大好きな人たち
そこは、なんとも言えない……真っ白な、ふわっとした空間だった。
真っ白。でも、地面はあるし、呼吸もできる。
純白というか、やや曇りがかった白というか。妙な空間だ。
すると、胸に黒い炎が灯り、タケジザイテンの声が聞こえてきた。
『フレアくん。ここは僕ら地獄炎の魔王が、アメン・ラーたちを閉じ込めた空間だ。奴ら……長い時間をかけて内側と外側を繋ぎ、自分たちにとって居心地のいい空間に変えたみたいだね。恐らく、外で活動するための器を作ったのもここだろう』
なるほどね。
意外なことに、居心地がいい。昼寝とかするのに最適な空間だ。
俺はキョロキョロしながら歩く。
「先生たち、いるのかな……」
口に出すが、確信していた。
先生たちは、きっとここにいる。
俺は、胸が熱くなるのを感じていた。
「…………」
『……どうしたの?』
腰に紫の炎が灯り、ティル・ナ・ノーグが話しかけてきた。
炎は大きくなり、人形を抱いた少女がふわりと浮かぶ。
「……先生たちに会えたら、話したいな」
『戦うんじゃないの?』
「戦うさ。戦う……でも、話をしたい」
『……フレアが、そうしたいなら』
ティル・ナ・ノーグは俺の周りをクルクル飛び、真正面へ。
『フレア、負けないで。それと、後悔しちゃダメだよ?』
「ああ、ありがとな」
撫でようと思ったが、幻なので手がすり抜けてしまった。
でも、ティル・ナ・ノーグは嬉しそうに微笑み、消える。
「…………」
俺は拳を強く握り、前へ進む。
そして、十分も歩いただろうか……見えた。
「……あ」
まるで、待ち構えているかのように並び立つ四人。
全員が、戦闘態勢だというのがわかった。
俺は、胸にこみ上げてくるものを必死に抑える。
「マンドラ婆ちゃん、ラルゴおじさん、ヴァジュリ姉ちゃん……」
歯を食いしばり、精一杯の睨みを返す。
そして、最後の一人。
「……先生」
俺の師匠、育ての親……俺が習った全ては、先生がくれたもの。
タック先生。
「お前が来たということは、神は敗北したようだな」
先生は、聞いたことのない硬い声だった。
ああ、わかる。今なら全部、全部わかる。
俺は歩みを止めず、ゆっくりと……前に進む。
「ワシらとのケリを付けに来たということか」
「だな。神が倒れたってんなら、最後の敵はオレらで違いねぇ」
「ヒヒヒ、まさか、最後の相手がフレアとはねぇ」
「……フレア」
タック先生、ラルゴおじさん、マンドラ婆ちゃん、ヴァジュリ姉ちゃん。
俺は、止まらない。
先生の拳の射程内に入っても、止まらない。
だって……先生は、先生たちは。
「フレ「もう、いいって!!」
俺は叫ぶ。
熱い何かが、喉から吐きだされる。
目頭も熱くなる。何かが零れ落ちたような気がした。
「もう、わかってるんだ!! 先生たち、俺の知ってる先生たちのままなんだろ!? 冷たいふりしてもわかる!! 先生、ラルゴおじさん、マンドラ婆ちゃん、ヴァジュリ姉ちゃん……俺の知ってる、みんなのままなんだろ……?」
「「「「…………」」」」
はぁ、と……ラルゴおじさんがため息を吐いた。
「タック、もういいだろ? 神はやられちまったようだしな」
「……ああ」
「え……あっ」
「フレア……っ」
ヴァジュリ姉ちゃんが、俺に抱きついてきた。
泣いているのがわかった。身体を震わせ、俺を抱く両腕に力を込める。
「ごめんね、ごめんね……神を倒すまで、逆らうことができなかったの」
「え……」
「ヒヒヒ……すまなかったね。でも、お前が神を倒したことで、ようやく支配から逃れられた。あいつらの道具に成り下がったアタシらを、許しておくれ」
「マンドラ婆ちゃん……」
ヴァジュリ姉ちゃんは俺から離れ、額にキスをする。
「フレア、大きく、強くなったわね……」
「姉ちゃん……ほんとに、姉ちゃんなんだ」
ヴァジュリ姉ちゃんは、柔らかく微笑む。
すると、いつの間にか煙管に火を点けたラルゴおじさんが言った。
「フレア、本当に悪かったな。一度死んだオレらを、アメン・ラーが蘇らせた。身体を与えられ、本来の意思とは別の意思を与えられた。なんとか本来の意志を保つことはできたけどよ……まぁ、お前が神を倒したおかげで、本来の意志を表に出せた」
「そうだったんだ……」
「ま、多少は自分の意志を出せたがな」
「先生もなの?」
「……ワシは少し違う」
先生は、俺をジッと見て微笑んだ。
「神には、一つだけ感謝しなきゃならんな」
「え?」
「こうして……お前に、最後の稽古を付けてやれる」
「……え?」
マンドラ婆ちゃんは悟ったように、ヴァジュリ姉ちゃんは悲し気に、ラルゴおじさんは辛そうに離れて行く。俺はわけがわからず、先生を見た。
先生は、優しさが消えていた。
「せ、先生……?」
「構えろ、フレア」
「な、なんで? 稽古って、ここで? そんなの、外に出てからでいいじゃん!! だって、神様はもう倒したんだ。先生たちは自由なんだよ!? また一緒に」
「無理だ」
先生は、バッサリ切り捨てた。
そして、左手をそっと持ち上げてみせてくれる。
「この身体は、もう限界が近い」
「な……」
先生の手は、黒く変色して亀裂が入っていた。
「神は、ワシらを捨て駒にするつもりだったようじゃな。まぁ、恨みに恨んだ地獄炎の使い手だ。神の作る新世界、新人類に、ワシらの場所はなかったようじゃ」
「そ、そんな……そ、そうだ!! 第四地獄炎、天照大神なら」
先生は、静かに首を振る。
「ワシらは、もう死んだ人間じゃ。こうしてお前に会えただけで幸せだ」
「う、うぅ……い、嫌だ、嫌だ!! なんで、なんでだよ!? そんなこと言うなら俺だって、俺だって死人みたいなモンだ!! だったら」
「フレア!!!!!!」
「ッ!!」
先生は構える。
甲の型……俺が初めに教わった、呪闘流の型で。
「お前は生きている。未来を歩む義務がある!! だからここで……過去を乗り越えろ!! ワシを越えろ!!」
「…………ッ!!」
俺は目頭を拭い、構えを取る。
同じ型で、先生の教え全てを思い出しながら。
俺は、叫ぶ。
「呪闘流甲種第三級呪術師ヴァルフレア!! 先生……あなたを、超えさせてもらいます!!」
「呪闘流皆伝『地獄門守護神』タック……さぁフレア、かかって来い!!」
燃え滾る熱い想いを拳に乗せ、俺は走り出した。




