地獄の炎
長ったらしいプリムの説明が始まった。
一応最後まで聞いたけど、かなり面倒なので簡潔にまとめる。
「つまり、ホワイトパール王国の七番目に生まれたお姫様で、王様の後継者の一人ってわけか。んで、後継者争いが嫌で後継者を辞退して国を出たけど、他の後継者の兄だか姉があんたの命を狙って手をまわしたのが、さっきの男たち……ってことね」
「そ、そう! そうですわ」
「おい貴様! 姫様のありがた~い説明を簡潔にまとめるな!!」
「だって話長いんだもん……」
女騎士アイシェラは、プリムが幼少期からの付き合いみたい。
そういえば、聞いてなかったな。
「プリム、今いくつ?」
「え? 十六歳になりましたわ」
「なんだ。同い年じゃん。アイシェラは?」
「貴様、私の名を軽々と呼ぶな!」
「アイシェラは十七歳。いっこ違いなので姉みたいな存在なの」
「十七……」
「なんだ貴様、文句があるのか」
まずプリム。
長い金髪に羽を模した髪飾りを付け、森の中には不釣り合いな桃色のドレスを着ている。
アイシェラは、長い黒髪をポニーテールにして、銀の鎧と剣を装備していた。
なんというか……目立つな。
「アイシェラの黒髪、綺麗でしょ? 私が『長く伸ばして』ってお願いしたらずっと伸ばしてくれているのよ?」
「私は姫様の剣……どんなプレイにでもお応えします」
「ありがとう。でも気持ち悪いことをたまーに言うのがうっとうしいわ」
「うっ……ふぅ。おい貴様、なにを見ている」
「いや別に……あんた、ちょっと気持ち悪いな」
「なんだと貴様!!」
プリムはともかく、アイシェラは気持ち悪い。
というか、女の子か……村に住んでた時にもあんまり会わなかったな。先生の指導を受けてたのは俺だけだし、他の子供は別の呪術師の指導を受けてた。
俺は『出口どっちだ?』を追いながら、プリムに聞いた。
「プリム、あんたはどこに行くんだ?」
「……西のブルーサファイア王国へ向かいます。孤島のブルーサファイアなら、ホワイトパール王国も手は出せないはず。仮に手を出そうとしても、最強の海軍部隊があるブルーサファイアには勝てないはず。それに……」
「それに?」
「ブルーサファイア王国には、私の婚約者がいます。彼ならきっと……」
「へー、婚約者なんているんだ。すごいな」
「い、いえ……その、お断りしたのですが」
「あの海ザル、姫様姫様とやかましい……私が闇討ちして」
「アイシェラ!!」
なんか複雑そうだな。
ま、いいや別に。
「じゃ、そこまで護衛するよ。ウミ?ってなんだか知らないけど、面白そうだ」
「え? あなた、海……ああ、呪術師の村から出たことがないのなら仕方ないですね」
「ああ。二度目の人生、今度は自分のために生きるって決めたからな。世界を回っていろいろ見てみたいんだ」
「…………」
プリムは、眩しいモノを見るように俺を見ていた……気がする。
俺のせいで、呪術師たち、村のみんなが死んだのかもしれない。でも……先生はきっと、俺を恨んでいない気がする。
俺を生贄にしようとした先生は泣いていたし、俺が地獄門の炎を喰うなんてきっと知らなかったはずだ。
「なぁ、プリムが知ってることでいいからさ、この世界の常識を教えてくれよ!」
「……はい! 私とアイシェラにわかることなら」
「え、わ、私もですか!?」
「ええ。これからご一緒するんですもの。仲良くしないと!」
この世界を見て回る。
それがとっても難しいことだと、今の俺はわからなかった。
◇◇◇◇◇◇
歩くこと一時間弱。
「お、出口だ」
「な、なんだと……し、信じられん。踏み込んだら二度と出られない死の森を、こうも簡単に脱出するとは」
アイシェラが驚くけど、別に大したことない。
それより、これからどうするかだな。
「なぁ、夜はどうする? 野営でいいなら準備するけど」
「バカを言うな。この近くに村がある。今夜はそこで休むぞ」
「村……いいね、俺、故郷以外の村に行ったことない」
「ふふ、フレア様は楽しそうでいいですわ」
「あのさ、様ってやめてよ。フレアでいいって」
「で、ですが……殿方を呼び捨てなんて」
「いいから」
「……は、はい。フレア」
「っく、姫様に辱めを……貴様、覚えていろ」
「いやなんで? 呼び捨てくらい普通じゃね?」
意外と楽しいな。
村では先生以外と喋らなかったけど、こうして誰かと喋りながら歩くのって初めてだ。楽しいし、会話が弾む。こんなの先生以外じゃ知らない。
すると、アイシェラが止まる。
「姫様、動かないで」
「あ、アイシェラ?」
「おい、お前」
「わかってる。俺がやるよ」
街道の茂みから、三匹の小鬼が現れた。
こいつは知ってる。ゴブリンだ……村の近くでもよく出たな。
「俺がやるよ」
拳をパンと打ち付け、試すことにした。
俺の中に、地獄の炎が刻まれているなら……燃えろ。
すると、全身から真っ赤な炎が吹き荒れた。すごいなこれ、服とか武器は燃えないし、全然熱を感じない……でも、勢いよく燃えてるのがわかる。
「あれが地獄の炎……世界を焼き尽くすと言われた、地獄門の炎」
「火属性の魔法でもあんな真似はできん……やはり、あいつの言ったことは真実なのか」
俺は先生から習った『呪闘技』の構えを取る。
呪術を四肢に乗せて放つ、呪術師にしか使えない格闘技。
拳に呪いを乗せて殴れば、服の上や鎧の上からでも通る。俺の場合、『下痢』・『胃潰瘍』・『内出血』・『頭痛』・『体温上昇』の呪いを四肢に付与することが多い。他にも禁術がいくつかあるけど、先生に使用を禁じられていた。
森で男たちに使ったのは『下痢』と『胃潰瘍』。手加減したから数日で治るけど、本来はもっと重い呪いを乗せて使うのが正しい。
「ギャッッギャ!!」
「行くぞ」
俺は地面を蹴り、一瞬でゴブリンの懐へ入り、鳩尾を思いきり殴る。
二匹目はハイキックで顔面を潰し、三匹目は背後に回って首をへし折った。
この間4秒……遅い。先生の目の前で同じことをやったらゲンコツが飛んでくる遅さだ。でも、呪いでなく炎を乗せて殴ったので、ゴブリンは跡形もなく燃えてしまった。
「し、信じられん速さだ……魔法的な補助もなしに、身体能力だけであそこまで」
「すごい……やはり、フレアを雇ったのは正解でした」
なんか驚いてるな。
俺としては、まったく本気じゃないんだけど。
「よし、終わり。つーか弱すぎて実験にならない……炎を使いながら実験するか」
地獄門の炎、使いこなせばかなり強大な力だ。