BOSS・呪闘流皆伝『地獄門守護者』タック①/拳と拳
相手は、俺の人生で間違いなく最強の先生。
様子見なんてしない。最初から全力で行く。
俺は呪符を取り出し投げる。
「『最強無敵であるために』!!」
呪術最高の肉体強化。
身体中に力がみなぎる。ミカちゃんにも持たせた切り札だ。
俺は真正面から先生に殴りかかる。
小細工は先生相手じゃ意味なし。真正面から叩きのめす。
「甲の型、『鉄芯甲』!!───えっ!?」
岩が砕けるような音がした───と思ったら。
俺の渾身の肘内は、先生の左手の平で軽々受け取められていた。そして気付く……先生の手にも、呪符が握られていた。
「ほれほれ、動け動け」
「ッ!!」
おちょくるような声は、昔と全く変わっていない。
懐かしさに揺れかけるが、俺は半歩下がり廻し蹴りを繰り出す。
だが、先生はほんの少し身体を動かしただけで躱した。
「くっ」
「どうした?」
「まだ、まだぁぁっ!!」
連続攻撃を繰り出す。
突き、蹴り、連撃で先生に打撃を与えようとするが、先生は軽々と躱す。
俺も、いろんな相手と戦って来た。だからこそわかる……先生は、『読み』の力が半端じゃない。経験がなせる先読みで、俺の動きを殆ど予測している。
たぶん、力は俺が上。速度は同じくらい……でも、先読みにかけて先生は俺の遥か高みにいた。
「滅の型、『桜花連撃』!!」
「流の型───」
桜花連撃。俺の得意技の一つ。
先生が先読みできても対応できない速度で攻撃を当てるしかない。そう思った一撃。
だが。
「ぶへぁ!?」
顔の右側に、裂けるような痛み。
先生の手のひらが開いていた。
そして、動きが止まった瞬間、今度は首に同じ痛みが。
「い、っでぇ!?」
思わずバックステップ。
先生は、甲の型ではなく揺れるような流の型で構えていた。
そして。
「流の型、『蛇行』」
「!?」
蛇のように、態勢を低く這いずるような動き。
俺もたまに使う。だが……先生のは次元が違う。
速度、動きが俺とは違う。
まるで、数百匹の大蛇が目の前で這いずり回るような。
「流の型、『蛇鞭』」
「ぐぁっ!?」
バチィン!! と、叩かれた。
それだけで、皮膚に電撃が走ったような痛みが全身に広がる。
そういや先生は言ってたっけ。殴る蹴るのダメージより、手のひらでバチンと叩いた方が痛いって。
俺は、身をもって体験していた。
「ほれほれ、どうしたどうした?」
「ぐぬぬぬぬっ!!」
「ワシに一撃入れたら、晩飯の肉を大盛にしてやるぞ……ってか?」
「っ……」
くそ、くそ、くそ。
わかっていても、わかっていても……なつかしさで頭がおかしくなる。
でも、それは先生も同じように見えた。
先生は、動きを止め……食いしばる。
「ワシもまだまだ修行が足りんなぁ……」
「……」
「ふふ、だがそれもいい。フレア、来い!!」
「───はいっ!!」
俺は立ち上がり、もう一度先生に向かって走り出した。
◇◇◇◇◇◇
少し離れた場所で、二人の戦いを見守る三人。
「楽しそうにしやがって……」
ラルゴは、煙管を吹かしながらつぶやく。
二人が修行時代に戻ったような、そんな風に見えた。
よく、酒を持ってタックの修行場に遊びに行ったことを思い出す。フレアにつまみを作らせ、無理やり酒を飲ませたことが、昨日のように感じた。
「…………」
「ヴァジュリ」
「ごめんなさい、マンドラ様……」
ヴァジュリは、涙をぬぐう。
呪術師の村で、ヴァジュリに敵う呪術師は存在しなかった。だが、強すぎる力は恐怖となり、呪術師の村でもよく思われなかったヴァジュリを、フレアだけが優しく介抱してくれた。
身体が弱く、満足に起き上がったりできなかった。移動は車椅子で、フレアとする散歩が何よりの楽しみだった。
そんなフレアが、タックと戦っている。
強くなった。かっこよくなった。
ヴァジュリは、この瞬間を見ることができた……生き返らせてくれたことだけは、アメン・ラーたちに感謝をしていた。
「……やれやれ」
マンドラは、顔や態度には出さなかったが、フレアを孫のように愛していた。
預言者という、呪術師の村で占い師のようなことをやっていた。
よく、タックのおつかいでフレアが顔を出しに来た。
タックにはナイショで、菓子などを食べさせていた。タックには気付かれていたが、黙認してくれた。
子供もいないマンドラにとって、フレアとの時間は至福の時間だった。
「本当に、強くなった……あーあ、時間があれば武器の使い方を仕込んでやれたんだが」
「そうさねぇ……ああ、そういやあの子にも、悪いことしたねぇ」
「ハイシャオちゃん、ね。でも、フレアがいれば寂しくないわ」
ラルゴ、マンドラ、ヴァジュリの三人の身体の一部に、ピキリと亀裂が入る。
もう、時間が少ない。
「最後まで見守ろうぜ。オレたちの希望をよ」
ラルゴは、煙草の煙を吐き出した。




