BOSS・ヴァジュリ姉ちゃん
目の前にいるのは敵。ヴァジュリ姉ちゃんじゃない。
俺は、何度もココロの中で自分に言い聞かせる。
でも……やはり、わかっていた。
ヴァジュリ姉ちゃんの言う通り。目の前にいるのはヴァジュリ姉ちゃん。魂が改良され、神の道具にされていても……やっぱり、俺の知ってるヴァジュリ姉ちゃんなんだ。
「黒の型、『千髪呪怨』」
「第六地獄炎、『黒縄羅生門』」
俺の身体を覆う黒い炎の縄。
ヴァジュリ姉ちゃんはピクッと眉を動かす。
そう、この黒い炎の縄は、呪いを防御する技だ。対呪術師用の技って聞いたけど……こうして実戦で使用するのは初めてだ。だって、呪術師となんて戦ったことないし。
「悪いけど───俺に呪いは通じない!!」
「そう。だったら荒っぽく行くわ」
ヴァジュリ姉ちゃんの髪がウネウネ動き、編まれていく。
編まれた髪の先端に呪力が集まり、まるで槍のようになった。
「黒の型、『黒髪槍』」
「流の型、『流転掌』!!」
ヴァジュリ姉ちゃんの髪が、俺に向かって飛んできた。
俺はどっしり構え、両手を使って全ての髪を叩き弾く。
ヴァジュリ姉ちゃんも一歩も動かず、数百束ある三つ編みの髪を呪力で操作していた。
「───っっ!!」
「やるわね。ここまで私の髪を弾いたのはタック先生以来……」
ヴァジュリ姉ちゃんは、懐かしむように微笑む。
その笑みを見るたび、俺は胸が痛んだ。
「……っくそ」
ヴァジュリ姉ちゃん……病弱で、移動は車椅子だった。身体をあまり動かせないから、俺が世話をしてた。身体を拭いたり、一緒にご飯食べたり……でも、今は俺に敵意を向け、技を繰り出している。
どうして、どうしてなんだ。
「ヴァジュリ姉ちゃん……ッ!! なんで、なんで……」
俺は、歯を食いしばりながら叫ぶ。
こうしている間にも、ヴァジュリ姉ちゃんの攻撃は続いている。
でも……叫ばずには、いられなかった。
「なんで……なんで、なんで泣いてるんだよ!!」
「───ッ」
ヴァジュリ姉ちゃんは、驚いたように目元を拭う。
そして……攻撃が止まった。
もう、我慢できなかった。
「ヴァジュリ姉ちゃん……ヴァジュリ姉ちゃんなんだろ!? なんで、なんでこんなことするんだよ……」
「…………」
「ずっと思ってた。ラルゴおじさん、マンドラ婆ちゃん……ヴァジュリ姉ちゃん。みんな、俺と本気で戦ってなかった。まるで、稽古を付けるみたいに」
「…………」
「なぁ……本当はヴァジュリ姉ちゃんのままなんだろ? 俺の知ってるヴァジュリ姉ちゃんの」
「……そこまで、よ」
ヴァジュリ姉ちゃんは、そっと俺に向かって手を向けた。
「悪いわねフレア。戦いはここまで」
「戦いじゃない……こんなの、戦いじゃないよ」
「…………ごめんね」
「あっ……」
ヴァジュリ姉ちゃんは、黒い炎に包まれ……そのまま消えてしまった。
◇◇◇◇◇◇
ヴァジュリ姉ちゃんがいなくなった方を見ていると、背後から数人の気配がした。
振り向かなくても、誰だかわかる。
「こっち! こっちで戦ってる!」
「待ちなさいよラティエル! あいつなら負けないから大丈夫だって!」
「お、おい待てって……オレ、怪我人だぜ? ったく、フレアのやつ、うまい具合に仮死状態にしやがって」
「んなことより、アイツ戦ってるんでしょ!! アタシもやりたい!!」
「……騒がしいわ」
ラティエル、ミカエル、ダニエル、カグヤ、アブディエルだ。
俺は深呼吸して振り返った。
「よう。戦いは終わったぜ」
「あー!! もう、アタシの分も残してよー」
文句を言うカグヤ。
すると、ラティエルとダニエルが頭を下げた。
「フレア、ありがとな。てっきり死んだと思ったけどよ……まさか、仮死状態とはな」
「第六地獄炎の呪いの応用だよ。死んだように見せかけただけ」
「フレアくん……助けてくれてありがとう」
「気にしなくていいよ。な、ミカエル」
「え、ええ。まぁ……その、ラティエルを助けてくれて感謝してるわ」
「ふふ。ありがと、ミカちゃん」
なんか一気に騒がしくなったな。
すると、ラティエルがコホンと咳払いをする。
「あの……少し、状況を整理しましょう。たぶん、あなたたちの仲間について、話さないといけないから」
「仲間……プリムたちどうなってるか知ってんのか?」
「ええ。彼女たちは今、ホワイトパール国王のウィンダーに追われてる。刺客も送られているみたい」
「ま、マジか!?」
「マジです。たぶん、ウィンダー国王は彼女たちを捕まえて始末すると思われます」
「始末って……」
「捕まえるのは、たぶん……最後に妹とお話したいから、だと思います」
「……ミカエル、カグヤ。ホワイトパール王国へ急ぐぞ!」
俺はホワイトパール王国へ向けて走り出そうとする、が。
「待って! 彼女たちの位置なら、わたしが調べられます。少しだけ時間をください」
ラティエルは、自信たっぷりに頷いた。




