それは、究極の悪意にして救い
俺は、先生たちに言った。
「先生、ラルゴおじさん、ヴァジュリ姉ちゃん、マンドラ婆ちゃん……あのさ、ちょっとだけでいいんだ。俺と……話してくれないか?」
「なに?」
「俺、みんなに話したいんだ。俺が生き返った後、どんな冒険をしたのか……どんな戦いをしたのか」
俺の旅を、聞いてほしかった。
俺の歩みを、成長を伝えたかった。
戦いは終わった。でも……そのくらいの時間は、残ってる。
先生は、どっかり座る。
「聞こう」
「先生……」
「ふふ。フレアのお話、聞きたいわ」
「ヴァジュリ姉ちゃん」
「酒があればいいんだがな!」
「ラルゴおじさん」
「ひひひ。あの世にいる連中に、いい土産話を持ってけそうじゃ」
「マンドラ婆ちゃん……ありがとう」
温かい気持ちを胸に、俺は座る。
ラルゴおじさん、ヴァジュリ姉ちゃん、マンドラ婆ちゃんも座った。
何もない真っ白な空間だけど……今だけ、昔に戻れた。
「俺さ、地獄の業火で焼かれ続けて、身体はなくなっちゃったんだけど……魂だけで耐えれたんだ。ってか炎に慣れちゃってさ。地獄門の中を探検したら、七つの魔王宝珠を見つけたんだ。それを取り込んだら地獄炎が消えちゃってさ……地獄門の外に出れたんだ。んで、気付いたら千年経ってた」
「知ってはいたが、本人から聞くととんでもない話だな……」
先生は苦笑する。
先生のこんな顔、すっごく久しぶりに見た。
「で、村を探して歩いてたら、プリムって子とアイシェラって変なやつが襲われててさ、助けたんだ。その時、第一地獄炎が目覚めて、地獄炎が宿ってることに気付いたんだ」
「まぁ、女の子?」
「うん。お姫様と女騎士」
「ふふ、女の子ね。その子たち、かわいい?」
「プリムはかわいいけど、アイシェラは……変なヤツすぎてかわいいとか思ったことないなぁ」
「そ、そうなんだ……」
ヴァジュリ姉ちゃんが苦笑する。
「それでさ、ブルーサファイア王国に行くことになって、いくつか町を経由して……初めて天使と戦ったんだ。小デブ天使」
「ほう、天使か」
「うん。あんま強くなかった。黒焦げにして、呪い食らわせてやった」
「かっかっか!! まぁ、そんなもんだろ」
ラルゴおじさんが笑う。
「それと、ブルーサファイア王国に向かう途中の船で、ラーファルエルってクソ天使が襲ってきてさ……空は飛ぶし、速いし、けっこうヤバかったかも」
「ひひひ。呪術師は第五地獄炎じゃないと飛べないからねぇ」
「そうそう。いやーヤバかった。でも、第二地獄炎のおかげでなんとかなったよ」
マンドラ婆ちゃんも、笑っていた。
俺は、俺の旅路を話す。
先生たちに、俺の話を聞いてもらいたかった。
俺は、この瞬間───生き返って最高の幸せに包まれていた。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
次元のはざま、その外側。
プリムたちは聖天使教会跡地にいた。
天使の国ヘブンでは、聖天使教会本部の消滅や、浮遊神殿について天使たちに説明がされたり、アルデバロンが『人間への干渉をやめ、今後は同士としての道を進む』と言い出した。
階梯天使には納得しない者も多く、聖天使教会から離反する者も多かった。
だが、一般の天使には以外にも……『人間の国に行きたい』という者も多かった。
ヒトと、天使は共存できる。
ラティエルは、ヒトと天使が共に歩む道に協力するため、聖天使教会へ戻った。
そこに、ダニエルとコクマエル、他の堕天使たちも多くいた。ちなみに……最後の黒天使であるマキエルとラハティエルは、いつの間にか消えていたそうだ。
プリムたちは客人として、聖天使教会跡地に作った小屋にいた。
もちろん、フレアを待つため。
カグヤは小屋を出て、空を見上げる。
「ったく、遅いし……いつまでやってんのよ」
カグヤが、上空に浮かぶ『次元のはざま』入口を見る。
フレアが次元のはざまに入り、一日が経過していた。
小屋には、プリムとアイシェラ、クロネ、ミカエル、ハクレン、ハイシャオ、そしてカグヤがいる。
ナキは『女ばかりで落ちつかねぇ。ま、フレアにはいつでも会えるし、こっちの復興もあるだろうし仲間連れてくるわ』と言って、エルフの森に帰ってしまったのだ。
すると、カグヤの隣にミカエルが。
「あそこの中、時間の流れが違うみたい。あそこでは一瞬でも、こっちの時間じゃ何日も経過する……なんてこと、あるみたいよ」
「じゃあなに? もうもう二度と会えないかもしれないってこと? アンタは天使だからそんなこと言えるけど、アタシらは」
「安心して。あたしはもう、天使の力を失ったから」
「え……」
ミカエルの背中に、翼はない。
アルデバロンたちとの戦いが終わった後、全て抜け落ちてしまったのだ。
天使の力、命を燃やし尽くした一撃を放ったことで、搾りかすのような状態だ。
カグヤは顔を反らす……そして。
「……ごめん」
「いいの。もう吹っ切れたし……それに、あたしは『最強の炎』を見つけたしね。ま、あんたらと一緒に最後まで待つわ」
「……大丈夫なの?」
「ええ。寿命もほとんど燃やし尽くしたから、あと百年も生きられないでしょうね。でも、人間の寿命もそれくらいでしょ? 同士として、最後までよろしくね」
「……ええ」
カグヤは、ミカエルの手をそっと握る。
「な、何よ……あたし、そっちの趣味はないわよ」
「違うっての! 仲直りの握手よ!」
「……ぷっ、へんなやつ」
ミカエルは笑った。
強さを追い求めていた時とは違う、穏やかな笑みで。
すると、お菓子を作っていたプリムたちが外へ出てきた。
「二人とも、クッキーが焼け───……」
◇◇◇◇◇◇
それは、黒い塊だった。
ヒトの形をした黒い何か。よく見るとそれは黒ではなく、黒く焼け焦げた何かだった。
もう一つは、砕けた岩の塊。
もう一つは、凍り付いた何か。
黒い何かが、その二つを虹色に燃やした。
『もう、どうでもいい』
くぐもった声が、上空に響く。
『もう、いらない』
それは、悪意。
それは、殺意。
それは、それは、それは。恨み。
『こんな世界、もういらない。僕らももう、いらない。ぜんぶ滅ぼして、全部終わらせてやる』
空の色が、黒く変わる。
強大な力が、世界中を包み込んだ。
純粋無垢な『力』だけが、溢れていた。
◇◇◇◇◇◇
プリムたちは、完全に思考停止していた。
上空に浮かぶ『何か』があった。
真っ黒、氷漬け、砕けた何かだった。
ミカエルが、真っ青になり……搾り出すように言う。
「か、神……? うそ、なんで? フレアに倒されたはずじゃ」
アメン・ラー
トリウィア。
黒勾玉。
フレアに焼き尽くされ、消滅したはずだった。
落下場所を探したが、何もなかったとの報告もあった。
黒い何かの声が、世界中に響く。
『すべてを「終」わらせ、全てを「滅」する……まずは、貴様らだ、地獄炎の呪術師』
黒い何かは、次元のはざまに入っていく。
狙いは、フレア。
プリムは、震える声で言った。
「ふ、フレア……フレアぁぁぁぁっ!!」
その声は、決して届かない。




