BOSS・かつて師の友人だった者
マンドラ婆ちゃんは水晶玉から降りた。
改めて見ても小さい。身長は俺の胸より下くらいで、腰が曲がったおばあちゃんだ。
俺は構えたまま、汗を流す。
「どうしたんだいフレア。こんなよぼよぼのおばあちゃんが恐いのかえ?」
「…………」
よぼよぼのおばあちゃん?
馬鹿言うな。目の前にいるのは、先生クラスの怪物だ。
呪術師の村、最強の四人の一人。
先生、ラルゴおじさんの師。
予言者。第七地獄炎の使い手……マンドラ婆ちゃん、呼び名がいろいろある。
俺は、こんな状況なのに……震えていた。
「……まさか、炎を使わないつもりかえ?」
「…………」
「やれやれ。タックの大馬鹿者め……育て方を間違えたのかのぉ」
マンドラ婆ちゃんは苦笑。
俺は全身に呪力を漲らせ、懐から呪符を取り出す。
「『速く駆けろ』、『硬くなれ』、『殴り壊せ』、『鳥の如く』!!」
呪符は一瞬で燃え尽き、俺の身体が呪術で強化される。
俺は拳を握り締め、マンドラ婆ちゃんに向かって走り出した。
「甲の型、『激震』!!」
ダッシュしながらの肘鉄。
呪力で強化した状態なら、岩なんて簡単にブチ砕ける。
だが───……マンドラ婆ちゃんは、懐から一枚の呪符を取り出した。
「『止まれ』」
「ッ!?」
俺の動きが急停止。
地面に縫い付けられたように足が動かない。
呪術による足止め───初歩中の初歩。
俺はもう一枚呪符を取り出し、呪いを解こうとした。
「滅の型、『打厳』」
「───ッお、っが!?」
だが、マンドラ婆ちゃんの拳が鳩尾に突き刺さる。
呪力が解除され、地面を転がった。
「あ、っが……っくぉ」
「おねんねはまだ早いよ」
「ッ!!」
マンドラ婆ちゃんは、地面に転がる俺に拳を打ち下ろした。
俺は転がって回避。立ち上がり態勢を整える。
呼吸を整え、マンドラ婆ちゃんに向かって走り出した。
「甘いね」
「───」
再び、呪符を取り出したマンドラ婆ちゃん。
だが、一瞬だけ眉をぴくっと動かし、呪符をしまう。
そして、俺を迎撃する。
「滅の型───『捻打厳』」
「だりゃぁぁぁぁっ!!」
「───っ、ちょこざいな」
俺は、マンドラ婆ちゃんの拳を腹で受けた。
だが……マンドラ婆ちゃんの拳から血が噴き出す。
「甲の型『極』───『金剛夜叉』!!」
「っち……痛いねぇ。そういやあんた、四大行の『極』を習得してたっけねぇ」
「悪いね。俺、負けるつもりねぇし!!」
「ふん。生意気なガキめ……お尻ぺんぺんしてやろうかねぇ」
マンドラ婆ちゃんは、全身を第七地獄炎で包み込む。
そして、炎が分裂……数十人のマンドラ婆ちゃんが、俺を包囲した。
「幻の型、『幻老』」
「だったら俺も!! 第一、第六、第七地獄炎『TRINITY・FIRE』!!」
右手に『火乃加具土』、胸に『黒ノ十字架』、腰に『アンド・ヴァラ・ナウト』が装備される。
マンドラ婆ちゃんは目を見開いた。
「魔神器……地獄炎の呪術師の秘宝」
「これ、もう俺のだし。マンドラ婆ちゃん、俺……婆ちゃんと素手で戦えてよかった。でも、もう終わりにする。マンドラ婆ちゃんの魂を解放させてもらう!!」
アンド・ヴァラ・ナウトから紫色の炎が噴き出し人の形に、ヒトの形をした炎が全身に黒い呪いの炎を帯び、右手が真っ赤に染まった。
「零式創世炎、『MIX・Δ・EXPLOSION』!!」
「行け、幻老たち!!」
分身したマンドラ婆ちゃんの第七地獄炎と、三種の融合した炎がぶつかり合う。
勝負は、初めから決まっていた。
魔神器を全て持つ俺が、炎の戦いでマンドラ婆ちゃんに負けるわけがなかった。
あっという間に、マンドラ婆ちゃんの第七地獄炎は消滅。
残ったマンドラ婆ちゃんは、零式創世炎の攻撃を受け、半身に火傷を負う。
俺から距離を取り、大汗を掻いて肩で息をしていた。
「っち……やりおる」
「マンドラ婆ちゃん……ごめん」
「謝ることはないよ。悪いが……まだ死ぬわけにはいかないんでね」
「え」
マンドラ婆ちゃんは、呪符を投げる。
呪符は発光───目くらまし。
「マンドラ婆ちゃん!!」
光が消えるとそこには……誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇
マンドラ婆ちゃんを退けた俺の傍に、カグヤたちが来た。
「逃げられたわね」
「ああ……」
「でも、何しに来たのかしら」
カグヤが首を傾げる。
すると、ミカエルが言う。
「まるで、あんたの様子を確認しに来たみたい。それと……あいつ、本気じゃなかったわ」
「俺もそう思う。マンドラ婆ちゃんの拳なら、俺の『金剛夜叉』を破ることだって……」
「……とにかく、考えるのは後に」
「ああ……」
ミカエルが歩きだし、アブディエルが続き、カグヤが俺の背中をパシッと叩いて歩きだす。
「…………」
俺は、なんとなくわかっていた。
マンドラ婆ちゃんは……まるで、俺に稽古を付けに来たようだった。
考えたくはない。
考えたくはない。でも……思ってしまう。
「先生、ラルゴおじさん、マンドラ婆ちゃん、ヴァジュリ姉ちゃん……」
もしかしたら、みんなは昔のままかもしれない、なんて。
第十一章はここまで。
次回から新章。ホワイトパール王国編です。




