老婆の雑談
ブルーサファイア王国。
プリムは、アイシェラとショッピングを楽しんでいた。
ブルーサファイア王国は島国なので、他国との貿易を積極的に取り組んでいる。港町には多様な文化の店が溢れ、ビーチには他国から来た旅行者で溢れていた。
他国との繋がりが最も強い。それがブルーサファイア王国の強みである。
プリムは、ブルーサファイア王国商店街の大通りを歩きながら、潮風を感じていた。
「アイシェラ、少し休憩しましょっか」
「はい。姫様」
「……あと、私はもう『姫様』じゃないって言ってるでしょ?」
「失礼しました。では……お嬢様」
「んー……まぁ、今はそれでいいけど」
「ふふ。いずれは婚姻を結ぶ身。焦らずゆっくり愛を深めましょう」
「それはないから」
「フォォォォォォーーーーーーッ!!」
叫ぶアイシェラを無視し、プリムはオシャレなテラスのあるカフェへ入る。
テラス席は海がよく見え、ずっと感じていた潮風がさらに心地よい。
トロピカルドリンクを注文し、何気ない談笑をアイシェラと始めた。
「……どう?」
「はい。クロでした……第七王子ギーシュには裏の顔があります」
「……はぁ~」
何気ない談笑。
それは、クロネから聞いたギーシュの評判だった。
表の顔と裏の顔。その調査を秘密裏にアイシェラに行わせた。というかアイシェラが調べたいと強く言ったので許可したのだ。
「第七王子ギーシュは、現在最も国王の椅子に近い王族と言われています。本人にその気がないようですが、彼の兄弟たちは皆、ギーシュを次期国王にと賛同しているようです。その理由はギーシュの功績……他国との貿易関係をいくつも築き、ブルーサファイア王国の評判だけでなく財政をも伸ばしたとか」
「そうなの……同い年なのに、逃げるしかできなかった私とは大違い」
「……彼の凄いところは、兄弟たちと諍いを起こさず、自らの力を認めさせているところでしょうね。兄弟たちの興した事業に私財を投じて援助したり、失敗の負担を分かち合い自らを認めさせたところでしょう……彼の兄弟は皆、ギーシュが王に相応しい器と認めているようです」
どうやら、最初に言っていた『第七王子って弱い立場』は嘘のようだ。
嘘ではなく、本当にそう思っている可能性もあるが。
「じゃあ……ギーシュ、なんで私にここまでしてくれるの? ホワイトパール王国から逃亡して死を装い、新しい個人名と住所を欲しがる私に、無償で手を貸す理由は……なに?」
「間違いなく、お嬢様の豊満な身体でしょう」
プリムは何故か興奮し始めたアイシェラを無視……できなかった。
ギーシュの狙いは自分。
「……うぅん、そんなわけない。私を欲しがる理由がない」
「案外、本気なのかもしれません。第七王子ギーシュが本気でお嬢様に惚れているかも」
「…………っ」
プリムは赤くなり、トロピカルドリンクに口を付ける。
甘酸っぱい味が口一杯に広がり、ほんの少しだけ落ち着いた。
「…………ふぅ」
プリムは、ギーシュの顔を思い浮かべる。
ギーシュは友人だ。婚約者という立場だったが、愛しているという想いはない。顔を合わせるのも数回だけで、プリム自身も『ああ、大人になったらギーシュと結婚するんだ』程度の考えしかなかった。
ホワイトパール王国の王族として、決められた人と結婚することに疑問を持っていなかった。
そして……フレアのことを思う。
「……っ」
笑顔がまぶしかった。とっても自然な態度で自分に接した。
蛇のさばき方を教えてくれた。裸を見られた。
守ってくれた。そして、自分の自由のためにレッドルビー王国へ行っている……。
会いたかった。
「お嬢様?」
「ふぁっ!? な、なに?」
「いえ、ボーッとしてたので」
「べべ、別に……なんでもないよ」
「はぁ……それな「どっこいしょ!! 失礼するよ」
いきなりだった。
プリムとアイシェラの席に、しわくちゃの老婆が相席してきたのだ。
手にはトロピカルドリンクとケーキのトレイがあり、席に着くなりナイフでケーキを切り分けて口に入れ、トロピカルドリンクをガブガブ飲む。
「ぷっふぁぁ!! 一仕事終えた後のケーキは最高さね!!」
「し、失礼。ご婦人……席を間違えてはいないだろうか?」
アイシェラが老婆に言うと、鋭い目で睨まれた。
「あたしはまだ耄碌してないよ。ギーシュがコソコソしてる理由を確認しにきただけさね」
「「っ!?」」
「ああ、警戒しなさんな。取って食うなんてことはしないよ」
アイシェラが懐に手を入れようとしたのを見た老婆は、目にも止まらぬ速さでアイシェラの首を指で突く。それだけでアイシェラは硬直し、カタカタ震えた。
「心配いなさんな。すぐに動ける……あんたも、そうビクビクしなさんな」
「っ……」
「あたしは別にこの国がどうなろうといいんだけどね。住んでる身からすれば家がなくなるのはイヤなのさ。引っ越しも面倒だし、ここのトロピカルドリンクとケーキが食べられなくなるのはもっとイヤ。人間は騙せてもあたしの目は騙せない。あの坊、あたしのことも上手く躱してると思ってるようだけど甘い甘い。このケーキより甘いよ。宿賃として仕事は手伝ってるけど、飼い犬になったつもりはないしババァだからってどうにかなると思ってんのかね。ねぇあんたどう思う?」
「ふぇっ!?」
恐ろしい速さで語る老婆。
問われたプリムは答えられなかった。というか聞いていなかった。
老婆はにんまり笑う。
「ああ、周りは気にしなさんな。あんたらを警備だか尾行だかしてた連中はおねんねしてる。記憶もいじってるから素っ裸にしても平気さね。どれどれ……目ぇ見せな」
「ひゃっ!?」
「おぉ~珍しい、それに嬉しいねぇ。『水』と『癒』の遺伝子が混じってる。あんた『半天使』……ああ、人間は『特異種』って呼んでるんだっけ?」
「え……」
老婆は嬉しそうに、そして満足げに、さらに優しく微笑んだ。
まるで、血を分けた孫に出会った祖母のような雰囲気に、プリムは老婆から目を離せない。
プリムは、無意識に質問した。
「あの、あなたは……?」
「ああ、自己紹介がまだだったね」
トロピカルドリンクを飲み干し、ケーキを完食した老婆は煙管を取り出して火を付ける。
タバコを大きな息で吸い、思い切り煙を吐き出した。
「あたしはガブリエル。元・聖天使教会十二使徒『癒』のガブリエルさ」
「せ、聖天使教会……!?」
「元さね元。今は違う」
ガブリエルと名乗った老婆は再びタバコを吸い、煙を吐き出す。
「聖天使教会、そして神を裏切った『裏切りの八堕天使』の一人……そして現十二使徒の一人『水』のジブリールの偉大なる姉さ」
ちなみに、ここのカフェは禁煙だ。




