒だ。どうやら怪我はしていないようで、俺に飛びつくなり思いっきり尻尾を振った。
『わぅぅぅん……』
「シラヌイ……無事でよかった」
『くぅぅん』
「はは、俺は大丈夫だ……ラキューダ、お前もな」
『ブルルッ……』
シラヌイとラキューダを交互に撫で、俺はようやく気を抜いた。
◇◇◇◇◇◇
王城前は、とんでもない騒ぎになっていた。
今回の件の説明を求める住人や、カガリビ派の冒険者たち、怪我人をなんとかしろだの、これからどうするんだだの、天使様の怒りを買ったのかだの、城の前に大勢が集まり、門兵に詰め寄っていた。
「参ったな……ニーアたちは中だよな。これじゃ入れないぞ」
『わぅぅん』
「なんだ、ニーアに会いたいのか? はは、可愛い奴め」
『きゅうぅん』
『ブルルッ!!』
「お前もか……あいつ、動物に懐かれやすいのかね」
と、騒ぎをボンヤリ見守っていると……なんと、ダルツォルネが門を開けて住人の前に。
騒いでいた住人は、ダルツォルネを見るなり黙り込む……ダルツォルネに詰め寄る勇気ある住人はいないようだ。
すると、ダルツォルネが言う。
「最初に言っておく。今回の災害は天使様の乱心である!! 我々は天使様の怒りに触れたのではない。天使様の遊戯の標的にされただけである!!」
…………は?
おい、ちょっと待て。住人がそんなので納得……って、うそ。
「そうか……」「よかった……天使様の怒りに触れたわけじゃないのね!!」
「っく……仕方ないのか」「ああ、なんてこった……」
おい、なんで納得すんだよ。
家を破壊され、家族を殺された人だっているんだぞ。なんで天使に怒らない。なんで……最初からあきらめたような雰囲気になってるんだ。
俺は何も言えず、ダルツォルネの言葉を聞く。
「今回の騒動でカガリビが死亡した。これにより、このレッドルビー王国の最高指導者はこの私、ダルツォルネとする!! 約束する。王としての最初の職務は……この国に住まう者全て、元の生活に戻れるようにすることである!!」
マジかよ……天使の襲撃を利用して、民衆の心の支えになろうとしてやがる。
カガリビの死をうまく利用して冒険者も引き込むつもりだ。その証拠に、ダルツォルネの隣には冒険者の少女が立っている。でかいリングを持った薄着の女だ。
冒険者たちも、ダルツォルネの宣言に反応……いつの間にか、文句や恐怖の声は消え、ダルツォルネを支持する声が広まった。
住人たちは解散し、ダルツォルネは兵士たちに何かを命じ……俺を見た。
俺はシラヌイとラキューダを連れ、ダルツォルネの下へ。
「あんた、けっこう狡猾だよな」
「今は支えとなるべき者が必要だ」
「ふーん……まぁいいや。ニーアたちは?」
「城の離れに避難させている。案内しよう」
「王様自らね……ん? おいお前、なんか臭えぞ」
「え……」
俺は、ダルツォルネの隣にいた女を睨む。なんとなく、この女は嫌いだった。
「止めろマルチューラ。この少年は敵ではない」
「し、失礼しました!!」
少女は頭を下げた。よくわからんが臭いも消えたし許してやるか。
ダルツォルネの案内で離れとやらへ。その道中だった。
「…………カガリビのことは、残念に思っている」
「ん、そっか」
「……天使様の介入がなければ、王位を争っていただろう。だが……恨みや憎しみはない。私が王位に就いたら軍事を引き継がせる予定だった」
「ふーん」
「…………」
「…………」
「それだけか?」
「え? ああうん。別に興味ないし。あ、それよりニーアのことだけど」
「わかっている。彼の身柄はこちらで預かろう。先ほど、護衛の女性の荷物から指輪が見つかった……正真正銘、レッドルビー王族しか持ちえない物だ。手癖の悪い部下がいたようでな」
「っ!!」
臭いのキツい女がビクッとした。なんだろう?
「少年……ニーアの母親は、間違いなく私の妹だ。行方不明になっていたが、ブルーサファイア王国にいたとは……しかも、子供を作っていたとはな」
「あはは。ニーアの父ちゃんはブルーサファイア王国の王様だってのがウケるよな。王様とお姫様の子供かぁ、なんかすげぇよな」
「…………どういうことだ?」
「あ、これ言っちゃマズいんだっけ。悪い、聞かなかったことに」
「…………まぁいい」
あぶねーあぶねー、王位継承権を放棄したとはいえ、ブルーサファイア王国の王様がお忍びで出かけた夜の町で、ニーアの母親と出会って一夜を過ごしたなんてバレたら面倒だよな。
ま、こいつになら任せてもいいか。
「おっさん。ニーアを任せるよ」
「……お前はどうするのだ?」
「俺は帰る。まだ冒険が始まったばかりだし、ブルーサファイア王国に待たせてる奴もいるしな」
「……復興の手は一人でも欲しい。それに、お前に再び挑みたいがな」
「ま、そのうちな。今は冒険優先だ」
「……っふ。自由な男だ。お前を縛り付けるのは難しそうだ」
「いや、難しいってか無理」
そして、離れに到着した。
城はボロボロだが、煉瓦造りの小屋である離れは奇跡的に無事だったらしい。
ラキューダを外で待たせ、小屋の中に入ると……。
「フレアさんっ!!」
「あ、生きてた」
「……ふん、生きていたか」
「よ、ニーア」
『わんわんっ!!』
「シラヌイっ、わわわっ、あはは、くすぐったい」
『きゅううん』
「っく……犬め、坊ちゃまをペロペロするとは」
ニーア、カグヤ、レイチェル。どうやら全員無事のようだ。
◇◇◇◇◇◇
少し休憩し、ダルツォルネにこれからのことを話した。
ニーアを託すこと、ついでにレイチェルも。そしてラキューダもここで世話してもらうことに。
ニーアはダルツォルネの養子となり、レイチェルが教育係を務めることになった。今は天使の襲撃でゴタゴタしているが、いずれ正式に王族として迎えることを約束。ダルツォルネなら大丈夫な気がした。
城下町や城は、ダルツォルネの指揮の下で復興が始まった。
合同葬儀をして、住居の修復、流通の再開やオアシスの復旧……やることは山積みだ。
そして、意外なことに……町を襲った双子天使の『羽根』はそのまま残ったので町の復旧に使えないかとレイチェルが提案。建物の基礎や骨組みなどで大いに役立った。
ニーアを送り届けたことで、俺の役目は終わった。
さっそく、ブルーサファイア王国にいるプリムの下へ手紙を書く。天使の襲撃があったことや、ダルツォルネがいい奴ってことなど、詳細を詳しく書いた。
俺の手紙を見たカグヤが「アンタ、ズボラそうなのに字ぃ上手いじゃん」とか冷やかすので少し喧嘩になったが……。
手紙は、ウィンコンドル便という訓練したウィンコンドルという鳥の魔獣に運んでもらった。レッドルビー王族の印や証明書も付けたので信用してもらえるだろう。
カグヤは、俺に同行する気満々だった。
まぁ別にいい。こいつけっこう強いし、いい組手の相手になる。
出発の準備に数日かけて支度し、俺とカグヤ、ニーアとレイチェルは最後の時間を過ごした。
物資があまりないから準備に手間取ったけど、なんとか整った。
そして、出発の日……双子天使の襲撃から七日後、俺とカグヤはレッドルビー王城正門にいた。
見送りはニーアとレイチェル、そして……ダルツォルネだ。
「じゃ、元気でな」
「…………」
ニーアは、うつむいていた。
この数日、けっこう遊んだし笑ってたけど……今は泣きそうな目でうつむく。
仕方ないな……。
「ニーア」
「……はい」
「ほれ、これやるよ」
「え……?」
俺はニーアに銃を渡した。
ブルーサファイア王国のおばさんにもらった銃だ。もう必要ないし、ニーアにあげる。
「これ……」
「持ってろ。いざという時に身を守れるようにと、レイチェルから身を守る用でな」
「おい貴様、どういう意味だ」
「で、でもこれ、フレアさんの」
「いいんだよ。俺にはこれがあるからな」
俺は、腰のホルスターから『回転式銃』を抜く。カガリビから奪った物だが、ダルツォルネは特に何も言わなかったのでそのまま俺のものにした。使う頻度は少ないだろうけど、かっこいいので俺の物にしておく。
すると、レイチェルがポケットから一枚の紙きれを出した。
「その銃弾は特殊な物だ。銃弾は武器屋に依頼して作ってもらえ。これはその図面だ」
「お、おお……ありがとう」
「それと、これは報酬だ。白金貨五十枚……貴様には過ぎた金だ。大事に使えよ」
「…………」
「なんだ貴様。その表情は」
「い、いや……いつも変態的なお前が俺に優しいから」
「……ふん」
レイチェルは、そっと手を差し出した。
「貴様がいなければ坊ちゃまは……いや、坊ちゃまだけじゃない、私もここまで辿り着けなかっただろう……ありがとう」
「…………ああ、俺も」
レイチェルは、初めて俺に笑いかけてくれた。
すると、横からカグヤが顔を出す。
「ちょっとちょっと、アタシにも感謝しなさいよー」
「そうだな。お前にも報酬だ。白金貨一枚だが」
「十分十分! というか、一枚で大金貨百枚の価値あるんだし、しばらく遊んで暮らせるわ!」
「あ、そっか。じゃあ俺も」
俺は報酬の金貨袋に手を突っ込み、白金貨を十枚ほど掴んで残りをダルツォルネに渡す。
「な、なんだこれは?」
「いや、町や城の復興に金かかるだろ? 白金貨五十枚も重たくて荷物になるし、やるよ」
「し、しかし」
「あ、そうだ。復興の手が欲しいならジャランダーラの連中に頼んでみろよ。俺が手伝ってほしいって言ってたーって伝えておいて」
「……わかった。これはありがたく受け取ろう。ジャランダーラの森人たちにも協力を要請する」
「おう、頑張れよ。オーサマ」
「ああ、今は天使様の襲撃に乗じた支えとなることで民衆の支持を得ているが、いずれは私そのものを認めされてみせよう。亡きカガリビに誓ってな」
「おう」
ダルツォルネと握手し、俺はここまで運んでくれたラキューダを撫でる。
「ここまで運んでくれてありがとな」
『ブルル……』
ラキューダは俺に顔をこすりつける。
ちなみに、こいつはこれからレイチェルの専用ラキューダとなる予定だ。
シラヌイも尻尾を振り、部下だったラキューダと別れを惜しむ。
「…………」
「おいニーア、いつまでもしょげてんなよ。また遊びに来るから、それまで少しは強くなれよ」
「強く……ですか?」
「ああ。そうだな……あ、いいこと考えた。なぁダルツォルネのおっさん。ニーアを鍛えてやってくれよ」
「む?」
「「え」」
ダルツォルネは首を傾げ、ニーアとレイチェルが声をそろえて驚く。
「ニーア、俺とおっさんの戦い見てただろ? このおっさん強いからさ、おっさんから格闘技習えばめっちゃ強くなれるぞ!」
「おい貴様!! 坊ちゃまに妙なことを吹き込むな!! き、筋肉質の坊ちゃまなんて……なんて…………む、ありだな」
「ありなのかよ……まぁいいや。じゃ、頼むぞおっさん」
「わ、私は構わんが……」
ダルツォルネはニーアをチラッと見る。
俺はニーアと目を合わせるためにしゃがみ、ニーアの胸を軽く叩く。
「強くなったら、勝負しようぜ」
「……っ!!」
ニーアは涙をぬぐい、ダルツォルネに向けて頭を下げた。
「ぼ、ぼくを……ぼくを、弟子にしてくださいぃっ!!」
「……うむ、いいだろう」
「ぼ、ぼっちゃまぁぁ~~~……うぅぅ、筋肉質坊ちゃまがぁぁ~~~」
レイチェルが号泣……こいつ、やっぱりわけわからん。
さて、別れはこんなもんでいいか。
「じゃ、またな。お前らとの旅、めっちゃ楽しかったぜ!!」
「アタシも楽しかった!! じゃあねっ!!」
『わんわんっ!!』
俺とカグヤとシラヌイは別れの言葉を。
「ぼくも楽しかったですぅぅっ!! また、また来てくださぁぁいっ!!」
「……私も、悪くなかったぞ……さらばだ」
「さらばだ……ふふ、私もまだまだ鍛えなければな」
『ブルルッヒィィン!!』
ニーアは手を振り、レイチェルはボソッとつぶやき、ダルツォルネは不敵に笑い、ラキューダは甲高い声で鳴いた。
俺とカグヤは城を出て、城下町を抜け、町の外へ。
「で、どこ行くんだっけ?」
「ブルーサファイア王国。そこに仲間がいるんだ」
「そいつらと合流して旅に出るんだっけ?」
「ああ。次はどこに行くかな……ま、その前にブルーサファイア王国を観光だな。まだ全然観光してないし……お前、ブルーサファイア王国には?」
「行ったことない。案内よろ~」
「いや、だから俺も観光すんだって……まずは、レイチェルが調べた迂回路を通って港町まで行くか。そこでブルーサファイア王国行きの船に乗ろう」
「おっけー! じゃあ競争ね!!」
「あ、待てこら!!」
『わんわんっ!!』
走り出したカグヤを追い、俺とシラヌイは走り出した。
でも、俺たちは……ブルーサファイア王国にたどり着くことはなかった。
 




