熱い国
船が止まったのは、クソ暑い港だった。
船から下りるとすぐわかる。ブルーサファイア王国がカラッとした暑さなのに対し、レッドルビー王国のそれはジリジリジリっとした暑さだ。なんというか、日差しがヤバい。雲もないし、火傷するような日差しだ。
「ま、俺は関係ないけど」
「何を言ってるんだ貴様……」
「あ、あついよぉ~……」
ニーアはさっそく汗をかいていた。すると、レイチェルが持っていた布をニーアに被せる。
いつものだらしない顔ではなく、真面目な表情で言った。
「坊ちゃま。レッドルビー王国の日差しは肌を焼きます。手足の露出は控えてください」
「うぅぅ……暑いなぁ」
「それと、喉が渇いていなくてもこまめな水分補給を。脱水症状には十分気を付けて」
「だっすい? なーにそれ?」
「身体の水分が失われる現象です。頭痛やめまいを起こします」
「ふぇぇ……こ、怖いよぉ」
「大丈夫。私が付いていますから」
「ほぉ……レイチェル、あんたも真面目な顔でモノ言えるんだな」
「貴様、それは私に対する侮辱行為か?」
「い、いや」
普段が普段だからな。
たった数日の船旅だけど、レイチェルのニーアに対する常軌を逸した過保護っぷりは正直引く。
一緒のベッド、一緒の食事、トイレはもちろん風呂まで一緒に入ろうとしやがる。トイレの時なんてめっちゃハァハァしてたから『口内炎』の呪術を何度も食らわせた。
ニーア、自分が狙われてるって気付いてるのかいないのか。プリムみたいにドス黒い暗黒面を持ってないから、イヤイヤしつつも流されちまう。
なんとなく、ニーアをレイチェルの魔の手から救うのは俺の役目……そんな気がした。
ったく、天使よりめんどくせぇ。レイチェルのやつ、何度も口内炎や虫歯にしても懲りないんだもんな。
「おい、まずは坊ちゃまの装備を整えるぞ。服屋に向かう」
「あいあーい。なぁなぁ、なんか美味いモンも食おうぜ」
「黙れ。その辺の虫でも食ってろ」
「レイチェルぅ……ぼく、おなかへったよぉ」
「はい坊ちゃま♪ この辺りでは美味しい『サソリ焼き』があるので食事にしましょうね♪」
「おいこら」
レイチェルの案内で、まずは『サソリ焼き』とかいう虫の丸焼きを売ってる出店に向かった。
「おい、これ……食えんのか?」
「ふん。サソリ焼きはレッドルビー王国の名物だ。さぁ坊ちゃま、お召し上がりください♪」
「う、うん……」
ニーアは、串に刺さったまま丸焼きになった『サソリ』を見た。
見た目は黒い甲殻類だ。尻尾にハサミ、長い尾には針が付いていたような跡がある。見た目はグロイけど……なんか、いい匂い。
躊躇しているニーアを置いて、俺はサソリ焼きを尻尾から齧る。
「ん……ん!? おお、美味いじゃん!!」
「ふふ、そうだろう? さぁ坊ちゃま、尻尾からパクっとどうぞ」
「う……わ、わかった! い、いただきます!」
ニーアも覚悟を決めたのか、サソリの尻尾を豪快に齧る。
そして渋い顔で咀嚼……『あれ?』という表情、そして俺を見た。
「お、おいしいです!」
「ああ、美味いなぁ!」
硬そうな黒い甲殻はコリコリして、意外にも肉厚でジューシーな中身からは肉汁があふれ出る。コリコリした触感と鳥肉のような歯切れの良さ、そしてほんのり利いた塩味がたまらない。
俺とニーアはあっという間に完食。俺は二本目、ニーアはレイチェルの差し出した水をコクコクと飲んでいた。
「基本的に、レッドルビー王国領内では焼き料理がほとんどだ。領内の中ほどでは水は貴重品となっているから、調理に余計な水分を使えないという事情もあるのだがな」
「へぇ~、でも焼き物は好きだから問題ないぜ」
「ぼ、ぼく。お肉はあまり……脂身はダメなんです」
「おいおい、好き嫌い言うなって」
「うぅ……」
「貴様、坊ちゃまを苦しませるんじゃない!!」
「え、いや俺のせい?」
食事を終え、俺たちは服屋へ。
そこで、ニーアとレイチェルの装備を整えた。
レイチェルは鎧を脱いで服屋に預け、ニーアと二人で全身をすっぽり覆うローブを買った。
鎧を脱いでも剣を腰に装備したレイチェル。なんか一気に旅人っぽくなったな。
ちなみに俺は何もなし。熱は感じるけど『あちぃぃぃぃっ!?』っていう感覚はなくなった。燃える盛る焚火に手を突っ込んでも火傷しないし、一定の温度は感じるけどそれ以上は全く感じなくなった。なので日焼けなんてしない。日差しも心地いいくらいだ。
「船の上でも説明したが、ここで『ラキューダ』を購入する」
「乗り物だっけ?」
「そうだ。坊ちゃまを乗せる荷車とラキューダ二頭、そして砂漠越えの準備を済ませるぞ」
「あいあーい」
「砂漠……うぅ、不安だよぉ」
「大丈夫大丈夫。魔獣は俺がやっつけるからさ」
「は、はい……」
「馬鹿め。魔獣の危険もだが、砂漠の危険はそれだけじゃない。昼夜の温度差や毒虫、流砂や方位などの自然環境こそ真の敵だ」
「そのへんはあんたにお任せ。俺は護衛だからな」
「フン……」
レイチェルは鼻を鳴らし、二ーアの手を引いて歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
ラキューダ。
デカい馬みたいなやつだ。ふてぶてしそうな顔に砂色の体毛、足は太く蹄は大きい。
荷車と合わせて二頭買い、砂漠用の荷車に繋ぐ。荷車には食料やテント、旅の道具などを入れ、水を入れた樽をこれでもかと詰め込む。
さて、少し気になることがある。
俺は、荷物が満載の荷車を見てレイチェルに言う。
「おいおい、こんなに荷物入れたら座れないだろ」
「バカを言うな。見ろ、乗る場所ならある」
「…………」
確かにある。
荷車の椅子の部分に僅かなスペースがあった。ご丁寧に窓際で、荷物が崩れる心配がないように固定されている。
というか、嫌な予感……。
「さぁ坊ちゃま、お席へどうぞ」
「う、うん」
「おい、まさか」
二ーアが座り、荷車のドアが閉じられた。
レイチェルは御者席に座り、ラキューダの手綱を握る。
「さぁ、宿に向かうぞ。付いてこい!」
「やっぱな!! おいこら、俺は走りかよ!?」
ラキューダが走り出し、俺は慌てて後を追う。
レイチェルが振り返ると、ニヤリと笑った……こいつ、呪術を喰らったお返しかよ!?
まさか、俺だけ走りで砂漠越え……ちくしょう、レイチェルの野郎覚えてろよ!!




