カグヤ
「あ、俺戻らないとやばいな」
「え?」
「俺、護衛なんだよ。ニーアの傍から離れるとやばい」
「ニーア?」
「悪い。お前との戦いはまた今度。じゃーな」
「あ、ちょっと!!」
銀髪女が着替えを始めている間、俺は気がついた。
よく考えたら、こんなことしてる場合じゃない。ちょっと様子を見に来ただけなのに、もう五分以上経過している。怪しい気配は感じないけど、あまり空けるのはよくない。
俺は自己強化の呪いで身体強化をして、オアシスから離れた。
「あんた、名前は────」
銀髪女が何やら叫んでいたが、答えるのも面倒なので無視。
ま、なんとなくだけど……また会えそうな気がする。
少し急ごうと、身体強化だけではなく足から炎を噴射、ほんの一分ほどで野営地に戻った。
「……よし、異状なし」
周囲を警戒するが、怪しい気配はなし。
テントの中も静かだし、ラキューダもフガフガ言いながら寝てる。
俺は焚火の近くに座り、さっきの女のことを思う。
「…………うーん、なんか引っかかるな」
銀髪の女。
それにしても、見事な足技だった。俺も足技は習ったけど、たぶんあの女のが数段上だ。
炎を使えば勝てる。でも……武闘家として勝負してみたい。
盗賊とか天使とか、クソみたいな連中なら容赦なく炎で焼ける。でも、あの女……ほんの少し触れあっただけでわかる。『武』に対して自信を持っている姿勢が。
「…………」
うーむ。ムラっとする……なんか、無性に身体を動かしたい。
「よし、少しだけ」
俺は立ち上がり、呪闘技の構えを取る。
甲の型、流の型、滅の型……先生から教わった型で演武を行う。
そして、考える。
「足技……流の型で流し、滅の型で一撃。それか流の型でカウンターを狙い……」
ほんの少し対峙しただけだがわかる。
たぶん、あの女……足技ならできないことはない。俺と同い年くらいなのに達人級の技を会得しているな。
呪闘流の甲種三級の俺で勝てるか……はは、こんな気持ちになるのは久しぶりだ。
「待て、流の型で……いや、甲の……うーん」
この日、俺は朝まで悩んでいた。
◇◇◇◇◇◇
「ふぁぁ……」
「フレアさん、夜遅くまでありがとうございます」
「ん、あぁ……いいってことよ」
町で買った干し肉と野菜のスープを飲みながらニーアが言う。
結局、一睡もせずに型の反復をしてた。眠いけど朝食をしっかり食べる。
ニーアは、心配そうに俺を見る。
「あの、大丈夫ですか? なんだか目がしょぼしょぼしてます」
「ちょい眠いだけだ。なぁレイチェル、少しだけ寝ていいか?」
「好きにしろ。ただし、貴様の寝床は荷台の屋根だぞ」
「べつにどこでもいいよ。じゃ、テントの片付けと出発準備は任せっから……」
そう言って、俺は荷台の屋根に飛び乗って寝る。
近くにオアシスがあるのになんでここで野営したとか、昨日の夜に銀髪の女と会ったこととか、話すことはあったが俺は寝た。
途中、荷台が揺れて走り出す気配を感じたが俺は無視。そのまま太陽の光を浴びながらグーグー寝る。
「これだけ揺れても寝ているとは……全く、図太い奴だ」
「くかー……」
「あはは。ねぇレイチェル、町はまだ?」
「あと二日ほどの距離にオアシスの町があります。そこで再び装備を整え、オアシスジャングルを抜け、大砂漠を進むと『レッドルビー王国』が見えます。そうですね……目的地まで二週間ほどです」
「二週間かぁ……」
「坊ちゃま。私は坊ちゃまに付いていきますよ。これからもずっと」
「レイチェル……ありがとう!」
「きゃわぇぇなぁもう!!」
なんかうるさいな……ああ、レイチェルが盛ってんのか。
「なぁ、そういえばさ……昨日の夜、すげぇ奴に会ったんだ」
「フレアさん!! 起きたんですね」
「おう」
俺は屋根から顔を出す。ニーアは、荷台の正面小窓を開けてレイチェルと話していた。レイチェルは俺を見るなり嫌そうに顔をしかめる。
「すごい奴? おい貴様、賊が寄っていたなど聞いていないぞ」
「今言ったからな。それに賊じゃないぞ、すっごい強い女だった」
「すっごい強い女、ですか?」
「ああ。長い銀髪でさ、真っ白な肌で足技を使う奴だ。いきなり襲われたけどなんとか引き分けた。ガチで戦ったらどうなるかわからん」
「……銀髪だと?」
レイチェルが訝しみ…………カッと目を見開いた。
「ま、待て貴様……確か、貴様が受けた依頼」
「あん?」
「特異種の討伐だ。マスル・マッスル氏から受けた依頼の特異種の特徴……確か、銀髪の少女じゃなかったか?」
「そうなのか?」
「依頼書を読め!!」
そう言えば、マスル・マッスルから紙の束もらったっけ。面倒で荷物のどこかに突っ込んだままだ。
ニーアが荷物をごそごそ漁り、押し込まれてボロボロになった依頼書を取り出した。
「えっと、とくい、しゅ……えっと、とく、ちょう、えーっと、ぎんいろの、おんな」
「どれ、貸してみろ」
「あぅぅ。まだうまく読めないですぅ」
ニーアは、読み書きを習い始めたばかりだから仕方ない。
ラキューダが止まった。どうやら俺が読んでいるから気を使ってくれたようだ……レイチェル、気が利くじゃん。
「えーっと、依頼内容は『五等冒険者カグヤの討伐』か。内容は、カグヤを殺すのではなく倒すのが目的、お灸を据えてやれ……お灸ってなんだ? で、カグヤの特徴は銀髪碧眼で十六歳……なんだ同い年じゃん。足技を得意とする特異種で、過去にSレートの魔獣を単独撃破したこともある。へぇ……Sレートってすごい」
銀髪碧眼で足技が得意な女。こりゃ決まり……ん?
「おい、どうしたんだよ。黙って……」
「……おい、前を見ろ」
「ふ、フレアさん……あれ」
「あん?…………あ」
ラキューダが止まったのは、俺が依頼書を読むためじゃなかった。
ラキューダの正面に人が立っていた。
「あ」
銀髪碧眼、足を覆うレガース、なぜか腕を組んで不敵な笑みを浮かべている。
「みーつけた……ふふん、アタシから逃れられると思ってんの? アンタ」
「あ、こいつだこいつ。昨日の素っ裸女」
「なぁ!? ばば、馬鹿なこと言うなこのアホ!!」
「バカなのかアホなのかどっちだよ」
「両方よこのアホ馬鹿!!」
なんだこいつ。暑いのか知らんけど顔を赤くして地団駄踏んでる。
レイチェルは俺に言った。
「いいか、戦うなら我々に被害が出ないようにやれ。坊ちゃまに危険が及ぶようなら、私は迷わず貴様を置いて逃げるからな」
「いいよ。っと」
俺は屋根から飛び降り、女の前に。
「昨日は悪かったな。わざわざここまで来てくれたのか?」
「別に? ここから町へ向かうなら安全なルートを進むと思って張ってただけ。このクソ暑い中、まさか荷台で寝てるとは思わなかったけどね」
「そうかい。で、戦うのか?」
「当然。アンタだってその気でしょ? アタシ、強い奴を見ると戦いたくなんのよ……今は、アンタに夢中」
「そりゃどうも……ま、俺も依頼を受けた身だし、お前を倒さないとな」
「依頼?」
「ああ。マスル・マッスルがお前にお灸を据えろってさ」
「……あの筋肉野郎」
俺は屈伸し、手をプラプラさせる。
寝起きだし、身体はバッチリ動く。
銀髪女も首を鳴らし、足をほぼ垂直に掲げた……すっげえ股間柔らかいな。
「じゃ、やろっか」
「おう」
俺は甲の型、銀髪女は半身で足を前にして拳を構える。
やっぱり、こいつは強い。だからこそ……楽しい。
「呪闘流甲種第三級呪術師ヴァルフレア」
「神風流皆伝七代目『銀狼』カグヤ」
互いに名乗る。
武闘家としての誇りを懸けて。
チリチリした空気が俺たちの間に流れる……。
「ッ!!」
「ッ!!」
俺とカグヤは砂地を蹴り────戦いが始まった。




