第七皇子ギーシュの思惑
ブルーサファイア王国。
第七王子ギーシュの別荘に滞在するプリムとアイシェラは、冷たいアイスティーを飲みながら話をしていた。
話し相手はもちろん、この別荘の所有者であるギーシュであり、最近は毎日のように手土産を持って二人のもとへ……正確にはプリムのもとへやってきた。
「プリマヴェーラ、何か不自由はしていないかい?」
「ええ、大丈夫。心配してくれてありがとうございます」
「そっか……それと、きみの新しい住所と各種登録手続きはなんとか目処が付いた。後は、彼が約束を果たしてくれれば……きみは新しい人生を始められる」
「……うん」
「済まない。男同士の約束だからね……彼が弟を送り届けたことを確認したら」
「わかってます。ギーシュ……あなたは真面目だから」
「あ、あはは……兄上たちからは不器用って言われてるけどね」
頬をポリポリ搔きながら苦笑する少年ギーシュ。
真面目で優しく、行く当てのないプリムたちにいろいろしてくれている。新しい住所があれば個人の登録ができるし、『プリム』として新しい人生を始められる。
もし住所がなければ住所不定となる。王国が管理する個人名簿に名前は載らず、浮浪者と変わらない。ホワイトパール王国で死亡扱いとなっているプリムは何者でもない。死者が彷徨っているようなものだ。
プリムは胸を張って生きると決めた。なら、正々堂々と前に進むため、新しい名前がどうしても必要だった……この辺りは真面目だ。
フレアがニーアを送れば、ギーシュの依頼を果たしたことになる。
「そう言えば気になっていた……隠し子と言える第八王子の存在、そしてその存在を隠蔽しレッドルビー王国に送り届けるという命令を、どうして貴様が受けたのだ?」
「ちょ、アイシェラ口調、口調!!」
「あはは、別に構わないよ。その答えは簡単……あまり仰々しく動くとまずいからね。第七王子って弱い立場だけど父上からの信頼が厚いボクだから選ばれたんだ。兄上や姉上たちももちろん知ってる……第八王子ニーアは王位継承権を放棄させたうえでレッドルビー王国に送ったから、もうブルーサファイア王国とも関係ないし、よほどのことがない限り狙われることもない。でも……」
ギーシュは少しだけ考え込む。
プリムとアイシェラは首を傾げた。
「ニーアの祖父、そして母親……個人情報が書き換えられた形跡があったんだ」
「え? それって……」
「うん。ニーアの身元を調べたときにわかったんだけど、彼の祖父はレッドルビー王国で鍛冶屋を営んでて、母親は踊り子だった……となってる。でも、レッドルビー王国の個人情報局に問い合わせて確認したら……どうもきな臭い」
「……どういうことだ?」
「恐らくだけど、ニーアの母親と祖父は一般人じゃない……と、ボクは睨んでいる。これはボクしか気付いていない情報だけどね」
「ほ、報告はしないのですか?」
「……非情だけど、ニーアはもうブルーサファイア王国とは関係ない。調べて余計な火種を抱えるのは、ブルーサファイア王国としても望まない」
「……賢明な判断だ。姫様、こいつの言うことは間違っていませんよ」
「でも、フレアは……フレアは、大丈夫なのでしょうか?」
プリムは、手をギュッと握りしめていた。
◇◇◇◇◇◇
別荘から出たギーシュは、護衛も付けずに城下町を歩いていた。
「フレア、か……」
プリムの気持ちは、この場にいないフレアに向いていた。
何度訪問しても、お土産を持っていっても、楽しい話をしても、プリムは心の底から笑顔を見せてくれなかった。
その理由は……許嫁としての自分ではなく、ほんの少しの時間を共にしたフレアに気持ちが向いているからだ。
「…………」
面白くない。でも……ギーシュはそれでいい。
先程の話の中で、ギーシュは1つだけ言っていないことがある。
ギーシュは、港にある古ぼけた物置小屋の中に無造作に入った。そこには、真っ黒に日焼けした男が、まるで待ち構えていたかのようにいた。
「……どうだい、わかった?」
「ああ、情報通りだ。レッドルビー王国では内戦が起こる。国民には知られていないが、ホワイトパール王国と同じ……次期国王を狙った王位継承権者同士の小競り合いがすでに起きている」
「そっか……ふふ、家族や兄弟同士で仲良くすればいいのにね」
ギーシュは古ぼけた椅子に座る。
日焼け男も座る。
「レッドルビー王国に送った書状の回答は?」
「まだだ。だが、かなり効果はあるだろう……失踪した第十二王女が生きてブルーサファイア王国で暮らし、その息子をレッドルビー王国に返還する、とはな」
「内紛のことなんて知らないからね。堂々と書状を送って回答を待てばいい……くく、きっと王位継承権者は驚くよ? 失踪した第十二王女がニーアの母親で、彼女が生きて子供まで作っていたなんて思いもしないだろうから。それに、ニーアの家を捜索したらレッドルビー王国の押印が押された古い身分証と指輪が出てきた。証拠としては十分だろうね」
「これでニーアも王位継承権を持つに値する資格者ってことかい。ホワイトパール王国と違ってレッドルビー王国は血の気の多い連中ばかりだ。今は国民に知られていないが、レッドルビー国王が死ねば武力による争いなんてすぐに起きるぞ」
「構わないよ。ブルーサファイア王国が介入することはあり得ないしね。それに……レッドルビー王国に着けば迎えが来るはずだ。ニーアの祖父……ううん、王位継承権者を亡き者とする刺客がね」
「怖い怖い……」
これが、ギーシュの裏の顔だった。
ニーアの母親はレッドルビー王国の王族。失踪したと言われている第十二王子だった。
失踪の原因は不明。だが、ブルーサファイア王国のバーで踊り子をしていたのは事実。そこでギーシュの父である国王と出会いニーアを身籠もった。
ブルーサファイア国王は、ニーアの母親がレッドルビー王国の王族であることは知らない。ブルーサファイア王国でこのことを知っているのはギーシュのみ。
レッドルビー王国の王が病に伏し、兄弟たちによる王位継承権者同士の小競り合いが起きていることもギーシュしか知らない。
ちょうどホワイトパール王国と似たような状況だが、血の気の多いレッドルビー王国の王族では、すぐに大規模な内戦となるだろう。
そこに、堂々と手紙を送って知らせたのだ。失踪した第十二王女の子ニーアを送ると。
内紛のことは当然知らない。ただ、失踪した第十二王子の子をブルーサファイア王国で保護したので返還すると。
返ってきた返事は、『感謝する』だった。
誰からの返事かわからない。恐らく、王位継承権者の誰かのものだろう。影響力がないとは言え、王位継承権を持つニーアは邪魔になるはずだ。
ギーシュは椅子にもたれ、日焼け男に言う。
「いいタイミングだったよ。恐らくだけど、国王はニーアが戻るまで保たない。次期国王が選ばれる前にニーアが登場すれば王戦は荒れに荒れる……そうなる前に始末にかかるはずだ」
「それで?」
「フレア。あいつがニーアを守るはず。レッドルビー王国に喧嘩を売る可能性は高い……いくら彼が強くても、一国相手に喧嘩を売って勝てるわけない。間違いなく死ぬだろうね」
「…………」
「後は、悲しむプリマヴェーラを抱きしめるだけ……」
「おいおい、女一人を手に入れるために、国そのものを利用しようってか?」
「ああ。そうだね……さて、キミには監視を任せるよ。キミの『能力』ならそれができる。高い金払ってるんだから、よろしくね」
「はいよ。ったく、人使いの荒い坊ちゃんだぜ」
日焼け男は立ち上がり部屋を出る。
残されたギーシュは暗い笑みを浮かべた。
「ふふ、楽しくなってきた……手紙一つで国を混乱させるなんて、ボクってやっぱりすごいなぁ」
誰もいない部屋で、ギーシュはクスクスと嗤った。
◇◇◇◇◇◇
「にゃるほど……ま、そんなことだろうと思ったにゃん」




