意外といい居心地
「ご飯の時間よ」
「お、きたきた!! ねぇ、今日のご飯はなに?」
「砂サソリの唐揚げ。あと果物よ」
「お、いいわね。砂サソリ好き!!」
「よかった。じゃあ食べたらお風呂ね。私が洗ってあげる」
「自分でやるからいい」
「だーめ。私の楽しみの一つなんだから、ね?」
「…………」
レッドルビー王国、マルチューラの部屋。
捕まったカグヤとレイチェルは、意外にも待遇が良くのんびりしていた。
カグヤは砂サソリの唐揚げを摘まみ、口の中に入れてコリコリ咀嚼する。塩味の利いた砂サソリはとても美味しい。それに、砂漠では貴重な果物をたくさん出してくれたのでこれも遠慮なく食べる。
レイチェルは、マルチューラと口を利かずに果物を食べる。
「あなたも素直になればいいのに」
「……私はこいつのように餌付けされるつもりはない」
「ちょ、誰が餌付けされてるって!?」
「ふふ、かわいい」
マルチューラは妖艶にほほ笑む。
この部屋に連れてこられて数日。暴力を振るわれるわけでもなく、実に平和的だった。
食事は朝晩、水は飲み放題、トイレや入浴もできる。ただ、寝るときはマルチューラが一緒で、着衣は許さないという妙な決まりがあったが。
カグヤは何度も脱走しようとした。
だが、この部屋にいる間は服を着ることが許されず、カーテンやシーツなどの布製品は全て没収された。カグヤの実力ならマルチューラがいない間に脱走できる。だが、いくらカグヤでも若い少女だ。裸のまま飛び出すことはできない。
それに、マルチューラがいる間は脱走できなかった。妙に気分が落ち着き、脱走する気がまるで起きなかったのだ。
マルチューラが『艶媚香』という能力でカグヤとレイチェルを操作しているからなのだが、全く匂いなどしないのでどうしようもなかった。
つまり、カグヤとレイチェルは脱走もできず、マルチューラの部屋に閉じ込められていたのである。
◇◇◇◇◇◇
マルチューラが仕事へ向かい、カグヤとレイチェルは二人に。
「あー美味しかった。ったく、食事くらいしか楽しみがないわ」
「お前は気楽だな」
「仕方ないでしょ。あんたは戦えないしアタシは素っ裸。さすがに裸で飛び出すのは嫌だし、好機を待つしかないわ」
「…………」
「ま、ニーアにはフレアが付いてるし問題ないでしょ。あいつならニーアを無事に送り届けるわよ」
「…………」
「あとは、アタシたちがここを脱出しておしまい。まずは好機を待つ」
「…………あいつが助けに来る可能性は?」
「あいつ? ああ、フレアね。間違いなく来ないでしょうね」
と、カグヤは当たり前のように言った。
ソファに座ったままのレイチェルはカグヤを見る。
「あいつ、ニーアを送り届けたら自分の旅を再開するわよ。アタシたちは単なる同行者だし、アイツが助ける理由なんてないしね。わざわざ危険冒してまで来るわけないし、そもそも、アタシたちがここにいるってことも知らないでしょ」
「…………」
「何度も言うけど、好機を待つしかないわ」
「…………坊ちゃま」
しばし、沈黙。
ベッドに転がったカグヤは、素っ裸のまま欠伸をした。
レイチェルは外を見て────。
「はぁ~……ようやく見つけました」
「…………」
コクマが、窓の縁に掴まっているのを見た。
レイチェルは目をパチパチさせ、大きく見開く。
「こ……コクマ!? お前」
「し~~~っ!! 能力を使っていますけど気配と足音しか消せないんです。とりあえず部屋の中へ」
「あ、ああ」
コクマは壁をよじ登ってここまで来たようだ。
部屋に入り、大きく息を吐く。どうやらここまでのクライミングが応えたようだ。
すると、寝ていたカグヤが起きた。
「ん~? なになに、どうしたん?」
「あ、カグヤさ……っげ!? すす、すみません!!」
「は?……あ」
カグヤは素っ裸だった。
コクマは慌ててカグヤを見ないようにし、背負っていたカバンから二人の荷物と装備を取り出す。
「こ、これ。倉庫に放ってあったのを回収しました。どうぞ」
「……裸を見たのはこれでチャラね」
「感謝する。コクマ」
二人は服を着替え、装備を身に付ける。
ようやくいつものスタイルになり、カグヤは大きく伸びをした。
「うっし。これで戦える……マルチューラにリベンジしてやる」
「待て。やるなら坊ちゃまと合流してからだ。坊ちゃまと合流した後に好きなだけここに殴り込め。当然、私と坊ちゃまは関わらないからな」
「あ、あの……実は、そのことでいろいろとヤバいことになってるようで」
コクマがそう言うと、レイチェルとカグヤの睨み合いが中断される。
そして、コクマは少し言いづらそうに言う。
「先ほど、レッドルビー王国内外にいる『ニーア』という名の少年を見つけ次第、城へ連行せよと冒険者ギルドから通達がありました。通達者は第二王子カガリビ……ニーアって、レイチェルさんが探している少年ですよね?」
「な、なぜ……ぼ、坊ちゃまが」
「ほほー……なーんか面白いことになりそうね」
カグヤだけが、笑っていた。




