黒いダンゴ虫
レッドルビー王国は目前。あと一時間も進めば正門に到着する……のだが。
妙な気配を感じた俺はラキューダを止め、道のはずれを見る。
「……ん?」
「フレアさん?」
「……何かいるな。また砂豚……じゃない。シラヌイ、行くな」
『グルル……ッ!!』
飛び出そうとしたシラヌイを抑え、シラヌイにはラキューダとニーアを守らせる。
得体の知れない気配だ。しかもこの感じ……妙に気持ち悪い。ねっとりするような、べた付く悪意が感じられた。
そして───その妙な気配は形となって現れる。
「な、なんだ……?」
「く、黒い……モヤ、ですか?」
ほんの少し先、砂漠の砂上に黒い粘つくようなモヤが現れた。
砂漠の魔獣にそこそこ襲撃されたが、こんな気持ち悪い感じはしない。野生っぽい、頭の悪そうな襲撃ばかりだったのに、この黒いモヤには明確な敵意があった。
餌を求めて襲い掛かるんじゃない、襲い掛かるために生まれるような……そんな悪意。
そして、モヤが形になる。
「なんじゃこりゃ……虫か?」
「だ、ダンゴ虫、でしょうか……?」
黒いモヤは、ラキューダよりも大きいダンゴ虫みたいな形になった。
もぞもぞ動き気味悪い……これ、絶対に砂漠の魔獣っぽくない。
黒いダンゴ虫は、口っぽい部分を開けて叫んだ。
『ピギィィィェェェェアァァァァーーーッ!!』
「うるさっ」
「ひぃぃっ!?」
ニーアは耳をふさぎ、ラキューダは怯えてしゃがみ込む。シラヌイはニーアたちを守ろうと四肢と顔の一部を燃やし戦闘態勢に。
俺はすでに駆け出し、右手から『火之迦具土』の籠手を出して全身を燃やしていた。
こんな気持ち悪いの、一刻も早く消し去るべきだ。
「第一地獄炎、『炎撃』!!」
かっこよく叫ぶが、まぁ要は炎を載せた右のパンチ。
俺の右拳は黒いダンゴ虫の顔面部分に突き刺さり、ダンゴ虫は灰すら残さず消え───……って。
「か……硬ぇ!? つーか燃えない!?」
ダンゴ虫の身体は鋼鉄のように硬く、炎で燃えなかった。
今までこんなことなかった。俺の炎は鋼鉄ですら溶けるのに───……。
『ピッギェェェッ!!』
「うわっ!?」
ダンゴ虫は、溶解液を吐き出した。
俺は横っ飛びで躱し距離を取る。だがダンゴ虫は身体を丸め、どういう原理なのかその場で回転して転がってきた。
「くっ……第一地獄炎、『火炎砲』!!」
右手を向け、炎を勢いよく噴射する。
だが、炎の噴射をものともせずにダンゴ虫は転がってくる。火炎砲がまるで効いていない。
まさか、俺の炎で燃えない魔獣がこの世にいるなんて。
すると、籠手から声が聞こえてきた。
『火火火……本質を理解してねぇ。オレの炎の本質をな』
「焼き鳥……っ!! どういうことだ!?」
火炎砲を止め、横っ飛びでダンゴ虫を回避する。
久しぶりに聞いた声だ。親切な焼き鳥こと第一地獄炎の魔王『火之迦具土』……炎の本質。
俺は、ラーファルエルの声を思い出す。
『キミの炎、ヌルいんだよ』
そう、俺の炎はヌルい……のか?
違う。そんなことはない。俺の炎はいつだって燃やしてきた。
『お前のことは気に入っているが、全てを教えるには未熟……ちゃんと自分で理解するんだな』
「あ、おい!!」
『それと、この敵……普通の――』
と、ここで声が途切れた。
俺を執拗に狙い転がるダンゴ虫。ニーアたちの元へ行かせないように位置を調整しないと。
あと、燃えないなら別にいい。燃えないなら……殴る!!
「はぁぁぁぁりゃぁぁぁっ!!」
俺はダンゴ虫を最小限の動きで躱し、身体の横を思いっきり蹴る。
すると、ダンゴ虫は横に吹っ飛んで止まった。俺は一気に近づいて拳を握る。
ダンゴ虫は丸めた身体を伸ばし、体勢を整えようとモゾモゾしている。その瞬間を俺が逃すはずはなかった。
「オラオラオラオラオラオラオラァァーーーっ!!」
俺はひたすら殴る。
ダンゴ虫の身体に乗り、両手を使い、全身を強化する呪いを使い、ダンゴ虫が体勢を変えようとするのをひたすら殴って止める。そして右手をダンゴ虫の身体に押し付け、思い切り炎で焼く。
「燃えろやぁぁぁーーーっ!!」
炎が荒れ狂い、砂漠の砂ですら黒くなる。
ダンゴ虫はビチビチ暴れるが……黒い装甲みたいな身体が真っ赤になるだけで傷一つ付かない。
ここまでやってもノーダメージ……地味にショックだ。
そして、ダンゴ虫がピチっと暴れ、俺は身体の上から飛ばされた。
『ギィィィィィーーーッ!!』
「くっそ、なんだこいつ……炎が効かない」
第二地獄炎を使おうにも水がない。凍らせれば勝てるかもしれないけど……。
どうする……ラキューダに乗って逃げるか。
だめだ。こいつが転がる速度はかなり速い。レッドルビー王国まで付いてくるだろうな。
まさか森まで引き返すわけにもいかないし……くそ、めんどくさい。
『なら、ぼくに任せればいいと思うんだな!!』
と、頭の中に声が響き……左腕から『黄色』の炎が一気に燃え上がった。




