ルート3/カグヤ・レイチェル②
洞窟は薄暗い。
完全な暗闇というわけではない。壁に埋まっている鉱石がぼんやりと発光しているおかげで、僅かながらの視界は確保されていた。
カグヤはずんずんと進み、レイチェルは警戒しながら進む。
「おい、少しは警戒しろ」
「へーきだって。魔獣の気配は感じないし……それに、ここ涼しいし、意外と外まで繋がってたりして」
「楽観的な奴め……」
「ま、魔獣が出てもアタシがなんとかするから」
「……虫が出て大騒ぎするくせに」
「う、うっさい!」
カグヤの言う通り、魔獣は現れない。
曲がり道もなく、ひたすら真っ直ぐな道しかない洞窟だ。洞窟と言うよりトンネルに近いだろう。
特に魔獣も現れず、ひたすら進んでいくと……。
「お!! 見て見て、なんか明るい!!」
「本当だ……どうやら出口のようだな」
「行こっ!!」
「ま、待て!! 少しは警戒しろ!!」
走り出したカグヤを追うレイチェル。
そして、二人は洞窟の出口へ。
「…………」
「…………」
二人は硬直した。
なぜならそこは出口ではなかった。
「なにこれ……?」
「これは……」
そこは、とても広い空間だった。
巨大な半円形状で、壁の至る所に穴が空いている。線路のようなものが敷かれ、朽ちたトロッコやショベル、ツルハシなどの道具も落ちている。そして、何より目立ったのは……無数の人骨だった。
レイチェルは、人骨の一つに近付く。
「見ろ。これは……」
レイチェルの見つけた人骨。
頭蓋骨の部分に朽ちたツルハシが刺さっていた。他にも、折れた腕骨、槍のような物が刺さり壁にもたれ掛かる人骨と様々ある。
「恐らく、ここは鉱山……そして内乱が起きたのだろう」
「内乱?」
「ああ。鉱山で内乱が起こる理由は一つ」
と―――次の瞬間、カグヤが渾身の回し蹴りを繰り出した。
「―――っひ」
「誰?」
凍てつくような銀の殺気……カグヤの背後には、いつの間にか一人の男性がいた。
突然の回し蹴りに身を固くし、首の手前で止まったカグヤの足に目だけを向ける。
男は持っていた本を落とし、ゆっくりと手を上げる。
「誰、って聞いてんだけど?」
「あ、怪しい者じゃない……ぼ、ボクはこの鉱山調査をしてる考古学者だ」
「考古学者ねぇ? アタシに気付かれずに背後に回るなんてねぇ」
「そ、それはボクが《特異種》だからだよ!! ボクは自分の出す『音』や『気配』を消すことができるんだ! この力のおかげで魔獣には狙われないし、危険地帯にも入り放題で……し、信じてくれ!!」
「ふーん……でも、声も掛けずにアタシの射程内に入るのはどうかなぁ?」
「っひ……」
カグヤの足が硬質化し、レガースの脛と脹ら脛の部分に刃が形成される。
男は青ざめガクガク震えていたが、ようやくレイチェルが助け船を出した。
「よせ。せっかくの情報源だ」
「えー」
「いいからやめろ……大丈夫か?」
カグヤが文句を言いつつも足を引っ込める。
どうやら背後を取られたことにかなりムカついているようだ。
男はへなへなとへたり込み、レイチェルの差し出した手を掴んだ。
「あ、あれ……あはは、腰抜けたみたい」
「……やれやれ」
ボサボサの髪、無精髭、片眼鏡を付けた三十代ほどの男だった。
緑色のローブを身につけ、身体がすっぽり隠せそうなリュックを背負い、腰にランプをぶら下げている。鉄パイプのような棒を杖代わりにした、学者風の男性だった。
男はへたり込んだまま自己紹介した。
「ボクはコクマ。レッドルビー王国考古学院の研究者さ」
「私はレイチェル。彼女はカグヤだ。さっそくだがいくつか聞きたいことがある。それと……会ったばかりで心苦しいのだが、水をもらえないだろうか」
「あはは。いいよ、っと……じゃあ、場所を変えようか。この鉱山跡地に作業員の休憩所があったはず。そこの水源はまだ生きているはずだ」
「さっすが現地民、ってことでいいの?」
「うん。ここには何度か調査に来てるからね」
コクマはリュックから水の瓶を二本取り出し、レイチェルとカグヤに渡す。
「きみたち、旅人かい? かなり軽装だけど……水も持たずにこの『ジャランダーラの神森』に踏み込むなんて、上級冒険者でもしないよ」
「ジャランダーラの、しんりん?」
「え、知らないのかい? ここはレッドルビー王国の中にある独立国家、ジャランダーラの森人が管理する森だよ……って、レッドルビー王国民じゃないならわからないか」
「……詳しく頼む。私たちの状況も説明しよう」
「んー、なんか大変そうだね。わかった」
レイチェルとカグヤ、そしてコクマは、鉱山跡地の休憩所へ向かった。




