ルート3/カグヤ・レイチェル⑤/BOSS・円剣のマルチューラ
円剣のマルチューラ。
彼女の武器は両手に持った巨大なリング。カグヤはそう考えて思う。
円剣。どう見ても剣ではない。カグヤは構えたまま、マルチューラを観察した。
小麦色の肌、胸を覆うサラシと短いスカート、装飾の施された襟巻き、足は動きやすさを重視したサンダルだ。長い黒髪をまとめ、骨のような髪留めをしている。
表情は気だるげでやる気があまり感じられないような気がした。
「観察終わった?」
「ええ。アンタがよくわかんない……でも、だから戦いって面白いのよね!!」
「ん、そうだね」
マルチューラは、大きなリングを腕に通してクルクル回す。
リングは直径五十センチほどだろうか。あの武器でできそうなことをカグヤは計算。マルチューラが魔法使いという考えも考慮に入れて戦術を組み立て……。
「いっくわよっ!!」
……る、ことはなかった。
どんな攻撃だろうと足技でねじ伏せる。それがカグヤの戦闘スタイル。
フレアと違うところはこの短絡的な思考にあった。それが強みであり弱点ということにまだ気付いていない。
「神風流、『礫蹴り』!!」
カグヤは思いきり地面を蹴り、マルチューラに向かって小石を飛ばす。
小石は近くで戦っていたジャランダーラの戦士とレッドルビー王国軍兵士に直撃するが、カグヤは無視。
マルチューラに向かって数発の小石が飛ぶ。
「ふふ……」
マルチューラは、リングを手に持ち小石を叩き落とす。もちろん、こんな小技を喰らうとは考えていない。
カグヤはすでに次の攻撃に移っていた。
「神風流、『連牙脚』!!」
小石を囮に一瞬で近づき、連続蹴りを食らわせる。
だが、マルチューラはその全てを躱し、リングで受け流した。
「このっ!!」
「っく……」
カグヤの連続攻撃。
前蹴り、回し蹴り、飛び蹴り、かかと落としを組み合わせ、マルチューラを追い詰めていく。
だがマルチューラは全てを辛うじて回避していた。
最初の余裕は消え、カグヤの激しい攻撃に反撃する暇がない。リングは防御に使われている。
「しゃぁっ!!」
カグヤは顔面を狙った蹴りを放つ。
マルチューラは蹴りを躱し、リングを突き出した足に通した。
「わわっ!?」
「ふんっ!!」
カグヤの足に通ったリングをマルチューラが引くと、カグヤの体勢が崩れた。
そこに、もう片方のリングを腕に通したマルチューラの拳が、カグヤの腹に突き刺さった。
苦悶の表情をしたカグヤはマルチューラから離れ、お腹を押さえる。
「ぐっがぁ……い、いいパンチじゃん」
「どーも」
互いに、接近戦が得意な者同士だ。
マルチューラのリングは拘束用。手足を封じて接近戦に持ち込むための物。
カグヤはそう解釈するが関係ない。自分も同じ、足技だけなのだ。
「うっし……アンタの手持ちはわかった。もう喰らわない」
「あっそ。私もなんとなくわかった。あなた、お肌も髪も綺麗……鍛えてるみたいだけど柔らかいし、抱いて寝たら気持ちよさそうね」
「……は?」
「ふふ、決めた。あなた……私の家に連れていくね」
「え、やだ。なんかキモイ」
なんとなく、カグヤは悪寒を感じた。
マルチューラの目の色が変わったのだ。まるで蛇のように獲物を狙う爬虫類の目へ。
カグヤは構え、本気で狩ることに決めた。周囲を見ると、ジャランダーラの戦士とレッドルビー王国軍兵士の戦いも終わりが近い。ジャランダーラの戦士がやや不利な状況だ。
コクマとレイチェルは……。
「ヒトの心配? ふふ、一瞬だけ意識が別のところに向いた……誰かいるんだ?」
「っ!! さ、さぁね~? なんのことかしら~♪」
「噓ヘタすぎ」
ドクン────ドクン────ドクン────。
カグヤは、心臓が高鳴るのを感じた。
このままではコクマとレイチェルが見つかる……そんな不安が心臓に現れて────ではない。
「…………!?」
「どうしたの?」
「べ、別に……!! な、なんでもないっつーの!!」
「ふふ」
マルチューラは、ニタリと笑う。
カグヤの胸の高鳴りが、止まらなかった。
胸が熱い。呼吸がおかしい。顔も熱い────そして、ようやく気付いた。
「あ、アンタ……あ、アタシに……なんかした!?」
「気付いた? ふふ、ドキドキするでしょ? まるで恋してるみたいに」
「っく────……」
カグヤは胸を押さえた。
息苦しい。胸が熱い。鼓動が高鳴る。
でも、でも、でも。
「気持ちいい、でしょ?」
「ふ、っざけんなぁぁぁっ!!」
カグヤは飛び出した。
マルチューラに向かって全力で飛び上がり、飛び蹴りを食らわせる。
だが、胸が熱い。毒でも受けたのか。
飛び蹴りは容易く躱された。いつもなら二手三手繰り出すのだが、なぜか動けなかった。
マルチューラは、甘い声で囁く。
「教えてあげる……私、《特異種》なの」
「……っ」
「ふふ。可愛がってあげるね」
「あっ────」
プツリと何かを刺されたカグヤは、あっけなく崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇
「ぼぼぼ、ぼくはレッドルビー王国考古学院所属の」
「姫、こいつらはどうしますか?」
「んー、とりあえず連れていこっか」
「っく……」
コクマとレイチェルはあっけなく捕まった。
カグヤはスヤスヤ眠り、マルチューラの乗っていたラキューダに乗せられる。
ジャランダーラの戦士は敗北し、怪我人を連れて撤退したようだ。
レイチェルは、マルチューラに言う。
「おい、私たちをどうするつもりだ」
「んー、怪しいから連れてく。この子は私が可愛がって、そっちの男は身分照会してあとはお任せ、あなたは……好みじゃないけど、この子の次に可愛がってあげる」
「き、貴様、まさか……同性愛者か!!」
そう、マルチューラは同性愛者だった。
ジャンルは違うが似たような性嗜好を持つレイチェルは看破した。マルチューラはカグヤを愛でる……レイチェルがニーアにしているように。
そして、その次は自分……。
「な、なんてことだ……待て、私は「じゃ、帰ろう。いいオモチャ手に入った」ま、待って!! 私は坊ちゃま、坊ちゃまがぁぁぁーーーっ!!」
こうして、カグヤたちは一足先にレッドルビー王国へ……。




