戦いの始まり───とは、ならず。
「待て!!!」
いざ、戦いの始まり。
そう思っていたのだが……いきなりの怒声に、心無き天使部隊とナキたちの動きが止まる。
ナキたちは警戒したままだが、心無き天使部隊は動きを完全に止めた。
そして、部隊を割りながら歩いてくる一人の男。
プリムはナキたちを手で制し、前に出た。
「初めまして。第七王女プリマヴェーラ様」
「ごきげんよう……あなたは?」
プリムは、スカートを持ち上げて一礼。
目の前にいる男は丁寧なお辞儀をして挨拶する。
「『心無き天使』部隊、総隊長ビクトールと申します。第七王女……いえ、元第七王女様。なぜ、この国に戻ってきたのですかな?」
「あなたに言う必要が?」
「……これは手厳しい」
「ウィンダーお兄様に会わせなさい。安心して、お兄様に危害を加えるつもりはございません。わたしは……お兄様と、お話したいだけなのです。あなたたちとも、この国とも、争うつもりはございません」
「ふむ……」
ビクトールは、しばし考える。
視線をプリムに、ナキに、アイシェラに、クロネに、シラヌイに移す。
たったこれだけ。もし、他国の息がかかっていても……問題なく処理できる。
それに、ウィンダーは「ちょっかいを出せ」と言った。殺せと言う意味だが、そうでもないと言い切れる。
ビクトールはしばし考え、結論を出した。
「わかりました。我が主に確認を取ってまいります。無益な争いは我らとて望みはしない。あなたがウィンダー国王の命、立場を脅かす存在なら、そういうわけにもいきませんが……ふふ、今のあたなは無力だ」
「ふふ、そうですね。わたしとて、権力のために実の兄弟を手にかける王が統治する国など、滞在するのも苦痛ですし、あなたがたの顔なんて一刻も早く忘れてしまいたいです。わたしが望むのは、家族として、血のつながった妹としてのケジメです。わかったら、さっさと兄の元へ帰りなさい」
「…………では、失礼します」
ビクトールは軽く一礼し、手下を連れて帰っていった。
完全に気配が消えたのち、プリムはふにゃふにゃと座り込んでしまう。
「お嬢様!!」
「あ、ああ……緊張したぁ」
「いやはや、とんでもない毒舌で追っ払ったなぁ……驚いたぜ」
「にゃん。死ぬかと思ったにゃん……」
『くぅーん』
シラヌイが寄り添い、プリムは震える手でシラヌイを抱っこした。
コクマは面白そうに、プリムに言う。
「あとは、ウィンダー国王がどう出るか……ふふ、また刺客を送るのか、対話をするのか。ああ、本当に面白いね」
とりあえず───今日はもう休みたい。そう思うプリムだった。
◇◇◇◇◇◇
「……へぇ~」
ホワイトパール王城。
豪華な調度品にあふれる執務室で、ウィンダーはビクトールの報告を聞く。
プリムが、会いたがっている。
地位に興味はない。妹として、最後に話をしたい。
「今更、肉親の情なんてわかないけど。まぁ、血のつながった妹だし、話くらいはしてもいいかな」
「それでは……?」
「いいよ。招待してあげる。ああ、条件として仲間は全員連れてくること。ふふ、天使様との約束だし……ですよね、ハイシャオ様」
「ん、そう」
ウィンダーが視線を向けた先にいたのは、ハイシャオとハクレン。そして……ヴァジュリ。
ハイシャオはお菓子をモグモグ食べながら、ハクレンは猫を抱っこし、ヴァジュリは置物のように動かなかった。
ハイシャオは、ヴァジュリに聞く。
「ヴァジュリ先生、なんでこんな回りくどいことするんです?」
「大したことじゃないわ。人間がどれだけ強いのか……特に、フレアの仲間がどれだけ強いのかを見たくてね。だからこそ、あなたたち暁の呪術師と戦わせ、フレアと仲間を分断した」
「ふーん。兄さん、めっちゃ強いよね。あたしで勝てるかな……」
「無理よ」
ヴァジュリは断言した。
さすがに、ハイシャオも唖然とする。
「七つの魔神器、そして零式創世炎を宿したフレアに勝てるとしたら、同格の神様だけ。ううん……その逆ね」
「え? 先生、どういう」
「ハイシャオ、ハクレン」
「は、はい」
「はい」
ヴァジュリは、ハイシャオとハクレンの頭を撫でた。
「こんな形になったけど……あなたたちは、あなたたちのままで」
「……え?」
「?」
意味が分からず、ハイシャオとハクレンは首を傾げた。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
フレアは一人、よくわからない崖の上から森を眺めていた。
「参ったな……ここ、どこだ」
まっすぐ進んでいたのに、崖。
完全に迷子だ。
さすがのフレアも、少し焦っていた。
「やべぇ……どんどんホワイトパール王国から離れてる気がする。ちくしょう、あのおっさん変な道教えやがって!」
頭を抱えそうになるフレア。
すると、背後から気配を感じ振り返った。
「はっはっは。若いの、久しぶりだなぁ?」
「え、誰……ん? おっさん、どこかで」
「旅の僧だよ。ほれ、おぬしをぶん投げた」
「……あ!! あんときの」
ツルツルの頭、白黒の僧服、編み笠、錫杖。ぽっこりしたお腹に、人懐っこそうな笑顔。
「ふむふむ……ほっほぉ、また強くなったのぉ」
「そりゃどうも。って! そうじゃない。あのさ、ホワイトパール王国行きたいんだ。場所教えてくれ!」
「構わんぞ。なら、一緒に行こうか」
「やった! おっさん、ありがとう!」
「おっさんじゃない。メテオ和尚と呼ばんか」
「メテオおしょう……言いづらい」
「……まぁ、好きに呼べぃ」
こうして、フレアは再会した。
特級冒険者序列一位。『覇王拳』メテオ・ブルトガング和尚に。




