砂漠越えの前に
俺の移動は徒歩に決まりらしい。
今日の宿まで走らされた俺。というか俺……マジで徒歩で砂漠越えすんの?
まぁ別にいいや。それより、ちょっと気になることがある。
慣れない暑さで参ったニーアは、濡れた手ぬぐいを額に置いて眠った。レイチェルはこまめに手ぬぐいを替えている。
つまり、起きてるのは俺とレイチェルだけ。
レイチェルはポニーテールをほどき、腰近くまで伸びた金髪を揺らしていた。
「なーレイチェル」
「気安く名を呼ぶな……なんだ」
「そういうところマジでアイシェラそっくりだな。えーと、ちょっと相談があるんだ」
「手短に言え。私は坊ちゃまの寝顔を監視するのに忙しい」
「寝顔を監視ってなんだよ……」
ほんと、騎士って変な奴ばかりだな。
「あのさ、冒険者って金稼げるんだろ? どうやってなるんだ?」
「ギルドで登録するだけだ」
「俺、金持ってないし、お前たちに借りっぱなしなのもなんか嫌だから、自分で稼ぎたい」
「ほう、殊勝な心掛けだな。だが、旅の費用は第七王子が全て負担してくれる。もちろん、お前の分も織り込みでな」
「だーかーら、借りっぱなしが嫌なの。自分の食う分くらい自分で稼ぐ。先生が言ってた、『働かない奴は食べる資格がない』って」
「ふ、いい教師がいたようだ」
でも、先生は言ってた。『お前の仕事はわしに鍛えられること。つまり鍛えて成果が出なかったら仕事をしてないということになる』って……いやはや、故郷の住人から食事は恵んでもらってたけど、毎日が必死だったわ。
レイチェルは、初めて俺に微笑んだ。
「冒険者になるには個人登録が必要だ。レッドルビー王国領に入国した際に使った臨時個人証でも可能だろう……よし、明日の出発前に冒険者ギルドに向かうぞ」
「お、いいの? ありがとう」
そういえば、『住所』がないといろんな登録ができないんだっけ。
だから、プリムはブルーサファイア王国に住むために第七王子を頼ったんだ。住所を得るための条件として、俺がニーアを爺ちゃんの所に送ってるんだよな。
現在、俺の個人証はブルーサファイア王国が準備してくれている。
「それにしても、住む場所がちゃんとしてないといろんな登録ができないとか、めんどくさいな」
「当たり前だろう。住む場所が確定しないと手紙すら送れん。国民の管理をするために必要なことだ」
「管理ねぇ……」
ま、それが今の世の中なんだろう。
千年も経過するといろいろ変わるもんだ。俺も文句言わないでこの世界に適応しないと……野営は慣れてるし、森の中に家を建てて住んでもいいと思うのはきっと変なんだろうな。
「若いうちから苦労するのはいいことだ。貴様も、労働の苦労を知るといい」
「若いうちって……レイチェル、何歳?」
「私は十七だ」
「うっそぉ!?」
「その驚きはどいういう意味だ……?」
レイチェル、アイシェラと同い年だった。
いやはや、三十手前くらいかと思ったよ……。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルド。
煉瓦造りのでっかい建物だ。ゴツイ男や軽装の女、俺とそう変わらない子供グループが武器を持って入っていく……なんかすっげぇな。
レイチェルと、なぜか俺の手を握るニーアと三人で来た。
「チッ……ここが冒険者ギルドだ。クソが」
「おい、昨日と態度違うぞ」
「ぼうけんしゃ……」
ニーアは、キラキラした瞳でギルドを見上げていた。あの、お前が俺の手を掴んでいるからレイチェルがめっちゃ睨んでくるんですけど。
俺たちはギルド内に入る。
「おい、さっさと登録をするぞ。貴様の手から坊ちゃまのきゃわわな手を離したい」
「はいはい。昨日は優しかったのに……」
「フレアさん、ぼうけんしゃになるんですね! いいなぁ~」
「ん、じゃあニーアも冒険者になるか?」
「え、いいんですか!?」
「おう。別に困らないし……いいよな、レイチェル」
「駄目です」
一刀両断だった。
これにはニーアもぷんすか怒る。
「な、なんでだよぅ。ぼくもぼうけんしゃ登録したいぃ!」
「きゃわわ! じゃなくて……いいですか坊ちゃま。冒険者登録をした瞬間、冒険者ギルドに登録された冒険者ということです。ギルドの招集があれば招集。ギルド長の命令には絶対服従。冒険者ギルドができもしない依頼を受け負い、先の無い未熟な冒険者にあてがわせ全ての責任を取らせて殺すなんてのは当たり前のクソな世界です。個人登録がなくてもなれる職業、それが冒険者なのですから。最底辺の職業になるなど、私が許しません!!」
「おいこら。昨日の笑顔の意味はそういうことか」
つーか、個人登録が必要ないのかよ。この野郎、嘘つきやがったな。
俺がジト目で睨むとレイチェルがにっこり笑う。
「よし、登録しに行くぞ」
「さっきの話聞いて素直に登録すると思ってんの? つーかお前、周りからめっちゃ睨まれてるぞ……」
この場全ての冒険者がレイチェルを……いや、なぜか俺を睨んでいた。
俺、なにかしましたか?……ちくしょう。二ーアの手を離して手を繋いでやがる。姉と弟みたいな雰囲気を出して視線から逃れていた。
するとれい、レイチェルがニーアの手をモミモミしながら言う。
「だが、稼げるのも冒険者だ。特級クラスになると遊んで暮らせるぞ」
「……そうですかい。ったく、後で覚えてろよ」
「受付はあっちだ」
どうやら、付いてくる気はないらしい。
俺は一人で受付へ。受付嬢さんもレイチェルの話を聞いてたのか、なんだか暗くて怖い笑顔で言った。
「最底辺職業の冒険者登録をなさるのですね? 誰でもなれる、個人登録が必要ない冒険者登録はこちらです!」
「…………」
めっちゃ怒ってるよ……俺、なにも悪いことしてないのにぃ。
渡された羊皮紙に名前を書くだけで終わった。登録料金として銅貨二枚を支払う。これはレイチェルが貸してくれた。
「では、五等冒険者ヴァルフレア様。冒険者について簡単な説明をさせていただきますね」
「あ、はい」
おおむね、レイチェルの説明どおりだった。
冒険者ギルドの招集には応じろ、冒険者ギルドからの指名依頼は受けろ、ギルド長の言葉は絶対……やばいな、やめときゃよかったわ。
等級は、最下位の五等から始まり一等、その上が上級、最上級、そして最高が特級となっているそうだ。
俺は五等……ま、最初だしな。
登録証となるカードをもらってポケットに突っ込み、レイチェルとニーアのもとへ。
「おめでとう。今日からお前は冒険者だ」
「お前、覚えてろよ……トイレ大好きの刑にしてやる」
「フレアさん! 冒険者になりましたね、さっそく依頼を見ましょう!」
「無邪気だなぁ……つーか、砂漠越えすんじゃねーの?」
「レイチェル、いいよね?」
「もちろん! 坊ちゃまきゃわわ!」
「……帰って寝たい」
超疲れた……ギルド内の視線、まだ突き刺さってるし。
ニーアははしゃぎながら依頼があるという掲示板へ……すると。
「おぉーっと、手が滑ったぁぁっ」
「きゃうっ!?」
ニーアがこけた。というか、若い少年少女グループの一人に足をかけられた。
「坊ちゃま!? お、お怪我はぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うぅ……すりむいたぁ」
「ああ、ぺろぺろ、ぺろぺろしないと!!」
レイチェルはニーアしか見ていない。
でも、俺は見ていた。足をひかっけた連中……男女四人のグループを。
俺はグループに近づき、リーダ-っぽい少年に言う。
「わざとだよな?」
「さぁ、なんのことやら。それよりさぁお前、わかんないの?」
「は?」
「ほら、これこれ。オレたち、四等冒険者だよ? お前より格上なの、かーくーうーえ!!」
「はぁ……」
少年少女たちは、俺がもらったばかりのギルドカードと同じものを見せてくる。あ、よく見ると『四等冒険者』って書いてあった。
俺は、リーダーっぽい奴の後ろにいた少女に言う。
「で?」
「で? じゃねぇっての!! いいか新入り、冒険者のルールはなぁ、等級が上の冒険者の言葉には絶対服従なの!! つまりお前はあたしたちの下、したなの!!」
「ふーん」
「どうやら立場を理解していないようですね……」
「いや、あのさ……俺が聞きたいのは、なんでニーアの足を引っかけたってことなんだけど」
「ぶふ、ぶふふ」
清楚っぽい女が首を傾げ、豚みたいな大男がブヒブヒ笑う。
なんなんだこいつら。わけわからん。
そして、リーダーが言う。
「おい新入り、パン買ってこい」
「え、やだ。つーかさ、なんでニーアの足かけたの?」
「舐めた口聞いてんじゃねぇぞコラァッ!!」
リーダーの手が俺の襟に伸びてきたので反射的に手首を掴んで捻り、足を払って転倒させた。
「おあいだぁっ!?」
「あの、質問に答えてくれよ。なんでニーアの足をひっかけたんだ? 俺、ニーアの護衛だからさ……あいつに危害を加える奴は容赦しないって決めてる。これがおふざけなら謝れば許してやるけど」
「は、離せコラァッ!!」
「わかった」
俺はリーダーの手を離す。
リーダーは手を押さえながら立ち上がり、怒りに顔を歪ませた。
そして、デカい声で言う。
「舐めた真似しやがって……いいぜ、やってやる。決闘だ!!」
「決闘?」
「そうだ!! オレとお前、タイマンの決闘だ!! 底辺の五等がイキってんじゃねぇ!! ブチのめしてやるから覚悟───」
俺は床が砕けるほど力を込め、リーダーの懐に潜り込む。
そのまま腹に一撃を入れて身体を浮き上がらせ、連続で蹴りを入れた。
「呪闘技、脚の型『打槌』」
「ごっぽぐぇぇぇぇぇぇぇぇあがっふぁぁぁっ!? げおげおげおっ!?」
リーダーはゲロを吐きながら吹っ飛ぶ。
ギルド内は一気に騒がしくなり、なぜか俺が包囲された。
「え、なにこれ?」
「あ、あんた、なにを!!」
「え、だって決闘って言ったじゃん。一対一で決闘って」
仲間の少女がゲロまみれのリーダーを抱き、俺に言った。
「冒険者の決闘は立会人を……」
「なんじゃそりゃ。はは、お遊びかい……それならそう言ってくれよ。よーいドンで始まる決闘なんて決闘じゃねぇだろ」
「な、あんた……」
「それよりさ、なんでニーアの足を引っかけたんだ? そいつ、死んじゃいないと思うから起こしてくれよ……って、あれ?」
レイチェルとニーアがいなかった。そして、俺は完全に包囲されていた。
包囲の中から、一人の筋肉ダルマがニコニコしながら出てきた。
「冒険者登録をして数分、決闘のルールを破り暴行を働く……前代未聞だねぇ」
「はい?」
「きみ、面白いねぇ。でも……ちょっと駄目だよ、それは」
「はぁ」
「とりあえず、ボクの部屋でお話かな♪」
筋肉ダルマは、にっこりと笑った。




