特級冒険者のナキ
コクマの隠れ家。
ホワイトパール王国城下町にある、あばら家だった。
いくつも同じような倉庫が並んでいる。ここは、商会の倉庫街である。その倉庫の一つが、コクマの隠れ家の一つ。その倉庫の中に、プリムたちはいた。
倉庫の中は、意外と快適な空間だった。
「チッ……どうする」
アイシェラは、ブルーパンサーを撫でながら呟く。
現在、アイシェラたちは『心無き天使』部隊に追われていた。
コクマは、本を読みながら言う。
「フレアくんたちと合流できれば勝ち、だね」
「なに?」
「だって、神ですら警戒する人間だよ? 半天使……じゃなくて、特異種が何人束になってかかろうと勝てるわけないじゃないか」
「む……認めるのは癪だが、正論だ」
アイシェラは頷く。
フレアの戦いをずっと見ていたからこそわかる。フレアは、特異種が千人束になって襲ってきても、十分かからず消し炭にするくらいの火力を持っている。
つまり、この戦いは……フレアたちと合流するまでが勝負。
黙っていたプリムは、シラヌイを撫でながら言う。
「なるべく事を荒立てず、ウィンダーお兄様に会わないと……」
「お嬢様……」
「わたしは、お話したいだけです。王位なんていらないし、お兄様と敵対するつもりもありません。わたしは、王族として、プリマヴェーラとして最後のお話がしたいだけです」
「だったらさ、心無き天使部隊が来たら、連れてってもらえば? すぐに殺されないと思うよ?」
「…………」
プリムは考え込む。
だが、ナキが止めた。
「やめとけ。あいつら、殺す気満々の動きだったぞ……下手に投降して、連れて行かれたのが拷問部屋なんてのはシャレにならん。行くなら、ちゃんと安全を確認してからだ」
「ナキさん……わかってます。ありがとうございました」
「わかってんならいい」
と、ここでドアが静かに開く。
ナキの『ヤカの矢』がふわりと浮かび……ネコミミが見えた。
「戻ったにゃん」
「クロネ、お疲れ様です」
「にゃん。喉乾いたにゃん……」
『わん』
シラヌイが水のボトルを咥え、クロネに渡した。
水を一気に飲み干すと、クロネはソファに座る。
「とりあえず、怪しい奴はいないみたいにゃん。でも……厄介な連中が増えてきたにゃん」
「厄介な連中、ですか?」
「にゃん。『血溜組』……特級冒険者序列五位、『血溜組組長』ゼンジュウロウ・チダマリ。あの冒険者最大の組織が動きだしたなんて……莫大な金が動いてるにゃん」
「血溜組か……騎士団にいた時、聞いたことがある。騎士団は騎士道に乗っ取た正義の剣。だが、血溜組の剣は『武士道』に乗っ取った剣だと」
「で、どうするにゃん? このままここに引きこもっても、見つかるのは時間の問題にゃん」
クロネがしみじみ言うと、ナキが煙管を取り出し煙草をふかす。
「オレが行くぜ」
「「「え?」」」
「少し、騒ぎを起こしてみる。フレアやカグヤが、戦いの匂いを嗅ぎつけるかもしれねぇ」
ナキは立ち上がり、煙管をしまう。
「特級冒険者……顔バレしてるみたいだしな。少し、オレに注意を引き付けてみるか。安心しな、ここの居場所は絶対に悟られないようにする」
「ナキ、貴様……」
「このまま隠れてるわけにもいかねーだろ? 多少の危険は覚悟しねーとな」
「ナキさん……」
「安心しな、お姫様。フレアやカグヤがバケモノ級だから目立たねーけど……オレもなかなか強いんだぜ?」
「……うちも行く。お前が騒いでる間、フレアたちを探してみるにゃん」
『わん! わんわん!』
「シラヌイ……あなたも行くのね?」
『わん!』
ナキ、クロネ、シラヌイは外の扉へ向かって歩き出す。
「アイシェラ、お姫様を頼むぜ。ついでにそっちのメガネもよ」
「メガネって、ひどいなぁ」
「……任せろ。その代わり、無事に戻って来い」
「ああ」
ナキは軽く手を振り、外へ出て行った。
◇◇◇◇◇◇
クロネ、シラヌイと別れたナキは、マントをかぶり町を歩いていた。
煙管を咥え、町を見る。
「……ふーん」
けっこうな賑わいだ。
道行く人は全員が小ぎれいで、暮らしに不自由しているような感じはしない。ウィンダー国王の政治は、国民の生活を豊かにしたのは間違いない。
そんな王が、プリムを消そうとしている。
「やだやだ。妹だろ?」
ナキに、家族はいない。しいて言うなら、グリーンエメラルド領土にいる部下たちだ。
今頃、龍人族から解放された領土で、復興作業をしているに違いない。
「付いて行くって決めたのはオレだしな……」
最初は、借りを返すつもりだった。
でも今は、このパーティーに入って心底よかったと思っている。
天使の襲撃はある。でも……冒険が楽しかった。
だから、仲間のピンチには身体を張る。それがナキの考えだ。
ナキは、くっくっくと笑いながら、路地へ入る。
「こう見えてもよ、オレはエルフ族最強だって自負してる……特異種の力、八百年の研鑽、それらは全部オレの力だ」
腰から、数本の矢が浮かぶ。
特異種としての能力。『群体制御』の力で、矢を浮かしているのだ。
ナキは、路地の行き止まりで止まる。
いつの間にか、目の前には数人の男たちがいた。
「楽しいね」
目の前の男たちは、「刀」と呼ばれる剣を抜く。
ナキは首をコキコキ鳴らしながら言った。
「男同士ってのもアレだが……ま、踊ろうぜ?」
ナキの『ヤカの矢』が、一斉に浮かび上がった。




