神の名のもとに
「う、はぁ、はぁ、はぁ……あぁぁ」
聖天使教会。
聖天使教会十二使徒の一人ズリエルは、死にかけていた。
真っ青な顔、やつれボロボロになった皮膚、髪の毛はすっかり抜け落ち、生気が感じられない。死んでいるのか生きているのかすら曖昧な状態だった。
ズリエルは、よろよろと身体を起こす。
「し、しぬ……死んじゃう。こんな、こんな」
ズリエルがいるのは、執務室。
執務室には未決済の書類が山のように積まれている。
そう……聖天使教会全ての事務を、ズリエルがたった一人で処理しているのだ。
聖天使教会も組織。いかに神がいようと、組織としての事務作業は行わなければならない。
「うぅぅ……て、手を、手を貸して」
ズリエルは、聖天使教会序列四位。十二使徒でも四番目に偉い立場なのだが、どうも扱いが悪い。
部下には馬鹿にされ、他の十二使徒たちから仕事は押し付けられ……神が現れてからというもの、十二使徒はズリエルを除き、誰も事務をやらなくなったのだ。
「そりゃ、神様は大事だけど……うぅぅ、もう限界!!」
ズリエルは立ち上がり、窓を開け、土の地面に両手を向けた。
「『契約事務員』」
ボコボコと土が盛り上がり、人の形……ズリエルの形となる。
ズリエルの司る属性は《土》で、土を意のままに操る。ズリエルは主に、自分の分身を作っては仕事の手伝いをさせていた。
今回も、土人形に事務を手伝ってもらっている……が、集中力が切れると土に戻ってしまう。執務室が土まみれになり掃除が大変だった記憶は新しい。
「さぁみなさん!! 聖天使教会を支える最強の事務員!! このズリエルの底力を見せてやりましょう!!」
ズリエルは髪を梳かし、よれよれのローブを脱ぎ捨て叫ぶ。
「我が神器、『サラリー・オブ・ビジネスマン』!! 来たれ!!」
ズリエルが叫ぶと、ズリエルの身体にローブとは違う『服』が装備される。さらに、メガネも新しくなり、革製の高級カバンも現れた。
これを身に着けることにより、ズリエルは聖天使教会最強の事務員となる。
そして、土人形もまた、同じ格好をしていた。
「さぁ行きますよ!! 『土の聖天使・社畜万歳』!!」
最高の事務員となったズリエルと土人形たちは、恐るべき速度で仕事をこなしていく。
「聖天使教会。縁の下の力持ちと呼ばれたこの私が……負けるわけにはいかんのです!!」
ほとんど天使のいなくなった聖天使教会で、ズリエルは孤独な戦いをしていた。
◇◇◇◇◇◇
聖天使教会本部。
本部最上階層は神殿となっており、天使たちはここで祈りを捧げる。
今は、『楽園の三柱神』と呼ばれる神たちの部屋となっていた。
神殿には、三つの玉座があり、三人の神が座っている。
「ドビエル、進捗はどう?」
「はっ!! 強化された量産型の数は七十万体を超えました。あと数日で二百万を超えるでしょう」
「そうかい。そのまま準備続けて」
「かしこまりました」
アメン・ラー。
外見は十六歳ほどの少年だ。
背後に十三本の剣が浮かび、顔には大きな火傷跡が残っている。
その隣には、竪琴を引く女性。
「あなたたち、間もなく火乃加具土命たちの器がやってきます。階梯天使と量産型を使い、この世界を浄化する準備を」
「「「「はっ……」」」」
女性の名はトリウィア。
アメン・ラーと同じ神。トリウィアはクスっと笑う。
「それにしても意地悪ねぇ……世界浄化を、あの子がここに来ると同時に行うなんて」
「そりゃそうさ。フレアはボクがこの手で殺す。フレアが戦っている間に、この世界の人間たちを一掃する……気付いた時にはもう、何も残っていない。ははは、最高じゃないか」
「酷い人。まぁ、面白いけどね」
トリウィアは竪琴を引く。
すると、アメン・ラーの反対側の玉座に鎮座した『石』が震えた。
黒勾玉。鉱物の神で、しゃべることはできないが意志を持つ神だ。
アメン・ラーは、ゆっくりと背後を見る。
「ふふふ……もうすぐだ。『常世のはざま』……フレア、キミの零式創世炎が無敵じゃないってこと、その身を持って証明してやるよ」
常世のはざま。
異空間への入口。かつて楽園の三柱神を閉じ込めていた牢獄の入口が、禍々しく燃えていた。
その奥には、四人の人影。
「さぁて……計画は最終段階。世界を浄化し、新たな神の世界を創ろうか」
◇◇◇◇◇◇
アメン・ラーたちは『常世のはざま』に消えた。
残された天使たちは、未だに跪いていた……が、アルデバロンが立ちあがる。
「総員、戦闘準備……ヴァルフレアを迎え撃つ」
階梯天使たちは出て行った。
残されたのは、五人の天使。
アルデバロン、サラカエル、ジブリール、ガブリエル。そしてドビエルだ。
アルデバロンは、サラカエルに言う。
「サラカエル……お前の部下は」
「知らん。それに、オレがいれば十分だろう」
「……やれやれ。敵は地獄炎の呪術師。さらにミカエルも付いている」
「だからどうした? フン、最強の天使だと? くだらないな」
「…………」
アルデバロンはため息を吐く。
ジブリールとガブリエルも、同じだった。
「ジブリール……本当にいいのかい?」
「フン。今さら何を言ってもしょうがないさね。それに、あたしらはもう年だ。信じるモンを変えるほど、若くはないのさ。だったら……闘うしかあるまい」
「……やれやれ。あたしもだけど、あんたも馬鹿だねぇ」
戦うしか、道は残されていない。
天使の長、堕天使の長、黒天使の長として、天使たちはフレアに戦いを挑み、死ぬ。
◇◇◇◇◇◇
黒天使たちのアジトに、一人の少女がいた。
「…………」
「ラハティエルさん」
「あ、マキエル……」
やってきたのはマキエル。
糸目で、漆黒のスーツ上下、黒い帽子をかぶった男だ。
マキエルは、ラハティエルに聞く。
「どうしてここへ? ここはもう放棄したはず」
「……わかんない。わたし、戦えないし、何もできないから。だから、待つことしかできないの」
「そうですか……ふふ、ワタクシも同じです。ワタクシの仕事は暗躍。もはや、ワタクシにできることはもうない」
「たたかわないの?」
「はい。ワタクシ、戦いは苦手で」
「わたしも」
ラハティエルは、クスリと笑う。
マキエルは少し考え、そっと手を差し出した。
「?」
「ラハティエルさん。遊びに行きませんか?」
「あそび?」
「ええ。とびっきりの遊びです。この、人の世界を賭けた、人間と神の戦いがどうなるかを、特等席で観戦するのですよ」
「それ、たのしい?」
「きっと、間違いなく」
「んー……わかった、いいよ」
マキエルは、そっと帽子を押さえ頭を下げた。
「ねぇねぇ、どこいく?」
「では───……」
マキエルがラハティエルに目的地を伝える。
ラハティエルは、次元に干渉する大鎌『ディ・メン・ション』を振るい、次元に亀裂を生み出す。
二人はその亀裂に入り、どこかへ消えてしまった。
最後、マキエルは……こんなことを呟いた。
「さぁ、見せていただきましょうか。人間、神、天使、呪術師が紡ぐ、物語の結末を」




