カグヤのお話
「白いわんこ、可愛いねぇ~」
『きゅぅぅん』
カグヤは、荷台の屋根の上でシラヌイを抱っこしていた。
カグヤを仲間に入れてラキューダが走ること数時間。荷台の屋根という俺の休憩所は奪われ、俺はひたすら走って砂漠を進む。
ニーアは暑さでグロッキー、レイチェルも汗を流しながら手綱を握り、ぬるくなった水を飲んでいた。
ラキューダは順調に進んでいる。俺は走りながら聞いた。
「なぁレイチェル、次の町はまだか?」
「あと二日もあれば到着する」
「じゃあ今日も野営か……はぁ、どっかに砂豚潜んでねーかな」
「砂豚! アタシ、砂豚の肉大好き!」
カグヤがガバッと屋根から身を乗り出す。
レイチェルはうっとうしそうに言う。
「そう簡単に出てたまるか。砂豚の討伐レートはB、一級~上級冒険者でないと対処できない魔獣だぞ」
「俺、余裕だったけど」
「アタシも、二十匹くらいに囲まれたことあるけど返り討ちにしたわ」
「…………」
カグヤはうつ伏せになり足をパタパタさせる。
俺はカグヤに言った。
「おい、そろそろお前が走れよ」
「やーよ。汗かくもん」
「こんだけ暑いなら汗かくだろ……ったく、汗かいたら着替えりゃいい話だろうが」
「アホねぇ。水資源の少ない砂漠を横断するのに着替えは必需品よ。無駄な汗は流さないにかぎるわ」
「じゃあ俺も座らせろよ……別に一緒に座るくらいいいじゃん」
「嫌」
「…………」
こ、この野郎……。
プイっとそっぽ向くとシラヌイに構い始め、俺のことはもう無視だ。
レイチェルは水を飲み、手ぬぐいで汗をぬぐう。
「暑いな……おい、坊ちゃまの様子を確認しろ」
「おう」
俺は荷台の側面に飛びつき、窓から中にいるニーアを見た。
手ぬぐいで汗をぬぐい、ハァハァと息を荒くしている。
「おい、大丈夫か?」
「あ、フレアさん……あ、あちゅいですぅ」
「砂漠だしなぁ……すっげぇ汗だぞ」
「えへへ……手ぬぐい、びちゃびちゃです」
「こりゃ痩せる…………あ、いいこと考えた。ニーア、手ぬぐい貸せ」
「は、はい」
ニーアが差し出した手ぬぐいを受け取る。
確かに汗で濡れて重い。でも、これなら……。
「第二地獄炎……よし、これなら」
「わぁぁっ!」
手ぬぐいが蒼い炎に包まれ、汗が凍り付いてカチカチに固まった。
水分を凍らせる炎だ。しかもキンキンに冷えている。これならどうだ?
「ほれ、どうぞ」
「わぁ……ひんやりして気持ちいいですぅ!」
「よかった。溶けたらまた凍らせるから言えよ」
「はい! ありがとうございます!」
とりあえず、暑さ対策にはなるだろう。
俺はレイチェルの隣に座る。
「おい、私の隣に座るな」
「はいはい。それよりちょっと貸してみろ」
「な、なんだ貴様!」
レイチェルの汗だく手ぬぐいを奪い、新しく開けた水の瓶に巻く。そして手ぬぐいを蒼い炎で凍らせてみた……うん、これなら水も冷えるだろう。
「ほれ、飲むなら冷たいのがいいだろ」
「…………」
「ニーアの手ぬぐいも凍らせたから安心しろ。手綱を握るお前が倒れたら困るからな」
「…………」
「な、なんだよ」
「いや……その、礼を言う」
「おう」
レイチェルは冷えた水を飲むと、少し元気が出たようだ。
ついでに荷台の屋根を見ると……。
「くかー……」
『きゅぅ……』
カグヤとシラヌイは、この炎天下の中で仲良く昼寝していた。
◇◇◇◇◇◇
結局、砂豚は現れなかった。
適当な岩場で野営をして、乾燥させた肉と野菜のスープを夕食にした。
カグヤはブーブー文句を言っていたが、ないモノは仕方ない。
「砂ぶたぁ~」
「仕方ねーだろ。あるモンで我慢しろよ」
スープを啜りながらカグヤに言う。
ったく、ニーアを見習えよ。美味そうにスープを啜ってるし、乾燥肉を齧るシラヌイを撫でている。
レイチェルはどうでもいいのか、スープを完食するとニーアの寝床の支度を始める。
ニーアは食器を砂で洗い、俺とカグヤは周囲の偵察に出た。一応、カグヤもニーアの護衛という扱いで同行しているからな。これくらいはさせる。
「ではお前たち、後は任せるぞ」
「おう」
「ちょ、あんた寝るの? アタシは」
「俺とお前は交代で夜警だ。こういうのは護衛の仕事」
「はぁ!? じゃああいつは!?」
「レイチェルは護衛じゃなくて世話係……だっけ? だからいいの」
「一緒に寝るのが世話係の仕事!? あいつぜ~~~~ったいニーアに変なことするわよ!!」
「…………まぁ確かに。でもいいんだよ」
カグヤ、うるっせぇな……レイチェルが夜警をしないのが気に入らないようだ。
レイチェルは勝ち誇ったように言う。
「では坊ちゃま、私と熱い夜を過ごしましょうねぇ~♪」
「うぅ……一人で寝れるのにぃ」
「シラヌイ、ニーアがヤバくなったらレイチェルを燃やせ」
『わんわんっ!!』
「ぐ……この白犬め」
ニーアとレイチェルとシラヌイはテントへ。ラキューダはすでにグースカ寝ていた。
さて、残されたのは俺とカグヤ。
「じゃ、夜警するか」
「アンタと一緒かぁ……なんか嫌」
「やかましい」
ったく、めんどくせぇ女だな……。
◇◇◇◇◇◇
「…………」
「ねぇ、なんか面白い話ない?」
「んー?」
「面白い話。アンタの話でもいいよ」
カグヤは、なぜか俺の隣に座っていた。
女らしくない胡坐で座り、俺の腕を肘でつつく……めんどくせぇな。
ま、旅をする仲間だし……俺の事情でも話しておくか。
「────マジ? 千年前って……あ!! 思い出した、呪術師って天使に喧嘩売って滅んだ種族!!」
「その辺のことよくわからんけど……ま、俺は呪術師だ」
「格闘技使う呪術師ねぇ」
「ま、武器術とか魔術もあったけど、俺は徒手空拳を習った。甲種の三級認定しか受けてないけどな」
「ふーん。ってか、触れただけで呪われるってズルい! アンタに殴られたら呪われるってことでしょ?」
「まぁな。お前も身をもって知ったろ? どんなに強くても内臓は鍛えられない」
「……おっそろしいわね」
カグヤは嫌そうに顔を歪める。
「それにしても……天使を倒したってマジ? アタシでさえ天使に喧嘩売ったことないのに」
「事実だ。天使は強いけど、内臓は一般人と同じだな」
「うっわ……」
手をワキワキさせると、カグヤはそれだけで理解したようだ。
「階梯天使に十二使徒かぁ……すっごく強いんだろうなぁ」
「十二使徒はけっこう強いけど、階梯天使ならお前でも倒せるんじゃねーの?」
「そう? 階梯天使なんてよっぽどのことがないと現れないから」
「ふーん」
この辺、よくわからん。
まぁどうでもいいや。喧嘩売られたら買う、そうでない限りは俺から接触する気はない。
「ま、俺はこんなもんだ。お前は?」
「アタシ?」
「ああ。足技とか能力とか、すっげぇよな」
「ふふーん。まぁ、同期の中でアタシに勝てる奴はいないわね。神風流の皆伝、そして『銀狼』を名乗ることが許されたから」
「銀狼……?」
「うん。アタシ、孤児なんだけどね、神風流のアタシの師匠が、アタシの髪を気に入って弟子にしてくれたの。カグヤって名前も付けてくれた」
そう言って、カグヤは空……月へと指さす。
「月の国のおとぎ話に、カグヤヒメってのが出てくるの。銀色の美しい月に住む王妃の名前がカグヤ、お前の髪は月のように美しいって……だからカグヤ」
「へぇ……」
カグヤは嬉しそうにほほ笑んだ。
「神風流の皆伝を受けて、銀狼を名乗ることを許されて……師匠は死んだわ」
「死んだ?」
「うん。殺された」
「え」
な、なんか重い話になってきた。
「犯人はわかってる。でも……今のアタシじゃ届かない。だから強い奴を片っ端から倒して強くなる」
「お前、だから盗賊だの冒険者だの喧嘩売ってたのか」
「うん。レッドルビー王国にはもうアタシを満足させることはできない、そう思ってたときに現れたのがアンタ……これ、運命じゃない?」
「そうか?」
「そうよ。まぁそういうことで、アンタに付いていけば天使とも戦えるってわけね」
「いや、知らん」
「じゃ、アタシ寝るから。おやすみー」
すっごい終わらせ方だなおい。いきなり話終わったぞ。
カグヤはテントの中へ消え……ちょいまて、夜警。
「…………まぁ、いっか」
結局、カグヤは朝まで起きなかった……俺一人で夜警かい。




