LAST BOSS・終滅神ジハド⑧/人生は愛という蜜をもつ花である
第四地獄炎で回復した俺は、ジハドに殴りかかる。
「うおぉぉぉらぁっ!!」
『この、クソ野郎がァァァァァッ!!』
拳が交差し、俺の拳がジハドの腹に突き刺さる。
戦ってわかった。こいつは確かに強い……でも、武術の技のレベルは、俺のが遥かに上だ!!
俺はジハドの拳を躱し、腹に連続で拳を叩き込む。
「滅の型、『轟乱打』!!」
『ぬぐがががががっ!? この、クソ野郎!!』
「流の型、『漣』───」
『ぬおっ!?』
連続の拳を掴もうと、手を伸ばしてくる。
その手を払い、掴み、ふわりと投げ飛ばす。
ジハドは態勢を崩し、顔が下がった。
「滅の型、『百花繚乱』!!」
『おぶばばっ!?』
拳が全て顔面にヒットし、ジハドから緑色の鼻血が噴き出す……驚いた、こいつも血が流れているんだな。
手を離して距離を取る。
『ガァァァァァァーーーーーーッ!! テメェェェェェッ!!』
ジハドは口を開け、黒い光を放ってきた。
俺は横っ飛びで回避。だが、ジハドは顔を俺に向ける。
光線が迫ってきた。俺は走って回避し、ジハドに向かって走る。
「甲の型、『鉄杭』!!」
『ぐぬおっ!?』
走った勢いでの肘打ちが、脇腹に突き刺さる。
効いている。呪闘流が、技が、効いている。
ようやくわかった。こいつが弱くなった理由。
『くそ、なぜ、なぜ……なぜ、貴様の技が効く!? なぜ、貴様……我の動きに対応できる!? 貴様、一体何をした!!』
「違うね。俺が何かをしたんじゃない……お前が弱くなってんだよ!!」
『!?───ま、まさか』
「そういうこと。お前、自分で言ったじゃねぇか……『我も滅ぶ』とかなんとか。お前、力を、命を放出しながらこれだけの強さなんだ。時間が経てば経つほど、お前は弱体化する!! 今のお前は、俺でも対処できるくらい遅い!!」
『……ッッッ!!』
「お前、俺を舐めすぎたな。最初から殺す気でやれば、それだけで世界は終わってた。お前……遊び過ぎなんだよ、バーカ」
『…………』
ジハドの顔じゅうに、血管のような青筋が浮かぶ。
もう、怖くない。
俺は戦える。こいつを倒せる。
「さぁ───ケリ付けようぜ!!」
俺は、第一地獄炎を燃やし走り出す。
『!?』
「喰らえ。烈の型『極』───『火炎龍焱舞』!!」
連続攻撃の『桜花連撃』と、顔面を狙った集中打である『百花繚乱』、そして関節部分だけを狙った『登楼牡丹』の組み合わせによる灼熱の演武が、ジハドの身体に突き刺さる。
『ぐぶっぇ!?───なっ!?』
吹き飛ぶジハド。
そして、吹き飛ぶと同時に、ジハドの周囲に氷の『道』ができた。
「冰の型『極』───『冰釵繚乱』!!」
俺は氷の道を滑り、氷で作った小さな槍を飛ばしまくる。
槍はジハドの全身に刺さり、凍り付く。
『く、そ、ガァァァァァァーーーーーーッ!!……なっ』
「「「「「幻の型『極』───……『幻魔幽玄炎舞』!!」」」」」
すでに、無数に分身した俺が、第七地獄炎の幻と共にジハドを包囲していた。
本来ならここで毒を撒くんだけど、今はない。
なので───全員で襲い掛かる!!
『ぐぬあぁぁぁぁぁぁっ!!』
「まだまだぁぁぁぁぁっ!!」
全ての技を使い───こいつを倒す!!
◇◇◇◇◇◇
フレアが、ジハドを追い詰めていた。
タックたちは、フレアを見て満足していた。
「もう、安心だねぇ……」
マンドラは、笑顔を浮かべていた。
マンドラ。彼女は息子、孫と死別していた。
予言者、占い師と言われた第七地獄炎の使い手として、村では最強の一人だった。
マンドラにとってフレアは、可愛い孫、息子のような存在。
『マンドラ婆ちゃん、お菓子ある?』
『婆ちゃん、肩揉んでやるよ。だからさ、先生の弱点……あ、なんでもない』
『婆ちゃん、昔話聞かせてっ』
嬉しかった。
フレアが来るたびに、温かい気持ちになれた。
そのフレアが、あんなにも……あんなにも。
「ああ、もう満足だよ……」
マンドラの全身に、亀裂が入る。
「あんたら、先に逝くよ」
タック、ラルゴ、ヴァジュリは何も言わない。
フレアだけを、見ていた。
「フレア、頑張るんだよ……じゃあね」
ぽろりと涙を一筋流し───マンドラは炎に包まれ砕け散った。
◇◇◇◇◇◇
「───っっ」
マンドラ婆ちゃん……っ。
俺は涙を堪え、拳を強く握る。
俺の両手は真っ黒に燃え上がり、両手を合わせた掌底をジハドに叩き込む。
「黒の型『極』!! 『滅亡迅雷撃』!!」
『───!?』
ジハドの口がパクパク動く。
あらゆる呪いを込めた、最強の呪術。蝕の型『極』とは違う、呪いの一撃。
この一瞬の隙を突き、俺は全身に第五地獄炎の『蟲』をくっつける。
虫の形は、蠅。
「嵐の型『極』───『烈風陣・無盡斬』!!」
全身にくっつけた蠅を自在に操り、まさに蠅の如く接近。手刀で斬り裂いた。
本来は剣を持って斬るんだけど、今のジハドなら手刀で十分!!
ジハドの全身から血が噴き出した。
「まだまだ!! こんなもんじゃねぇ!!」
◇◇◇◇◇◇
「あーあ~……オレも、いろいろ教えてやりたかったぜ……」
ラルゴは、砕けずに残った左手で煙管を掴み、最後の煙草に火を付けた。
フレアが四大行の『極』を習得した後は、ラルゴが武器術を教える予定だった。タックは渋い顔をしていたが……ラルゴは、楽しみでしょうがなかった。
呪闘流の武器術。
ラルゴは、フレアのために新品の武器を用意していた。
「あいつはタックからの贈り物だと思ってるが……へへ、呪闘具『ケイオス』は、オレが作ったんだぜ? 大事そうにしやがって……」
煙を吸い、吐き出す。
最後の一服は、この世で一番うまい味がした。
「あばよ、フレア……元気でな」
ラルゴは、満足そうに笑い───炎に包まれ、砕け散った。
◇◇◇◇◇
「……っ」
ラルゴおじさん……さよなら。
俺は涙をぬぐい、ジハドの攻撃を躱す。
『ガァァァァァァァっ!!』
「曲の型『極』!! 『擬態鬼牙』!!」
俺は右腕の骨を限界まで硬質化。肩、手首、肘、指の関節を外し、ジハドの右腕に絡ませる。まるで蛇のような右腕。
そして、そのままジハドの右腕を限界まで捻り上げる。ゴキゴキブチブチとジハドの右腕から嫌な音がした。
『ギギギギギッ!? 貴様ァァァァァァァァァァ!!』
「ここでもできるかな? 鋼の型『極』!! 『鉄観阿修羅』!!」
地面が黄金に燃え、黄色く燃えた。
すると、地面から鉄の像がせり上がってくる。長い腕が九本あり、それぞれの手に異なる武器を握っている。
武器を持った鉄の像は、ジハドに襲い掛かった。
『クソ、クソ、クソぉぉぉぉぉぉっ!! こんな、こんなはずでは』
「もう、お前には負けねぇ!!」
ジハドは、鉄観阿修羅の攻撃を捌けないくらい、弱っていた。
攻撃を受け、緑色の血が噴き出し、切り刻まれる。
『こんな、こんなことが……オノレぇぇぇぇぇぇっ!!』
「だぁぁぁぁっ!!」
鉄観阿修羅を解除、俺はジハドに殴りかかる。
◇◇◇◇◇
ヴァジュリは、流れる涙を拭わず、フレアを見つめた。
「フレア……」
フレアは、誰よりも優しかった。
呪術の適正で言えば、ヴァジュリは歴代最強の呪術師だった。
だが、病弱でほとんど動けず、車椅子がないと移動もできない。
そんなヴァジュリの世話をしてくれたのが、フレアだった。
ヴァジュリは、呪術師の村で、あまり好かれていなかった。
千の呪術を操り、呪術師ですら呪う呪術師と言われ、近づく者はいなかったのである。
話すのは、マンドラ、ラルゴ、タック程度。だがある日、タックに頼まれたのだ……『弟子に呪術を教えてやってほしい』と。
『ヴァジュリ……年上だし、姉ちゃんだな。ヴァジュリ姉ちゃんって呼んでいい?』
底抜けに明るい少年だった。
ヴァジュリの評判を無視。優しく、世話をしてくれた。
「フレア、お願い……女の子には、優しくね」
ヴァジュリは、フレアの三歳年上。
姉のように振舞うことはあっただろうか?
いや、ヴァジュリにとってフレアは……『男の子』だった。
きっと、初恋だった。
「いつかきっと、女の子を愛する日がくるから……フレアも愛してあげてね。女の子は、好きな男の子と結ばれる時が、一番幸せなんだから」
自分ではなかった。
地獄門に入ったフレアを、見送ることすらできなかった。
後にも先にも、タックを本気で呪おうと思ったのは、あの時だけ。
「愛してるよ、フレア……愛してる」
ヴァジュリはフレアを見つめる。
愛をこめて、フレアに届くようにつぶやいた。
「ばいばい、フレア。ずっと、ずっと……愛してる」
愛を呟き、ヴァジュリは炎に包まれて砕け散った。
◇◇◇◇◇
ヴァジュリ姉ちゃん……俺も、愛してる。
「う、おぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。
俺は止まらず攻撃を繰り出していた。
拳、蹴りのコンビネーションに、ジハドも防戦一方。
『舐めるな、ガキガァァァァァァァ!!』
「!!」
ジハドの反撃。
まっすぐ伸びてくる拳に、そっと手のひらを合わせた。
「流の型『極』!! 『螺旋巡』!!」
『!?』
ジハドのパンチの威力を、そのまま返す。
ジハドの右腕が滅茶苦茶に破壊された。
だが、ジハドは止まらない。そのままハイキックを繰り出す。
「甲の型『極』!! 『金剛夜叉』!!」
だが、全身硬化した俺の身体にヒットした瞬間、ジハドの脚が砕けた。
さらに、俺は左手に呪力を込めて触れる。
「蝕の型『極』!!───『無限地獄天寿全』」
『ぐ、おぉ!? ッガ、あぁぁ……!?』
今のジハドに呪術が通用した───が、一瞬だ。
すぐに呪力を無効化するが、十分な隙は生まれていた。
俺はすでに構えていた。
「滅の型『極』!! 『破戒拳』!!」
『ぐぶっはぁぁぁぁぁ!?』
破戒拳がジハドの顔面に突き刺さり、吹っ飛ばす。
ジハドはすぐに立ち上がった。
『何故だ!! 何故、貴様はここまで!? 貴様は死にかけてたはずだ!! 我の弱体化を置いても、ここまで急激に強くなるなんて!!』
「聞こえるんだよ」
『……何?』
「聞こえるんだ。俺を応援する声が」
『馬鹿な!? この「常世のはざま」は現実から隔離された空間!! 今、見えているのは外の景色に違いないが、声など届くはずがない!!』
「わかんねーけど、響くんだ……俺の胸に、俺のココロに。俺を信じてくれる人たちの声が聞こえるんだ!!───みんな!! ありがとう!! みんなの声、聞こえてるぞ!!」
『お、ノレ……この、クソがぁァァァァァァァァァァッ!!』
ジハドの右腕に、残った全ての力が集まっていく。
そして、残りの全ての力を込めた右拳が、俺に繰り出された。
『死ねぇぇぇぇぇぇっ!!』
「甲の型『極』、『金剛夜叉』───」
ジハドの右拳が、俺の胸に命中する。
「蝕の型『極』、『無限地獄天寿全』」
状態異常のみを無効化し、『死』を拒絶する呪術がジハドの力と相殺する。
「流の型『極』、『螺旋巡』」
そして、ジハドが体内で螺旋を描き、俺の右拳に。
滅の型『極』、『破戒拳』を放つことで完成する奥義。
終の型『極』───『魔天極地』……ではない。
最後は、やっぱりこいつらと決める。
「全員、集合ぉぉぉぉぉぉっ!!」
『『『『『『『おう!!』』』』』』』
そして───量産型天使を全て倒した地獄炎の魔王たちが、魔王宝珠となる。
火乃加具土命Spec2が右腕に。
黄金の炎に包まれた火乃加具土命Spec2の形状が変わる。
黄金の装甲、七つの魔王宝珠が装着された、魔神器の最終形態へ。
「魔神器最終形、『ULTIMATE・GENESIC・GAUNTLET』!!」
俺の全身が黄金の炎に包まれ、右の拳を硬く握りしめる。
『そんな、そんな……そんな、馬鹿な』
ジハドは、もう回避する力も残っていないようだった。
そして、全ての炎、全ての力を込めた究極の一撃が放たれる。
「零式創世炎、最終奥義!! 『ULTIMATE・SEVEN・OVERFINISH』!!」
七色、そして黄金の炎に包まれた俺の拳が、ジハドの胸に突き刺さる。
ジハドは断末魔をあげることなく炎につつまれ、黒い身体に亀裂が入り───ボロボロと、蒸発するように身体が燃え尽きた。
そして、残ったのは黒い魂。
その魂にそっと触れると、ぐにゃぐにゃと形を変え三つに分かれた。
「これ、もしかして……」
『……ああ、負けたんだね』
「やっぱり、アメン・ラーか」
虹色、水色、灰色の魂だった。
融合していたジハドの魂が分離し、アメン・ラーたちの魂に戻ったようだ。
すると、『ULTIMATE・GENESIC・GAUNTLET』から火乃加具土命の声が。
『火火火……覚悟はできてるよな?』
『ああ、いいよ。ボクたちの完全敗北だ……器も失ったし、もう無力だよ』
『好きになさい……』
『───、───……』
トリウィア、黒勾玉も諦めていた。
この魂を握り潰せば、もうこの三人は終わりだ。
でも、それでいいのか?
「な、どうだった?」
『……は?』
「俺、強かったか?」
『ああ。最高に強かった……きみのような人間がいるなんてね。はは、人の世界も捨てたもんじゃない』
『ええ。気付くのが遅かったわね……』
『───、───』
「そっか」
『ああ。あとのことは任せるよ。僕らは失敗した、もうおしまいだからね』
「ああ。じゃあ……」
俺は、魔神器に命じる。
「よっと……お、いい感じ」
俺が作ったのは、三つの魔王宝珠。
この零式創世炎の魔神器……何でもできるし、なんでも作れる。まさに創世の名に相応しい、最強の魔神器だ。
新しく作った虹色、水色、灰色の魔王宝珠に、アメン・ラーたちの魂を入れた。
『な、何? お前、これは』
「人がすごいってわかっただろ? だったら、これからは仲良くできるよな」
『『『え』』』
「焼き鳥、みんなでちゃんと話し合ってみろよ。きっと仲良くできるぞ」
『『『『『『『え』』』』』』』
俺はアメン・ラーたちの魔王宝珠を、自分の胸に押し込んだ。
『ちょ、相棒!? おま、何してんだ!?』
「これからは、仲良くやれってことだ」
『マジかよ!?』
これが、俺の答えだ。
アメン・ラーたちも、これからきっと仲良くできる。
俺は自分の胸を撫でつけた。
◇◇◇◇◇
本当に、強くなった。
もう、自分では勝てない。タックは小さく微笑んだ。
自分が強いという自覚はあった。
かつて村を襲った天使は全て返り討ちにしたし、負けたこともなかった。
だが……フレアに出会った。
地獄門から生まれた少年。
両親は死んだと嘘をつき、自分が引き取って育てた。
弟子であり、息子のように思っていた。
「…………」
伝えたいことは、もうない。
頭を撫でたことは、何度あっただろうか。
褒めたことは、何度あっただろうか。
第二の生を得て、伝えるべきことは全て伝えた。
もう、悔いはない。
「…………」
だから───ほんの、一言だけ。
あふれる涙を拭わず、胸の奥に咲く甘い思いを、呟いた。
◇◇◇◇◇
「フレア───……お前は、ワシの誇りだ」
◇◇◇◇◇
ふと、先生が呟いた。
涙声だった。
喜んでいるのがわかった。
「先せ───…………」
もっと、褒めてもらいたかった。
頭を、撫でてほしかった。
でも───。
「あ───……」
もう、誰もいなかった。
先生は、消えていた。
先生は、最後の最後に俺を褒めて……消えた。
「………………………………っぅ」
胸いっぱいに気持ちがあふれ、涙となってこぼれ落ちた。
「う、うぅ……ぅ、うぅ、ぁ」
戦いが終わり、残ったのは───……ほんの少しだけ残った、炎の残滓だった。




