真っ赤な炎
「…………」
「…………」
「なぁ、もう許してくれよ……悪かったよ」
村娘と剣士の服に着替えたプリムとアイシェラは、俺が裸にしてサイズを計ったことを怒っていた。
村では男も女もなかったからなぁ。水浴びとか着替えとかも一緒だったし。異性に肌を見られるのが嫌、それが普通の感性なんだな。
ともかく、このままじゃ居心地が悪い。
「なぁ、機嫌直してくれって。別に俺、女の裸に興味なんてないし」
「……貴様、それ以上喋ると斬るぞ」
「……フレア、嫌いです」
「…………」
なんかもっと機嫌が悪くなってしまった。
面倒くさいなぁ……女なんて、胸が膨らむのと生殖器の違いだけじゃないか。見られて死ぬわけじゃないし……まったく。
「ま、機嫌がよくなったら声掛けてよ。俺は修業しながら歩くからさ」
「……修業?」
「アイシェラもやる? 先生に教えてもらった、身体と呪力を同時に鍛える方法」
「……いいだろう」
「じゃ、さっそく」
俺は呪符を取り出し、呪力を込める。
「『枷だ苦しめ』……っく」
「む?……む、オォォォォォォォォッ!?」
「あ、アイシェラ!?」
呪符が燃え、俺とアイシェラの四肢に紋様が浮かび上がる。
アイシェラは立っていられずにうつ伏せに転げ、俺も気合を入れて立ちなおす。
「な、なな、なんだ、これれ、わわわっ!?」
「この四肢の枷は強力な重りでね。呪力を常に供給しないとどんどん重さが増すんだ。しかも、厄介なことに……この紋様、身体の状態を確認して、本人がギリで動けるか動けないかくらいまで重くなるんだよ。いやらしいだろ?」
「あっがががっががががががががっ!? しし、死ぬぬ……っ!!」
「ほら、呪力を込めて! 腕と足に集中!」
「うっぐ、ぬぉぉぉ……」
アイシェラはなんとか立ち上がるが、たぶん限界だろう。
俺はアイシェラの重りだけ解放し、歩きだした。
「じゃ、行こうか」
「お、お前……なんともないのか?」
「苦しいよ? でも、少しでも辛そうな顔すると、先生の拳骨が飛んでくるからね」
「す、すごい……フレア」
これで全身を鍛え、呪力も増やす。
初歩の修業『呪業』だ。この状態で丸一日過ごせたらクリア。次の修業に入れる。
最近サボってたからな。先生はいないけど、言いつけは守らないと。
それと、これが終わったら……炎の検証もしないとね。
◇◇◇◇◇◇
アイシェラとプリムの機嫌はすっかりよくなった。
プリムはキラキラした目で俺を見るし、アイシェラは舌打ちしつつチラチラ俺を見る。
『枷だ苦しめ』で修業しただけなのに。そんなにすごいことしたのか、俺は?
「……次の町で馬を手に入れる。徒歩では追手が追いつく可能性もあるしな」
「え? 追手って……前に追いかけてきた連中は倒したじゃん」
「バカを言うな。あの連中は死の森に置き去りにしたが、姫様を始末したと知らせなければ、生きていると思うのが普通だ。第二、第三の追手を寄越すに決まっている」
「うわー……プリム、どんだけ嫌われてんだよ」
「ち、違います! 兄妹みんな敵対してて、みんな嫌いあって……うぅ」
「ちなみに姫様は七番目の末っ子だ。王位継承権を放棄したのはいいが……姫様が、上の兄や姉が潰し合っているのを遠くから眺め漁夫の利を狙っていると噂されている」
「うわー……悪女」
「ちち、違いますってば!! 私は王位に興味なんてありません!! 死ぬのは嫌だし、毎日毎日お稽古ばかりの日常に嫌気がさして王位を放棄したんです!! それなのに……一番下の姫は狡猾だとか、兄と姉全員の死を望んでいるとか……」
「ああ姫様……大丈夫です。姫様は私が守ります!!」
「ありがとう。でも抱き着かないで、胸を触らないで」
「うっ……ふぅ」
けっこうめんどくさそう……ただの冒険がしたいんだけどなぁ。
プリムはアイシェラを引き剥がす。
アイシェラはニヤニヤしていたが、俺を見て言った。
「追手は雑魚ばかりだが、『聖天使教会』が出てきたら逃げるぞ」
「へ?」
「いいか。『聖天使教会が出てきたら逃げる』だ」
「聖天使教会が出てきたら逃げる」
「そうだ。いいな、絶対だぞ」
「はぁ……」
アイシェラは真面目な顔で言う。
「この世界に存在する七つの王国と中立関係にある『聖天使教会』は、千年前の大戦で呪術師を滅ぼした組織だ。いいか、絶対に敵対するな。敵対しなければなにもしない。ホワイトパール王国の王位継承戦に関わることはないはずだ」
「…………」
呪術師を滅ぼした、か。
何があったか知らないけど、俺は復讐なんて考えていない。この世界を見て回りたいだけで、戦おうなんて思っちゃいないよ。
さて、歩きながら炎の検証でもするか。
◇◇◇◇◇◇
俺は両手を広げ、心の中で念じながら呟く。
「燃えろ」
すると、両腕が燃えた。
指先から肩まで真っ赤な炎が燃え上がる。しかも、服や装備は燃えていない。
「おぉ……これが」
「綺麗です……」
「一応聞くけどさ、こういうことできる人間っている?」
「いない。魔法で炎を生み出すことはできるが、自らを燃やす人間など聞いたこともない」
「あ、あの、フレア……熱くないのですか?」
「ああ、全然。ほら見て、服も燃えてない」
炎の規模は、意志で調節できる。
腕の炎を消し、足を燃やしたり、髪の毛を燃やしたり……これ、好きなとこを自由に着火できるみたいだ。面白い。
「プリム、そこに落ちてる棒を投げてくれない?」
「これですか?……えいっ」
「おりゃっ!!」
プリムの投げた棒を殴ると、一瞬で燃え尽きた。
死の森で男を殴ったときも燃えたし、この炎、なんでも燃やせるかも。
「今度はその石をお願い」
「はい……えいっ」
俺は拳を握るのではなく開き、炎を手に纏わせ腕を振る。
すると、炎が飛んで石に命中。石は真っ黒になって落ちた。どうやら炎を投げると威力が下がるようだ。石を殴ると燃え尽きるが、手から離れた炎は急速に温度が下がる……つまり、炎を纏わせて殴ったほうがいいのか。
「この赤い炎、使えそうだ」
「触れたら火傷しそうだ……姫様、あいつに近づくのは危険です」
「でも、すごく綺麗です……」
真っ赤な炎は、ごうごうと俺の腕で燃える。
八色の炎を喰った俺の魂……他の色の炎も出せるのかな?
「ま、別にいいや。面白いけど、旅にはあんまり必要ないしな」
と─────俺は思っていた。