魔法使いの復讐
ドビエルは、神や天使たちに邪魔をされないように浮遊神殿から離れて『量産型天使』を生み出していた。
漆黒の試験管から生み出される黒い『モヤ』が、量産型天使『夜天光』となり世界中へ飛んでいく。
それらを神器に任せ、ドビエルは考える。
「世界浄化後、私は神のために何ができる? 新人類……神が生み出す新たな人類。そして天使……フ、フフフ。聖天使教会ではない、新たな組織を作るのもいい。フハハハハハッ!! アルデバロン、ジブリールとガブリエルなんかより、私の方が神に貢献している。クハハハハッ!! 私が、天使と新人類を導く新たな天使となり、この世界を、世界を……く、ハハハハハハッ!!」
妄想が止まらない。
かつては、魔法研究者として名を馳せた『夜』の天使ドビエル。
今は、目の前に現れた神を妄信する、憐れな天使でしかない。
ドビエルは浮遊神殿を見上げ、笑みを浮かべた。
「神よ、我が神よ!! 我が名はドビエル。神の使途にして偉大なる───」
と、ここでドビエルに向かって『炎』が飛んできた。
量産型天使が間に入り防御、夜天光は燃え尽きる。
ドビエルは、じろりと下を睨んだ。
「───……なんだ、貴様ら?」
「妄想はおしまい。あなたは、ここで死ぬ」
「や、こんにちは」
杖を構えた魔女と、一般人のような男性だった。
魔女は殺気を飛ばし、男性はニコニコしている。
裏切りの堕天使アブディエルと、コクマエルだ。
ドビエルは、首を傾げた。
「はて? どなたですかな?」
「…………私は、アブディエル」
「天使? はて、覚えがないですな」
「…………」
「アブディエル、アブディエル。落ち着いて落ち着いて」
青筋を浮かべるアブディエルの肩を叩くコクマエル。
コクマエルは、両手を広げて笑った。
「や、ドビエル。元気だったかい」
「あなたは見覚えがありますね。確か、コクマエル」
「見覚えがあるって、酷いな。ボク、キミよりも頭いいし、アルデバロンの右腕でもあったんだよ?」
「ふむ?……そうでしたかな? 申し訳ないが、過去にはこだわらないので」
「あっはっは。なるほどねぇ……だから馬鹿なんだね」
「……はい?」
馬鹿。
今、馬鹿と言った?
ドビエルは眼鏡を外し、ハンカチで丁寧に拭いてかけ直す。
そして、咳ばらいをして言う。
「今、なんと?」
「だから、馬鹿って言ったんだ」
「…………ふむ」
「わかりやすく説明してあげるよ」
コクマは翼を広げ、ドビエルと同じ目線まで飛ぶ。
ドビエルを真正面から見て、やはり笑顔だった。
「きみは今、何を見ている?」
「知れたこと。神が作る新しい世界。そして、未来」
「そうだね。未来は確かに大事だ。先の予定を立てることは楽しいし、まだ見えない未来を想像するのは実にワクワクする。でもね、未来ばかりみちゃダメなんだよ」
「ほう? 過ぎ去った過去に想いを馳せろとでも?」
「たまには思い出に浸るのも大事だ。でも、過去の積み重ねがあって未来がある。過去があるからこそ、今の自分がある。ドビエル、きみは過去に成し遂げた偉業を忘れたのかい?」
「我が偉業など数え切れぬほどありますね。まぁ、どうでもいいこと。所詮は過去、今、この瞬間には関係がありませんので」
「そうかい……」
「あなたは、過去に囚われているので?」
「さぁね、でも……ないがしろにしていい過去なんてないと思うし、世界の未来が明るければいいかなとは思うよ」
「そうですか。で……あなたは、何が言いたいのですか?」
「あはは。そうだよね、まるで『時間稼ぎ』してるみたいだ」
「…………───!!」
ドビエルは、下を見た。
いない。
コクマエルと共にいた天使が、消えていた。
「貴様ッ!!」
「ドビエル。最後に一つ……キミさ、熱くなったり語るに落ちると周りが見えなくなるクセ、治ってなかったのは致命的だったよ」
「なに───お、ごばがはぁぁぁっ!?」
ドビエルの身体に無数の穴が空き、背後にアブディエルがスウッと浮かび上がる。
透明化の魔法。
残り少ないアブディエルの魔力を、『透明化』と『風の槍』につぎ込んだのだ。
風の槍はドビエルの全身を貫いていた。
ドビエルは、地上に落下……アブディエルが、冷たい目で見下ろしている。
「私は、アブディエル」
「ハ、ハ、ハ……??」
「魔法……お前に、研究の全てを奪われた天使、アブディエルだ!!」
「………………………………ぁ」
ドビエルの眼が見開かれ、ゴボゴボと血を吐いた。
ようやく思い出したのか、口がパクパク動く。
アブディエルは、冷たい眼差しのまま杖を向ける。
「復讐は何も生まない。虚しいだけ。意味がない……そんなことを言う奴がいるけど、私は違う」
「ぁ、ぁ、ぁ」
「最高の気分。ドビエル、私の怒り……思い知れ!!」
アブディエルの魔力全てを注ぎ込んだ『火炎』魔法が、ドビエルを焼き尽くした。
◇◇◇◇◇◇
ドビエルが灰になり、量産型天使全てが消えた。
「…………」
アブディエルの亜神器が地面に落ち、消える。
アブディエルも、崩れ落ちた。
「どう? 復讐を果たした気分は」
「……不思議と、何もないわ」
「それが復讐だよ。やっぱり、復讐は何も生まない。意味なんてないんだ」
「…………」
「それでも復讐をするのはやっぱり───満たされると信じてるからかな」
「…………」
「とりあえず、お疲れ様。量産型天使は全て消えた。世界中に飛んでった量産型天使も消えただろう。アブディエル……きみは、人間たちを救ったんだよ」
「……別に、どうでもいい」
「そうだね。でも、お疲れ様」
コクマエルはニッコリ笑い、アブディエルを近くに木に寄りかからせる。
そして、コクマエルも座り、カバンから水のボトルを取り出した。
「後は、フレアくんたちの仕事だ。ぼくたちは、全てが終わった後のことでも考えながら、ゆっくり待とうじゃないか」
「…………」
そう言って、コクマエルは水のボトルを一気に飲み干した。




