一方その頃
「…………はぁ」
「ひ・め・さ・まぁ~♪ ビーチに行きません? ハァハァ……み、水着で、姫様のポロリ、ポロリ……ブッファァーーーーッ!!」
「クソして寝ろ、ボケが」
プリムは、なぜか水着に着替えてまとわりつくアイシェラをリビングから叩き出す。
フレアが出発して十日ほどが経過。退屈な時間が過ぎていく。
退屈な時間というか、冒険に出たいのだ。家の中に引きこもり、ベタベタするアイシェラの相手と海を眺めるだけでは誰だって退屈になる。
ブルーサファイア王国、第七王子ギーシュの別荘は立派だった。
高台の上に建設され、崖下を下っていけば専用のプライベートビーチもある。
城下町に出向けば、プリムが知らない店やアクセサリーショップが豊富にある。もちろん外出は制限されているが、全く出れないというわけではない。
床に転がったアイシェラはゆっくり起き上がる。
「姫様、彼奴が心配ですか?」
「……心配というか、早く帰ってきてほしいです。一緒に冒険する約束もありますしね」
「ふぅ……姫様、よろしいですか?」
「なに?」
アイシェラは、水着のままプリムの隣へ。
「彼奴の帰りも待つのもいいですが……少しは気を抜かないと心を病んでしまわれますよ」
「え?」
「ホワイトパール王国から逃れ、制限付きですが自由を得たのです。第七王子ギーシュも心配されてましたし、少しは気を抜かれたほうがよろしいかと」
「…………」
「第七王子ギーシュは姫様のために住所を発行する手続きをしたり、『プリマヴェーラ』ではなく『プリム』として生きる準備をしておられます。彼を心配させることはしないほうがよろしいかと」
ギーシュは、プリムがホワイトパール王国と完全に縁を切る準備をしている。
住所を発行し、名前を変え、プリムが自由にどこでも行けるように手伝ってくれている。なんの後ろ盾も持たないプリムのために、元婚約者というだけでいろいろとやってくれている。
プリムは、ギーシュに甘えている自覚はある。
なら、プリムがギーシュにしてあげられることはあるのか。
「ギーシュ……そっか、心配かけてるのね」
「ええ。毎日海ばかりを眺める姫様を心配しておられました」
「私、自分のことばかり……フレアと冒険したいってことばかりで、ここまでしてくれるギーシュに、なんのお礼もしてない……最低ね」
「ならば、心配をかけないようにしましょう。元気なお姿を見せて」
「……うん」
すると、別荘の入口のドアがノックされた。
アイシェラが対応すると、そこにいたのはギーシュだ。
手にはバスケットを持ち、薄着の軽装で頬をポリポリ搔いている。
「や、やぁ」
「ギーシュ……?」
「あのさ、よかったら……下のビーチでも散歩しないかい? 今日は天気もいいし、潮風もすごく心地いい。いろいろ話したいこともあるし……」
「…………」
プリムは、クスッと笑う。
幼い頃、何度か会ったことのある婚約者ギーシュは、変わっていない。
照れたように微笑み、頬を掻く仕草は昔のままだ。
「うん。行きましょうか」
「え、あ、うん!!」
「貴様!! 照れるんじゃない!! いいか、行くなら私も一緒だ。姫様に不埒なマネをしようものなら、その下半身に付いている『棒』を斬り落として貴様の口に突っ込んでやるからな!!」
「黙れアイシェラ……殺すぞ?」
「ふっふぉぉぉぉぉーーーーーんっ!!」
「あ、あの……プリマヴェーラ?」
「さ、行きましょう」
「う、うん」
痙攣するアイシェラを放置し、プリムとギーシュは別荘の外へ。
遅れてアイシェラも向かい、三人でプライベートビーチを散歩した。
懐かしい話、今の話や状況、アイシェラの冗談で笑い、プリムは久しぶりに笑った。
◇◇◇◇◇◇
ブルーサファイア王国港に、一人の獣人が降り立った。
「ここがブルーサファイア王国……くんくん、お魚の匂いがするにゃん」
獣人はそう珍しい種族ではない。
獣の血が混じった獣人、昆虫が混じった蟲人と、種族は多い。
ブルーサファイア王国に降り立った猫獣人は、魚の焼ける匂いを求めてフラフラと港を彷徨い、腹ごなしとばかりにたくさんの焼き魚を購入。お腹の中に入れていた。
「ん~♪ さすが海の幸が豊富なブルーサファイア王国、満足満足にゃん♪」
ニヨニヨしながら焼き魚を齧り、町を歩く猫獣人。
彼女はクロネ。一流の暗殺者であり、今の雇い主はプリムである。
依頼を果たすためにブルーサファイア王国にやってきた。
「お姫様は……くんくん、くんくん……あっちにゃん」
猫獣人だが、クロネの嗅覚は異常に発達している。
プリムの残り香を嗅ぎ当て、ギーシュの別荘へ向かって歩き出す。
「依頼を終えたらのんびりするのもありにゃん。せっかくの海だし、休暇といくかにゃん」
別荘までの坂道を上り、クロネはそんなことを言う。
そして、別荘に到着。気配を殺し、一足跳びで屋根の上へ音もなく着地。周囲の状況を確認し、護衛が何人か潜んでいることを確認……顔を見られたくないので、気配を殺したままプリムのいる場所へ。
「……いたにゃん」
プリムは、アイシェラと共にリビングにいた。
「まさか、あのバスケットの中身……第七王子ギーシュの手作りサンドイッチとは」
「ギーシュ、昔から器用だったの。ふふ、懐かしい」
「……まさか姫様、第七王子に好意を持った……」
「そ、そんなことないでしょ! 感謝はしてるけど好意なんて……」
「では、あの馬鹿に好意を?」
「ふ、フレアはその、恩人だから……それに、一緒に旅をする約束だし」
「では、私は?」
「アイシェラはアイシェラ」
「……ふふ、今はそういうことにしておきましょう」
「言っておくけど、アイシェラに恋愛感情なんて持ってないから」
何やら、楽しげに話している。
クロネは、ほんの少しだけ気になる言葉があった。
「第七王子ギーシュ……?」
噂で聞いたことがある。
ブルーサファイア王国最高の頭脳を持つ天才少年ギーシュ。
今、最も国王に近い王族だ。
「む……誰だ」
アイシェラが気が付いた。
クロネはひょっこりと顔を出し、指を口に当てる。騒がないようにというサインだ。
プリムが再会に喜び声を出そうとしたが、慌てて口をつぐむ。
クロネは、すいすいっとリビングに侵入……周囲を警戒する。
「安心しろ。護衛は緊急時以外はここに入ってこない。声を出しても平気だ」
「……わかったにゃん」
「クロネ! お久しぶりです!」
「にゃん。じゃ、仕事の話から」
「あう……もう少し再会を喜んでも」
「うちとあんたは依頼人と請負人の関係にゃ。さっさと話を終わらせて帰るにゃん」
「姫様、この猫の言う通りです」
「ネコ言うな!! ふしゃーっ!!」
アイシェラを威嚇したクロネは、フーフー言いながら話を始める。
「まず、あんたの死を第二王女フィニエに報告したにゃん」
「…………」
「んで、あんたの死を喜んだのも束の間……三男ウィンダーがフィニエを追い詰めて逮捕、ウィンダーはあんたが死んだとは思ってないみたいにゃん。たぶん、うちのことも含めて探してると思うにゃん」
「ウィンダー……あの子が」
「なんか頭の良さそうな奴だったにゃん。あんたとうちのおっぱいを揉んだあいつ、ついでにあんたも探してると思うにゃん」
「私も……ふん、仕方ないな」
アイシェラは、プリムの騎士だ。捜索されても不思議ではない。
「ここまでは来られないと思うけど、用心はしとくにゃん。じゃ、依頼は果たしたにゃん……ああ、あんたの安全は完全に保証されてないから、報酬はいらないにゃん。それと、いいこと教えてやるにゃん」
「いいこと?」
プリムとアイシェラが首を傾げ、クロネは言う。
「第七王子ギーシュ……表じゃ好青年だけど、裏じゃけっこう悪い噂を聞くにゃん。気を付けるにゃん」
「え……」
「貴様、でまかせを」
「今の情報はあくまでも厚意にゃん。好きに捉えるといいにゃん……じゃ」
そう言って、クロネは消えた。
残されたプリムとアイシェラは、互いに顔を見合わせる。
「どういう、こと……?」
「…………」
アイシェラは、警戒を強めることに決めた。




