BOSS・ヘカトンケイル
カグヤは八本腕の魔獣相手に真正面から突っ込む。
対する八本腕の魔獣。こいつの身長はカグヤの三倍はある。いくら腕が八本あってもできることは限られている。例えば、腰をかがめて叩き潰すとか―――。
「見えてんのよっ……どぉらっ!!」
カグヤを捕まえようと、八本腕の魔獣は腰をかがめて手を伸ばす。だがカグヤはそれを読んでいた。
この魔獣にとってカグヤは単なるエサ。戦うというか『捕まえて食す』程度の物だろう。
だから、隙もある。
カグヤは八本腕の魔獣が手を伸ばした瞬間を狙い地面を蹴る。そして、隙だらけの腹部めがけて上段の前蹴りを喰らわせた。
「っく……硬ぁ」
『ンン~~~? ハハァ?』
八本腕の魔獣はニヤリと嗤う。
カグヤはすぐに足を引っ込めて身を屈め、八本腕の魔獣の股間をスルリと抜けて隙だらけの背後へ。
そのまま全力で股間を蹴り上げた。
「神風流、『玉砕』!!」
『ピギィェッ!?』
「うわっ……」
八本腕の魔獣がピーンと立ち上がる……ああ、あいつも『玉』は弱点なのね。なんか俺もちょっとだけ同情しちゃうよ。
『オッフォォォォーーーッ!? ホウッホウッホウゥゥッーーーッ!?』
「隙アリっ!!」
八本腕の魔獣は二本の手で股間を押さえポンポン跳ねる。
カグヤは飛び上がり、八本腕の魔獣の首……延髄を狙った蹴りを繰り出した。
「神風流、『凪打ち』!!」
ズッパァァン!! と、とんでもない音が響く。
この技、俺に喰らわせた時と威力が桁違いだ。まともに喰らったら首の骨が砕ける。鋭さもあるから、鍛えていない首だったら千切れ飛ぶ威力だ……怖っ。
カグヤも、足技には自信があったんだろう。
「―――っ!?」
『…………』
だから、ノーダメージだとは思わなかったんだろうな。
八本腕の魔獣は股間を押さえていた手を離し、首にヒットしたカグヤの足を掴む。そして、ゆっくりと振り返った。
『…………』
それは、怒りだった。
青筋が浮かび、牙の生えた歯をギリギリと食いしばる。
カグヤも感じ、俺も感じた。
こいつ、カグヤを『エサ』ではない。排除すべき『敵』と認識した。
だが、足を掴まれたカグヤは嗤う。
「ようやくやる気になった?……アタシを『エサ』にしようなんて、舐めんじゃねーわよ」
『ギギギ……ッ!! グオォォォォォァァァァァッ!!』
八本腕の魔獣はカグヤを地面に叩き付けようと振りかぶる。
それを読んでいたのか、カグヤは掴まれた片足を『膨張』させる。片手では握れないサイズになった足は八本腕の魔獣から離れ、一瞬で元のサイズに戻したカグヤは空中で体勢を変え着地。再び構えた。
「楽しくなってきた!! フレア、邪魔したらアンタも敵とみなすからね!!」
「はいよ……ったく、手はいらねーな」
俺は『呪炎弾』をいつでも撃てるように右手を構えていたが、手を下ろした。
◇◇◇◇◇◇
「……ん?」
八本腕の魔獣が、妙な行動を始めた。
右腕の一つを左手で掴み、左手の一つを右手で掴む。
カグヤとフレア、剣を抜いてニーアを守るレイチェルと荷台の窓からこっそり様子を窺っていたニーアはその様子を見る。
そして、信じられない光景を見た。
「な……」
「おいおい、なんだこいつ」
カグヤとフレアは思わず呟く。
八本腕の魔獣は、自ら左右の腕を引き千切り、そのまま地面に投げつける。そして……転がった腕の切断面の肉が盛り上がり、妙な形に形成されていく。
「ひ、ひっ……」
「……坊ちゃま、見てはいけません」
ニーアは真っ青になり、レイチェルは冷や汗を流し震える。
八本腕の魔獣が投げた腕は、パースの狂ったバケモノへ変化した。
右腕の魔獣は右腕だけが巨大で、足があり左腕もある。左腕も同様に、左腕だけが巨大なバケモノになった。
八本腕の魔獣というと……失った左右の手がボコボコと盛り上がり、まるで最初から手を失っていないような状態へ。
これにはフレアも舌打ちをする。
「カグヤ!! 惚けてないで行け!!」
「ッ!!」
「再生するってことは、この小さなバケモノをいくらでも生み出せるってことだ!! さっさと本体を仕留めちまえっ!!」
「チッ……」
カグヤは八本腕の魔獣に向かって走り出す。同時に、『分離した手のバケモノ』もカクカクした動きで走り出した。
狙いはカグヤ。そしてフレア!!
手の魔獣はカグヤをすり抜け、なんとフレアに向かっていく。
「フレア、任せる!!」
「ああ!!」
フレアも構えた。
手から炎を出そうとし……舌打ちをして堪える。
フレアの炎も万能ではない。密集地やジャングルなどで使えば大火災を引き起こす恐れがある。なにせ、燃え移ればフレアですら消火はできないのだ。
フレアの実験では、自分の意志で燃やした物は消火することができる。だが、大規模な火災や燃え移った物の火は消火することができなかった。
つまり、手の魔獣を燃やすことはできるが、手の魔獣を燃やすことでジャングルに火が付いた場合、フレアに消火はできない。この場合は水による真っ当な消火しか方法がないのだ。
なので、フレアは両拳に呪力を乗せた。
「滅の型、『烈丸』!!」
滅の型。
防御主体の甲の型、流しが主体の流の型、呪術が主体の蝕の型とは違う、攻撃技が主体である。
フレアはカクカクした動きで迫る手の魔獣の一体に、正拳、肘打ち、回し蹴りのコンボを喰らわせる。すると、身体強化の呪いで強化された一撃は手の魔獣を容易く吹っ飛ばした。
「よし、弱い……って、おいカグヤ!!」
「うっ……さいなぁっ!!」
なんと、手の魔獣が増えていた。
二体だったのが六体になっている。なぜなら、八本腕の魔獣がカグヤと戦いながら腕を千切っては投げ、千切っては投げているのだ。
カグヤと言うと、八本腕の魔獣に決定打を与えられず、目に見えてイライラしていた。
「はぁっ!!……くそ、フレア!! こっちを!!」
「やっべ!! 今行く!!」
レイチェルの周りに、手の魔獣が数体群がっていた。
だが、救援に向かおうとするフレアの前にも手の魔獣がたちはだかる。
「滅の型、『疾風迅雷』!!」
移動しながらの連続攻撃で手の魔獣を撃破。レイチェルも手の魔獣を数体倒すが……遅かった。
『ブルッヒヒィィーーーンッ!!』
『ブルルルルッ!!』
「わ、わ、わぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
「坊ちゃま!!」
「ニーア!!」
手の魔獣に驚いたラキューダが暴れ、ニーアを乗せたまま走り出したのだ。
本気を出したラキューダの速度は人間に追えるものではない。
すぐにレイチェルが追おうとするが、手の魔獣が立ちふさがる。
「どけぇぇぇぇぇぇっ!! 坊ちゃま、坊ちゃまぁぁぁぁぁっ!!」
「あーくっそっ!! おいカグヤ!!」
「なによっ!!」
カグヤは八本腕の魔獣と戦っている。
フレアは、全力で叫んだ。
「ここは任せる!! レイチェル、ニーアは俺に任せろ!!」
「なっ……」
フレアは近くの木に巻き付いた蔦を掴み、あっという間に樹に登る。
ニーアを乗せたラキューダは、まだそう遠くない。
レイチェルも追おうとするが……手の魔獣が立ちふさがる。
レイチェルは思いきり歯軋りをして……フレアに言った。
「……坊ちゃまを、頼む!!」
「おう!! 先行ってるからな!!」
フレアは、全力で跳躍した。




