銀の女
「うん、めっぇぇぇぇ!! なんだこれ、砂豚めっちゃ美味ぇな!!」
「お、おいしいですぅ!!」
「確かに……シンプルに焼いて塩コショウを振っただけなのに」
砂豚の襲撃から数時間。俺たちは砂漠の岩場を休憩所にして休んでいた。
砂豚、なんとか一匹だけ残して倒した。倒すのは楽勝だったけど、殺さないように倒すのが大変だった……弱すぎてすぐに死んじゃうから、全滅させるとこだった。
レイチェル曰く、『砂豚はBレート魔獣……下級冒険者じゃ手も足も出ないはずだが』なんて言ってたが、俺からすれば雑魚も雑魚。
皮を剥ぎ、血抜きをして内臓を抜く、そして食べられる部分を斬って焼くだけ。それがこんなに美味いとは……ラキューダも喜んでガフガフ食べてるし、シラヌイなんておかわりしてた。
『きゃうぅぅん!!』
「はは、美味いってさ」
「そっか。よかったね」
『きゅぅぅん』
シラヌイ、ニーアが気に入ったのか傍にいる。俺の命令を聞いて守っているんだろうけど、やっぱり頭がいいなこいつ。
俺はシラヌイを軽く撫で、右手を反らして仕込み刃を出す。
「ニーア、おかわりは?」
「えっと、もうお腹いっぱいで……」
「じゃあ俺とレイチェルだけだな」
「待て、私は食べると言ってないぞ」
「いらないのか?」
「…………いる」
俺は仕込み刃で肉を切り、荷物の中から鉄串を出して肉を刺す。そして焼く。
ジュウジュウといい音がして、香ばしく脂の乗った香りが俺とレイチェルの鼻孔をくすぐる。
「「ゴクリ……」」
おっと、レイチェルと俺の喉が鳴った。
くふふ。世界にはまだまだ美味しいものがいっぱいある。この砂豚の肉もその一つ……あ、そうだ。世界中の美味しいものを食べまくる旅ってのもいいな。プリムとか『世界中の蛇が食べたいです!』とか言いそうだ……はは、面白い。
「おい、焦げてるぞ!!」
「あ、悪い」
やばいやばい。ちょっと焦げてしまった。
だが、この焦げが美味いんだよ。肉の焦げはご馳走だって先生も言ってたしな。
レイチェルに睨まれたが無視。焦げ肉を渡して齧る……うん、やっぱ美味い。
「む……」
「焦げも美味いだろ?」
「……まぁな」
俺とレイチェルは肉を完食。そして、ニーアが静かなことに気が付く。
「お、寝てる」
「きゃわぇぇ……だ、抱きたいぜぇ」
「おい、起こすなよ」
「ででで、でも、汗もかいたしお着換えしないと!! よ、夜は冷えるし一緒に寝てもいいよね!? だ、抱きしめてもいいよね!?」
「いいんじゃね? 俺が見張りするから。あと変なことすんなよ?」
「私を愚弄するか貴様!!」
「あーもううっさい……」
ニーアをレイチェルに任せ、荷台の近くに建てたテントに二人は入った。
シラヌイも一緒に付いていったので安心だ。ニーアに危機が迫ったらレイチェルを燃やすように言ってあるし。
ラキューダはいつの間にか寝てるし、俺一人になってしまった。
「呪業でもして鍛えるかな」
全身に負荷をかけ、筋力トレーニングをする。
肉体を呪うことで抵抗力を高めるのが目的だ。おかげで、俺の身体は毒が効かない。
「…………ん?」
ふと、妙な気配を感じた。
研ぎ澄まし、周囲を探る。
ラキューダの息遣い、パチパチと燃える焚火、テントの中から聞こえる衣擦れ……。
「…………」
もっと先を感じろ。
周囲の岩場、砂粒の擦れる音、ほんの少しだけ聞こえるのは……水音か。
目的地の先に水場がある。たぶん、一キロ以内……レイチェルの案内でこの岩場に来たけど、水場があるって知らなかったのかな。
「…………どうすっかな」
周辺に妙な気配はない。
夜行性の魔獣もいるらしいけど、少なくとも俺には感じない……たぶん大丈夫だな。
気配察知は夜戦において重要だ。先生との訓練で、闇に紛れた先生が落とす針の音を察知しろってのがあった……クリアまでかなりかかったけどな。
おかげで、集中すれば半径二キロくらいなら怪しい気配や殺気を感じ取れる。
「……少しだけ様子を見るか。一キロくらいなら数分で行けるし、確認して戻るだけなら五分も掛からない」
俺は立ち上がり、もう一度周囲を確認……うん、大丈夫。
屈伸し、足を曲げ伸ばし、手をプラプラさせ、呪符を一枚取り出す。
「光球」
呪符が燃え、小さな炎の玉が浮かぶ。
明かりと虫よけの呪術だ。ふわふわと浮き、俺の後ろを付いてくる。
「さーて、軽く見回るかね」
俺は呪力を足に込めて跳躍。
近くの岩場に飛び乗り、怪しい気配の場所まで走り出した。
◇◇◇◇◇◇
────ちゃぷ。
そんな水音が響いた。
「…………」
俺は、不思議な感覚にとらわれていた。
目の前には、小さなため池……えっと、オアシス?がある。
そこに、一人の人間がいた。
生まれたままの姿で水浴びをしているようだ。
月明かりに照らされた肌は青白く、身体の形で女だとわかる。髪はとても長く、月明かりで銀色に輝いている……なんだこの感じ。俺、おかしい……。
立ち尽くす俺。
そして、女がこっちを見た。そりゃそうだ……光球の光で明るいからな。
「…………」
「…………」
俺と女は、見つめ合う。
綺麗な青い瞳……ああそうか、そういうことか。俺……この子を『綺麗』って感じてるんだ。
少女は目を見開き、スッと細め────。
「────ッ!!」
近くの岩を蹴り砕き、浮いた岩の欠片を回し蹴りの要領で蹴り飛ばした。
岩の欠片は正確に俺の顔面へ。
「っどわっ!?」
首を捻って躱す。だが、光球に直撃して光が掻き消された。
やっべぇ、こいつ……俺を殺す気だ!!
女は片手で胸を隠す……なるほど、戦闘するのに手を塞ぐってことは。
「────はやっ」
一足飛びで俺のもとへ。
そうか、こいつ……足が武器!!
「っく────」
「!?」
顔面を狙ったハイキックをギリで躱す。
反撃、股間ががら空き────相手は片足立ち、チャンス。
だが、俺の思考よりも早く女は次の行動へ。まずい、こいつは初手から俺を殺す気満々、対する俺は初手から出遅れてる────!!
「神風流、『蛇絡み』」
「ぐわっ!?」
ハイキックの軌道が変わった。
顔を通り過ぎたと思った瞬間、軸足の位置を足指だけでずらし、膝関節で首を摑まれそのまま体勢を崩された。そしてそのまま俺の身体を両手で摑み、軸足の膝でボディを狙った膝蹴り────。
ここで、俺もようやく覚醒。
「この……っ!!」
「っ!!」
膝蹴りを右手で摑み、そのまま呪力を流そうとした。
だが女は俺の身体から全力で離れる。そして、互いに距離が開いた。
俺は甲の型で構える。相手は俺を強者と認めたのか、身体を隠すのを止めて構えた……こいつ、格闘技経験者、いや……かなりの使い手だ。
「…………」
「…………」
どうする。
たぶん、炎を出せば勝てる。
でも……武闘家としての俺が、それを否定している。
こいつと、格闘技だけで戦いたい。
ゴクリと唾を飲み込むと、同じような顔をした女が言った。
「ねぇ……仕切り直していい? あんた、滅茶苦茶強いでしょ……やるなら万全な状態で」
「……いいぞ」
先に仕掛けてきた女が構えを解く。
殺気が消えたのを確認し、俺も構えを解いた。
女は、俺をジーっと見る。
「なんだよ」
「あのさ、アタシ……女だけど」
「見りゃわかるっつの」
「……一応、見られてハズいって気持ちはあんのよ。あっち向け」
「あ、そっか。女は肌を見られると恥ずかしいんだっけ……」
「……変な奴ね。当たり前でしょ」
こうして、俺と銀髪の女は出会った……出会ってしまった。




