BOSS・呪闘流皆伝『地獄門守護者』タック②/父と師
先生の拳は、重い。
重量とかじゃない、俺とは違う何かが、拳に宿っていた。
俺は、先生の拳を『漣』で受け流す。俺の拳も『漣』で流され、互いに決定打にならない。
何度か拳の応酬をして、互いに距離を取り構え直す。
「先生、やっぱすごい……」
「当たり前だ。まだまだ本気じゃないぞ?」
「知ってる。俺の知ってる先生は───……もっとすごい!!」
俺は先生の懐へ潜り込み、胸にそっと手を当てる。
今の俺が出せる全速力。さすがの先生も対応───……え、待った。おかしい、先生が……先生が、俺の全力に対応できない?
そんなわけない、と、俺が速くなった。二つの想いがせめぎ合い、攻撃となる。
「流の型、『波動掌』───「迷ったな」
俺の手は先生の手に触れたまま、先生は俺の手首を取り捻り上げる。
「いででででっ!?」
「この、馬鹿モンが!! 流の型、『波動掌』!!」
「ぐぉあぁぁぁっ!?」
先生の手が、俺の背中に触れ───衝撃が駆け巡る。
俺は吹っ飛ばされ、地面を転がった。
「この馬鹿モン!! 迷いながら攻撃を繰り出すとは何事だ!? まったく、ワシに攻撃を当てるチャンスを自ら棒に振りおって!! ワシの教えを忘れたのか!!」
「す、すみませんでした!!」
立ち上がり、思わず頭を下げる俺。
すると、どこからかクスクス笑い声が……って、ヴァジュリ姉ちゃんだ。
「まるで、昔に戻ったみたいね……ふふ、懐かしい」
「「…………」」
思わず顔を見合わせる俺と先生。よく見ると、マンドラ婆ちゃんとラルゴおじさんも肩を震わせていた。
先生は頭をボリボリ掻き、バツの悪そうに言う。
「あ~……うむ。まぁ、そういうことだ」
「は、はい……え? ってことは、先生……俺の速度に対応できなかった?」
「……さぁな」
「え、え……まさか、先生が?」
と、ここでマンドラ婆ちゃんが。
「フレア、自信を持ちな。お前さん、修行時代より遥かに速く、強くなってるよ」
「うそ……」
「嘘じゃないさ。今の時代での戦いが、お前の経験に、強さに繋がってるんだ」
「…………」
俺は拳を見つめる。
これまで、楽な戦いも多かったけど、ヤバい戦いも多かった。
頭を使ったこともあるし、勢いだけで殴りかかったこともある。
それらが経験となって、今の俺を……ヴァルフレアを作っている。
「フレア」
「あ……はい」
「自信を持て。今のお前は強い……修行時代、ワシにかすり傷すら付けられなかったお前とは違う。お前の旅路全てが、お前の力となっている」
「…………」
「自覚しろ。お前は強い」
「……はいっ!!」
先生は力強く笑った。
俺も笑い、構えを取る。
もう迷わない。俺は強い、先生にだって勝てる!!
「先生、行きます!!」
俺は全力でダッシュする。
先生は「チッ」と舌打ちした───そう、直線のダッシュ力なら、俺は先生より上。
右拳を握り、勢いを付けて殴る。
「滅の型、『打厳』!!」
「ぬ、うっ!?」
先生は両手を交差させて防御。さらに後ろへバックステップして威力を殺した。
あまりダメージはない。でも、俺の攻撃が当たった。
先生は無敵じゃない。当てればダメージはある。
当時の俺は、先生を神格化しすぎていた。絶対に勝てない、やられるに決まってる、せめて痛くない負け方……なんて、後ろ向きなことばかり考えてた。
でも、今は違う。
「勝つ、先生に……勝つ!!」
「ふふん。ワシも全力を出せる日が来たようじゃな!!」
もう、気持ちでも負けない。俺は───先生に勝つ!!
◇◇◇◇◇◇
「ふふ、不器用だね」
「どっちがだい?」
「どっちも」
ヴァジュリは、迷いの消えたフレアを見て笑う。
マンドラも、嬉しそうに笑っていた。
そして、ラルゴが煙管を咥えて煙を吐きだす。
「タックのやつも不器用だからなぁ……」
三人とも、昔を思い出していた。
タックの怒鳴り声、謝るフレア。でも、嫌な感じはしない。
タックに怒られてしょげているフレアを見たのも久しぶりだった。
「あぁ、懐かしいぜ……」
「うん……」
「……ふふ」
もう、千年前。
過去には戻れない。そして、過去を想うにも時間が流れ過ぎた。
この光景を見れただけでも、安心した。
「……チッ」
「ラルゴさん……」
「もう、あまり時間がねぇな」
ラルゴの腕に亀裂が入った。
ヴァジュリも、マンドラもだ。
死が、消滅が近い。
「「「…………」」」
三人はもう喋らず、タックとフレアの戦いを目に焼き付けた。




