戦いの始まり
フレアは両手を紅蓮の炎で覆い、襲い掛かる量産型天使を殴り倒した。
岩が砕けるような鈍い音が響き、殴られた量産型天使が一瞬にして燃え上がる。そしてそのまま灰すら残さず、この世から消えた。
「抹殺・抹殺・抹殺」
「どけぇぇぇーーーっ!!」
量産型天使に感情はない。
天使の力である『光の槍』を操り、戦うためだけに生み出された兵器。目的をインプットするだけで死ぬまで戦う、階梯天使の道具だ。
今の目的は一つ。フレアの足止め。
フレアは死を恐れずに向かってくる量産型天使を焼きまくる。
「こいつら……あぁもう面倒くせぇっ!!」
天使の襲撃と同時に、周りの冒険者たちは逃げ出した。
カッツはゴーゴンたちをなんとか担いでこの場から逃げ出したようだ。天使が現れた以上、賞金だのなんだの言ってる場合じゃない。
まさか、天使の目的も賞金なのか……フレアは思わずそう考えてしまった。
「くっそ、ニーア……俺のせいで」
「抹殺・抹殺・呪術師抹殺」
「呪術師・呪術師・呪術師」
「やっかましぃぃっ!!」
光の槍を躱し、量産型天使を殴り蹴る。
はっきり言ってフレアの敵ではない。だが、数が多いうえに上空からこれでもかと降ってくるのだ。無視して行こうかと思ったがそれすらできない。
大技で一気に焼き尽くそうにも、周辺の住居まで巻き込んでしまう可能性がある。目の前に現れる数体を少しずつ倒すしかなかった。
フレアの弱点……街中で大規模な炎は使えない。その弱点を的確に突いた足止めは大成功だった。
◇◇◇◇◇◇
ニーアは目隠しをされ、量産型天使に連れられてレッドルビー王城のとある場所に連れてこられた。
石造りの部屋で湿っぽい空気で満たされている。窓はなく、入口も鉄格子のようになっていた。
目隠しを外されると、目の前に一人の男性がいた。
「ほぉ……確かに、フレイゼの面影がありやがる……息子ってのは本当だな」
「え……お、お母さんのこと」
「知ってる。ま、少し話そうぜ」
ニーアは、自分を連れてきた天使を見る。そして部屋を見渡し、最後に目の前の男を見た。
「ここはわしの秘密基地みたいなもんだ。でかい声出しても外に聞こえやしねぇ。天使様は気にすんな」
「あ、あの……ぼ、ぼく」
「ゆっくり説明してやる。なぜお前を連れ去ったのか、これからお前がどうなるかをな」
「…………」
ニーアは、ごくりと唾を飲み込んだ。
目の前の男は、部屋にあった大きな椅子にどっかり座る。ニーアは立ったままだ。
「わしの名はカガリビ。この国の次期国王だ」
「こ、国王様!?」
「ま、次期国王だがね。だがそれも時間の問題……」
「な、なんで、国王様がぼくを……」
「そう、それが問題なんだ」
カガリビは、懐から一通の手紙を取り出す。
「お前の母親は、このレッドルビー王国の第十二王子……つまり、息子のお前にも王位継承権があるんだよ」
「え」
ニーアの母が、レッドルビー王国の王族。
当然だが、ニーアはそんなこと知らない。母は自分のことを殆ど語らずに仕事漬けになって死んだ。一緒にいる時間は殆どなかったし、母のことを聞くのにニーアは若すぎた。
突然の話に硬直するニーア。
カガリビは話を続ける。
「お前の存在はつい最近まで知られちゃいなかった。ガキに難しい話をしても仕方ねぇから言わねぇが……いいか、お前の存在が明るみになれば、次期国王選が荒れる。わしや兄貴を支持しねぇ輩が一定数存在するのも事実。そいつらがお前を支持したら面倒くせぇことになる」
「…………」
「だから、今だ。今ならお前の存在はわししか知らねぇ。この場でお前の意思を確認する……レッドルビー王国の王になるなんざ、考えちゃいねぇよな?」
「…………」
頭の整理が追い付かない。
王? 王位継承権? 母が王族? 国王になる?
まだ六歳のニーアには受け止めきれず、ニーアはへたり込んでしまった。
だが、カガリビは続ける。
「王位を放棄するならそれでいい。この場で手続きを済ませて解放してやる。住む場所もくれてやるし、多少の金はくれてやる。だが、もし王位を放棄しねぇなら……兄貴に見つかる前に消えてもらう」
「…………」
「兄貴とわしの支持数は拮抗してる。ここで第三の勢力が出るのは兄貴には願ったり叶ったりだ……お前を自陣に取り込むための工作が始まるだろうしな。ま、今はこうしてわしが工作中ってわけだが」
「…………」
「悪いが時間はやれねぇ。選んでもらうぜ……生か、死か」
「…………」
「あー……いろいろ喋りすぎてパンクしちまったか。頭の回りそうなガキに見えたが、年相応だったな」
ニーアはそっと顔を上げ……つぶやいた。
「お母さん……」
「あ?」
「お母さんって、どんな人だったんですか……?」
「……あー、親父に可愛がられてたぜ。末っ子でな、海が見たいなんて言ってブルーサファイア王国に行って……帰ってきたら思い詰めるようになって、そのまま失踪だ。いろいろ噂されたけどよ、ブルーサファイア王国に惚れた男でもできたんじゃねーかって言われてたぜ」
「……お父さん」
ニーアは父の顔を知らない。
ブルーサファイア国王なのだが、厄介事になるので伏せられていた。
カガリビは、頭をポリポリ掻く……少し苛ついていた。
「感傷に浸るのは後だ。答えろ……放棄か、それとも死か」
最後通告───同時に、鉄格子が力任せにこじ開けられた。
「選択にすらならんな」
そう言いながら入ってきたのは、第一王子ダルツォルネだった。
岩をも握り砕く手に掴んでいたのは、カガリビ直属の冒険者だ。ここの護衛を任せていたのだが、ダルツォルネに見つかったようだ。
量産型天使は、いつの間にか消えていた。
「……兄貴」
「カガリビ。その少年……預からせてもらうぞ」
「なぜここが」
「ふん。天使様が味方してくれたのだ。この少年のことも教えてもらったぞ」
「……チッ」
「それに、貴様の行動は常に監視している。ワシの手駒に冒険者がいることを忘れたのか? 貴様が我が軍に密偵を送り込んでいるように、ワシも貴様のところに冒険者くらい送る」
「円剣か……チッ」
ダルツォルネはニーアを見た。
「……フレイゼの子か。雰囲気が似ている。顔は……父親に似たのだろうな」
「え……?」
ダルツォルネは、一瞬だけ優しく微笑んだ。
「どうやら、ワシもお前も天使様の影響を受けているようだな。先ほど、町に天使様が現れたとの情報が入った……炎を使う特異種が戦っているらしいがな」
「フレアさん!?」
フレア。
ダルツォルネとカガリビは、同時にニーアを見た。
「え、あ、あの」
「フレア、だと?」
「フレア……だと?」
「え? え?」
ダルツォルネとカガリビは、こう言われたのだ。
『フレアって奴を探して。見つけたら王位をきみにあげる』
『フレアって奴を探して。見つけたら王位をあんたにあげるわ!』
メタトロンとサンダルフォンの言葉が、ダルツォルネとカガリビの脳裏に浮かぶ。
フレアを探す、そうすれば天使の力を貸してもらえる。天使の力があれば、戦争になっても勝てる。
王位を得るために天使の力を借りる。
そして───。
「おーい!! ニーアぁぁぁーーーっ!! おーーーいっ!!」
フレアの声が、どこからか聞こえてきた。




