世界に散らばる悪意、そして希望①
世界中に、量産型天使が現れた。
漆黒の鎧が動いているような、不気味な天使。意思疎通ができず、素肌が一切見えないので本当に天使なのかどうかも疑わしい。
だが、漆黒の鎧の背には、天使の翼が生えていた。
その漆黒の天使は、黒い槍を持ち町を襲い始めた。
「て、天使様!?」「うわぁぁぁぁぁぁぁ逃げろぉぉぉッ!!」
「な、なんで……」「助けてぇぇっ!!」
逃げ惑う人々。
神の命令により、人々を消そうとしていることなどわからない。
この世界に、人間は不要。
量産型天使に与えられた命令は一つ。考えることも一つ。
人間を消去し、神と天使の世界を創る。
そのために、古い人間は不要。これからは神の作った《新人類》が───。
「冰の型───『氷苦無』!!」
「氷細工、『水玉模様』!!」
「紳士杖術、『乱れ突き』!!」
と、氷の苦無が量産型天使に突き刺さり、氷球が量産型天使を押しつぶす。
辛うじて逃れた量産型天使は、突如として現れた老紳士のステッキに突かれ消滅した。
現れたのは───女主人、メイド、執事。
「全く。この町はわらわとフレア様の町……無粋な天使が踏み込んでいい場所ではありません」
「量産型天使ねぇ……ドビエルのヤツ、何してんだろ?」
「完全に敵対してしまいましたなぁ……『答え』はもう、わかりませんね」
ヒョウカ、サリエル、キトリエル。
ここ、ブルーサファイア王国に家を買い、フレアの帰りを待つヒョウカ。そして無理やりメイドにさせられたサリエルと、意外と執事という仕事にハマってしまったキトリエルだ。
現れた量産型天使を、ヒョウカは凍てつくような殺気を込めて睨む。
「サリエル、キトリエル───一切の遠慮はいりません。このブルーサファイアに来たことを後悔させなさい」
「えぇ~……ああもう、はいはい、わかった、やりますやります」
「フフフ。殲滅という『答え』が出ましたな!」
サリエルは神器を取り出し、キトリエルはステッキを振り回す。
ヒョウカは構えを取り、愛しいフレアを思い出した。
「呪闘流八極式氷種第一級呪術師ヒョウカ。ああ、愛しき旦那様……あなたの家は、わらわが守ります故!!」
ヒョウカたちを『敵』と認識した量産型天使たちが、襲い掛かってきた。
◇◇◇◇◇◇
ブラックオニキス王国、氷の国ツァラトゥストラ。
呪術師のオグロとジョカは、半壊した氷の城で空を眺めていた。
オグロの手には、肉の塊……心臓が握られている。
ジョカの足下には、この国のトップであるツァラトゥストラが、ボロボロの状態で転がっていた。
「ねぇ、あれは何かしら?」
「……あれ、天使じゃないか?」
オグロが心臓を握り締めると、ツァラトゥストラが「ぎぅぅっ!?」と胸を押さえて苦しむ。
吸血鬼の弱点である心臓を押さえられ、敗北したのだ。
「や、やめてくれ……ボ、ボクの負けでいい。たのむ、殺さないで」
「うっさいなぁ……」
心臓が、黒い炎に包まれた。
ツァラトゥストラは床をゴロゴロ転がり苦しむ。あまりに苦しさに声すら上げられず、大汗を流し目をギュッと閉じていた。
オグロは言う。
「お前さ、人間のことなんとも思っちゃいないだろ? 家畜か虫か、それ以下か。今まで散々人間を喰い物にしてきたんだ。すぐには殺さない、たっぷり時間をかけて苦しめてやるよ」
「あ、あ……」
「人間の悪意を舐めるなよ。ボクは、お前の実験場で生まれてからずっと、この日を待っていたんだ」
「あ、あ……まさか」
オグロは、漆黒の炎で心臓を包み込み、ジョカへ投げる。
紫色の炎を灯し、心臓をさらに包み込むと、心臓は塵となって消えた。
「!?」
「もう、お前には心臓の位置がわからない。覚悟しろ……人間の悪意を、見せてやるよ」
かつての仲間だった暁の呪術師たちにも見せたことのない、黒い笑み。
ジョカは口笛を軽く吹き、上空を指さした。
「で、あれどうする?」
「……うざったいなぁ。おいお前、この国の兵士を動かして、あの黒い天使を迎撃しろ」
「な、な」
「やれよ」
「ッぎぃやァァァァァァ!?」
ツァラトゥストラの全身が黒く燃えた。
逆らうことのできない苦しみに、ツァラトゥストラが涙を流す。
だが、オグロは笑った。
かつて、ツァラトゥストラがそうしたように。弱者の痛みを理解せず、男を痛めつけ女だけを可愛がった、最悪の吸血鬼を前に、笑っていた。
「げ、げ、迎撃します……」
「オグロ、私たちも出る?」
「うん。はぁ~~~……少し、ガス抜きしないとね」
ジョカとオグロは、向かってくる量産型天使たちを迎撃するため構えを取った。




